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新選組トリップ奇譚  作者: 柊 唯
第十章〜龍の背中〜

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備えあれば憂いなし

 かなたは幹部隊士を集めると、伏見一帯の地図を開き、とある場所を指さした。


「まず、この伏見奉行所辺りで戦が行われます。今はその準備段階で町が騒がしく、駐屯所の隊士によると、この辺りの町人達は、もう避難を始めているそうです。広範囲になりますが…」


 そう言いかけると、かなたは筆に朱墨(しゅずみ)を付け、地図のとある一帯を囲む。


「この伏見近くの宇治川から、上鳥羽(かみとば)辺りの鴨川までを避難範囲としましょう」


 今や五百人近くいる新選組の隊士なら、何とかなるはずだ。

 しばらく休みは減るだろうが、戦の間だけでも耐えてもらうとしよう。


「町人たちの避難先はどうするんだ?」


 まさにそこが肝心だといわんばかりの問いを、永倉が口にする。

 すると、土方が別の紙を取り出した。


「商人や町年寄に頼んで、いくつかの寺を使わせて貰えることになった。あとは伏見以外の町人に声をかけて、炊き出しの手伝いや、不要な衣類を分けてもらうことにするつもりだ」


「なるほどな…けど、他の町も大変な時に、他人の心配してくれるやつらがいるのか? 町年寄だって、仮にも幕府の人間だろ? あいつらに手を貸したとなっちゃあ、新選組が政府に攻撃されてもおかしくはないぜ」


 鈴木の痛い質問に、かなたは身を乗り出す。


「そこは、今までの行いや町人たちとの信頼が助けてくれるはずです! 町年寄も幕府と町の安全との板挟みで、助けを求めているはずですし…もし政府側に難癖をつけられても、町民第一で押し通しましょう」


「そうだな。最近は、町人たちの風当たりも良くなったからな。何か言われりゃ、町の奴らも味方になってくれるだろうよ」


「そうそう! 俺はこの間なんか、酒代をまけてもらってよぉ」


 原田が頷くと、永倉は調子よく続ける。その言葉に、土方の耳がピクリと動いた。

 鋭い土方の眼光に、永倉の顔は思わず引き攣る。


「てめぇら、まけてもらうのは良いが、調子に乗るんじゃねぇぞ?」


「わ、わかってるって!」


「ところで…」


 その雰囲気を切り替えるように、山南が口を開いた。


「炊き出しなどの資金は、今まで通り、商人などから集めますよね? 戦が始まると、伏見方面の商いの運びが悪くなるので、商人たちの懐も厳しくなるのではないでしょうか?」


 山南の疑問に、かなたは「待ってました」と、言わんばかりにまた別の紙を取り出す。


「それなんですが、実は以前、何かあった時のために、坂本さんが設立した、海援隊(かいえんたい)を使わせて貰えることにしておいたんです」


「おぉ〜」


 かなたの出した坂本の書状に、一同は思わず声をあげる。


「海援隊は、異人商館とも繋がりがあるので、京の物を国外へ出すこともできます。商人にとってはいい話だと思うので、双方乗ってくれるかと…」


 ただ、異人との交渉にいい気持ちがしない店は仕方が無いので、京の北の方から物資を運んでもらうことにしよう。


 そして、それからの新選組は独独立以来に忙しかった。


 まず、隊長格が率先して町民や商人たちに頭を下げ資金援助や奉仕活動への協力や、異人館への商いを提案。

 さらに、避難先の寺が満員になることを予想して、他の神社仏閣へも避難民の受け入れの打診を行ったのだった。





 ――――





「中村さん、こっちの避難物資の確認は終わりました」


「野村くん、ありがとう! 次は、こっちのお米の数も確認してもらっていい?」


「わかりました!」


 避難誘導を始めた翌日から、屯所に集まる物資はとんでもない量になっていた。

 これも、新選組が積み上げてきた信頼のおかげだろう。


 あれもこれも、足を動かすための力をくれた坂本には感謝しなければならない。

 かなたは胸の内でそう思いながら、米俵の数を数え始める。


 すると、どこからか自分の名を呼ぶ声がした。


「中村くん」


 声のする方を振り向くと、屯所の角からちょいちょいとこちらを招く手が見える。

 その手につられて足を向けると、そこには優しい笑みを浮かべた近藤が立っていた。


「近藤さん、どうされたんですか?」


「いや…中村くんは頑張っているなと思ってな…」


 そう少し照れくさそうに言うと、近藤は手に持っていた包み紙をそっと広げて見せる。

 そこにあったのは、まだ焼きたてなのだろうか、湯気の立つ饅頭だった。


「わぁ! ありがとうございます…!」


 近藤の気遣いに胸の奥がじんわりと熱くなりながら、かなたは饅頭を受け取る。

 すると近藤は、懐から一通の手紙を取り出した。


「土佐藩の後藤くんに会ったんだって? 彼から手紙が届いたよ」


 そういえば、近藤と土佐藩の後藤象二郎は顔見知りだったか。

 そんなことも忘れるほど、中岡に会いに行ったあの時は切羽詰まっていたのだ。


「そうなんです…すみません、勝手なことして…」


 かなたは申し訳なさそうに眉を下げると、近藤は「いやいや」と優しく微笑み、軽く手を振った。


「いいんだよ。今はしがない文通相手でね…君のことも、芯のある子だと言っていたよ」


 史実なら、二人は敵対するはずだが、それも歴史を変えたからこそなのだろうか。

 近藤は、まるで自分の子供が褒められたかのように照れながら、「仕事の邪魔をして悪かったね」と言い、去っていった。


 かなたが少し思いに浸っていると、颯爽と現れた野村が、手に持っていた饅頭に目を留める。


「ああ! 中村さん、美味そうな物持ってるじゃないですか!」


「あ、う、うん…」


 思わず目を逸らしてそれを隠すと、野村は子犬のような目でこちらを見つめた。


「いーなー、いーなー」


 その視線に、かなたは仕方なくため息をつく。


「じゃあ、半分あげるからさ…」


 そう言って差し出したのは、どう見てもほんの一口分だ。


「いや、それ半分じゃなくて一割ですよ!」


「そんなことないよぉ」


「ほぼ皮じゃないですか!」


「おいひ〜」


「って、もう食べてるし!」


 そんな野村の声が響く中、かなたは美味しそうに饅頭を頬張りながら、再び手を動かすのだった。

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