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新選組トリップ奇譚  作者: 柊 唯
第十章〜龍の背中〜

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名も無き罪

 もうすぐ日が沈む黄昏時、かなたは他の隊士から鈴木が居ると聞いた部屋へとやってきた。


 襖を少し開けて中の様子を窺うと、鈴木は縁側に向かって、ぼんやりと外を見ているようだった。


「鈴木さん、中村です。…入りますね」


 部屋へ足を踏み入れても、鈴木は振り向くことなく、ずっと外を見ている。

 かなたは鈴木の隣へ歩み寄ると、そっと彼の顔色を伺った。


「あの…鈴木さん……」


 少しの沈黙の後、鈴木の声が室内に静かに響く。


「……兄貴が、死んだんだとよ」


 そう呟く声は、か細く、今にも消えてしまいそうだった。


「…………」


 何を言えばいいのか分からず、かなたは自分の無力さに目を伏せる。

 そんな静寂の中、鈴木はぽつりと言葉を零しはじめた。


「兄貴は、昔から努力家だったんだ。 …今はあんな嫌味の塊みたいになっちまったが、昔はよく勉強なり剣術なり教えてくれてよ、一緒にバカしたりもしたもんだ」


 鈴木は、記憶を辿るように思い出を口にしていく。


「あの時、俺はなんで兄貴から逃げちまったんだろうな」


 その言葉に、かなたの胸が少し痛んだ。

 逃げてしまえばいいと言ったのは、自分だったのに。


「勘違いするなよ。お前を責めてるわけじゃねえ…あれは自分で決めたことだ。兄貴に向きやってやる時間は幾らでもあったのに、俺は何もしなかった。ただ、それだけだ」


 そんな顔を悟ったのか、鈴木はそう言うと、かなたの方へ向き直る。

 その時、彼の頬にぽろりと涙がこぼれ落ちた。


「けど、少しでも歩み寄ってやれば、何かが違ってたのかもな」


「っ……」


 そんな彼の姿に、かなたの胸もズキッと痛んだ。


「すまねぇ…少しだけ貸してくれ」


 そう言うと、鈴木は額をかなたの肩へと乗せ、しばらく涙を流し続けた。





 ――――





 これから戦がはじまるという忙しい最中ではあったが、新選組の屯所では御陵衛士の葬儀が、隊士だけで静かに執り行われた。


 鈴木の元へ行く前に、かなたは土方に御陵衛士の葬儀が出来ないかと相談していたのだ。

 その提案に、土方は「そのつもりだった」と快く承諾してくれた。


 その後すぐに土方は、彼らの遺体の居場所を確認してくれたのだが、すでに無縁仏として、どこかの寺に葬られているようだった。


「結局、誰も救えなかったな」


 葬儀の後、そう呟いた土方の言葉に、かなたは「そんなことない。新選組に救われている人間は沢山いる」、そう口に出したかった。

 けれどその言葉は空気に触れることなく、自分の胸の奥へと溶けていく。


 ――あの時、もっと違う方向に鈴木の背中を押してあげればよかった。


 ――あの時、もっと親身になって説得を続ければよかった。


 そんな後悔を背負いながら、自分たちはこの時代を歩き続けていくしかないのだ。





 ――――





「今日は冷えるな」


「ええ、もしかしたら雪でも降るかもしれませんね」


 近藤と山南は葬儀の後、珍しく二人で屯所の中庭を散策していた。

 戦に参加しないとはいえ、やらなければならないことは山ほどある。

 しかし、今はそんな気分にはなれなかった。そう思い、今日は仕事をせず喪に伏している人間は、自分たちだけではないだろう。


 山南はそう考えながら、今にも雪が降り出しそうな曇天を見上げた。


「鈴木くんは大丈夫だろうか」


 そんな近藤の言葉に、山南はかなたから聞いた話を思い出す。


「いつものような元気は無いそうですが、なんとか頑張っているようです」


「そうか…彼は強いな。最初は伊東さんに付いていくだけの男かと思っていたが、いつの間にか立派に一人で歩いていた…」


「かなたさんの言葉に、奮い立たされたようですね」


「ああ。中村くんのおかげでもあるが、その後も一人で歩いていけるのは個人の強さだろうな」


 近藤はそう一息置くと、言葉を続ける。


「我々は、伊東さんにもう少し向き合っていればよかったのだろうか」


「どうでしょうか…志が違えば道も違う。たとえどんなに歩み寄っていたとしても、運命は同じだったかもしれません」


 分かり合えていればよかった、と。

 きっと、ほかの仲間たちもそう思っているに違いない。


 けれど、時代はそれを許さない。


 吐く息が白く舞うのを見て、山南はこう思った。

 こんな悲しい出来事でさえも、この気霜(きそう)のように世界に馴染んでいくのかもしれない。



 この時代では、命さえも(まつりごと)の駒にすぎないのだ。

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