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新選組トリップ奇譚  作者: 柊 唯
第十章〜龍の背中〜

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また、来世で

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「坂本さん、実は私…未来から来たんです」


 かなたのその一言で、一同は静まり返る。

 「何を言っているんだ、こいつは」と言わんばかりの中岡の視線を掻い潜りながら、「そんなことを口にして大丈夫なのか」という土方の不安が、冷や汗となって額を伝う。


 それでも、かなたは言い切った。

 坂本なら信じてくれる。そう、確信していたからだ。


 当の坂本は、その言葉を受けてから俯いたまま、ぴくりとも動かない。

 短いはずの沈黙が、やけに長く感じられる。

 かなたが恐る恐る口を開こうとした、そのときだった。


「クックックッ」


「…?」


 坂本のくつくつと喉を鳴らすその様子に、中岡は気持ち悪いものを見たかのように顔をしかめる。

 次の瞬間、坂本は大きく息を吸んだ。


「ガッハッハッ! さすがはかなたやき! わしの勘は間違うちょらんかった! どうりで、何かが違うと思うちょったがぜよ!」


 大口を開けて笑うその坂本の姿に、土方と中岡は呆気にとられている。

 信じてもらえると確信していたかなたでさえ、その反応には少しだけ動揺した。


「し、信じてくれるんですか?」


「当たり前やき。おまんの目を見たら、嘘やないってすぐ分かるがやき」


「おい、坂本。正気か?」


 話についていけていない中岡が、眉をひそめたまま坂本の顔を覗き込む。

 だが坂本は、余裕の笑みを崩さず「まあまあ」と手を振ってみせた。


「ほいたら、かなた。そんな話をわしにしたっちゅうことは、何か大事な用があって来たがやろ?」


「…はい」


 雨で冷えた手を、部屋の真ん中に置いてある火鉢がじんわりと温めてくれる。

 その温もりを逃がさぬよう、かなたはぎゅっと手を握りしめた。


「今夜、坂本さんと中岡さんは、ここで見廻組に殺されます」


「…?!」


 坂本と中岡、そして事情は知っていたものの、その詳細までは知らなかった土方が、同時に目を見開く。

 重苦しい沈黙の中、フッと中岡が鼻を鳴らした。


「なるほどのう…未来から来たっちゅう話も、信じられんことはないのう」


「え…」


 意味がわからず固まるかなたの隣で、土方が眉を寄せる。


「中岡と言ったか。そりゃ、どういう意味だ」


「そのまんまぜよ」


 そう言うと、中岡は懐から煙管(キセル)を取りだし、その雁首(がんくび)を火鉢に近づける。煙管に火を移すと、中岡はそれを一気に吸い込み、ふぅっと吐き出した。


「わしらぁも、ここで自分達が死ぬことは知っちゅう」


「…!」


 淡々と告げられた言葉に、かなたと土方は声を失う。

 その沈黙を破るように、俯いていた坂本が静かに笑った。


「ちゅうても、かなたみたいに確信しちゅうわけやないがや。ここ最近、周りがやけに騒がしゅうてのう…勘づいちょっただけぜよ」


 それなら、と、かなたは畳に手をついて身を乗り出す。


「じゃあ、早く逃げる準備をしてください! 新選組がお二人を保護します! それなら、見廻組も介入できませんか――」


 言葉の勢いを遮るように、坂本が手を上げた。その眼差しは、これまで見せたことのないほど真剣で、冗談めいた雰囲気ではない。

 あの坂本からは微塵も感じられなかった、武士の目だった。


「かなた、おまんの気持ちはよう分かる。けんど、わしはここに残る」


「でも、それじゃあ…」


 かなたの焦りとは裏腹に、坂本はニカッと笑ってみせる。


「そりゃあ、死にたいわけやない。けんどの…今まで、何人もの人間が、わしのために命を懸けてくれたがや。もう、逃げるわけにはいかんぜよ」


 子供を諭すように、坂本はゆっくりと言葉を紡ぐ。


「日本の未来はな、もう一人で背負うもんやない。考えて、迷って、それでも生きようとする奴らに、ちっくとずつ預けてきたがや……かなた、おまんも、その一人ぜよ」


「坂本さん…」


「やっと…武士の誇りっちゅうもんが、ちくと分かった気がするぜよ」


 そう笑う坂本を前に、言葉を失ったままかなたは拳を握りしめる。

 そのとき、定期的に外を窺っていた土方が、はっとしたように立ち上がった。


「おい! もうあいつらが来やがったぜ…どうするんだ?」


 その声に、坂本と中岡も立ち上がり、刀を手に取る。


「ま、待ってください!」


 そんなかなたの言葉も無視して、坂本は大切そうにしまわれていた木箱から、手紙の束を取り出した。


「かなた、屯所に戻ったら、わしとの手紙は全部燃やしちょけ。でないと、おまんらまで疑われるきに」


 坂本はそういうと、持っていた紙の束をビリビリと破り、火鉢の中へ放り込む。炭から紙へと火が移り、火鉢の中には小さな炎が揺らめいた。


「何を言ってるんですか、坂本さん!」


「土方、(はよ)う窓からかなたを連れて出い」


「ああ…じゃあな、坂本。それに中岡」


 土方の別れの挨拶に、中岡は煙を吐き出すとにやっと笑い、煙管を火鉢の横に置いた。


「土方と…中村やったか? 最期におもろいもんを見せてもろうたわ。礼を言うぜよ...達者でのう」


「ま、待ってください!」


 まるで最後の挨拶を交わしているかのような三人のやり取りに、かなたは戸惑いながらも声を上げる。

 けれど、その言葉は彼らの耳には入らず、土方は坂本の言葉に従って窓を開けると、かなたを担ぎ上げ、そのまま屋根の瓦へと足をかけた。


「坂本さん!」


 土方に無理やり連れていかれながら叫ぶかなたへ、坂本は最後にこちらを振り向き、いつもと変わらぬ笑顔を見せる。


「ほいたらな、かなた…またのう」


 ガハハハと笑うその姿は、あまりにもいつも通りで、明日にでも新選組の屯所を訪ねてくるかのように見えた。


「そんな…!」


 手を伸ばしても、遠ざかっていくその背中を、かなたはただ黙って見送るしかなかった。





 ――――





 かなたたちと別れて、どれほどの時が経ったのだろうか。

 坂本は、自分の体から流れ出る血を見て、ようやく己の死期を悟った。

 隣に倒れている中岡は、気絶しているのか死んでいるのかさえも分からない。


 そんな中、坂本は火鉢から零れ落ちていた一枚の紙切れを手に取る。

 そこには、かなたとやり取りした手紙に記されていた、『未来』の文字が残っていた。


 坂本はそれを片手でぐしゃりと丸めると、口へと運び、飲み込んだ。

 血の味が混じり、舌触りの悪い紙が、まさか最後の晩餐になるとは思いもしなかった。


「また…来世で…会おう…ぜよ……兄…弟………」


 耳から鳴り止まぬ轟音が、雨の音なのか血が流れる音なのか分からぬまま、坂本はゆっくりと目を閉じた。





























 人の世に道は一つということはない。

 道は百も千も万もある。



 ――坂本龍馬































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