近江屋
遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
今年も何卒、よろしくお願い致します!
それからしばらくして、かなたと土方は四条通り近くにある駐屯所へと足を運んだ。すでに土方から事情を聞いていたのだろう、この地域を担当する監察方の隊士が、近江屋の周囲を見張ってくれていたらしい。
その隊士の報告によれば、近江屋の周辺には怪しい人影がいくつかあり、まるで店を監視しているようだという。
いつからか降っている雨のせいで、身を隠すには絶好の機会だ。
土方とかなたは見廻組に気付かれぬよう、笠を深く被り、醤油を買い付けに来た兄弟を装って近江屋へと足を踏み入れた。
「ごめんください」
「はいはい~」
かなたの声に応じ、店主が奥からひょっこりと顔を出す。かなたは、その店主に無言で坂本からの手紙を差し出した。
「ああ...才谷はんの...上へどうぞ」
坂本直筆の手紙を持って来ておいて正解だった。
かなたは無事に奥へ通されたことに少し安堵し、土方と顔を見合せると、階段を登り始めた。
ギシッ、ギシッと床を軋ませながら二階へ辿り着くと、二人は狭い廊下の先にある扉をガラリと開ける。そこには醤油樽がいくつか置かれており、樽専用の物置のような空間が広がっていた。
どうやら、その奥にもうひとつ扉があるようだ。かなたと土方はその前で膝をつき、息を整えてから声をかける。
「坂本さん、新選組の中村です」
その言葉を口にした瞬間、背後に気配を感じ、土方は反射的に振り向いた。
だが、その動きは後頭部に当てられた硬い感触によって、あっけなく止められる。
(...短銃...か...?)
横目で確認すると、かなたの首元には刀が突きつけられていた。かなりまずい状況だ。
この場をどう切り抜けるべきかと思案した時、背後の人物が声をこぼした。
「おまんら、新選組言うたがか?」
気配からするに、背後にいる人物はただ一人。坂本と同じ土佐弁を喋る男に、かなたが何かを察したように小さく瞬きをしている。
その直後、目の前の扉が勢いよく開き、背後の男へと鋭い喝が飛んだ。
「おい!中岡!こいつらはわしの友人じゃあ!」
「...坂本さん!」
坂本を前に声を上げるかなたの後ろで、中岡と呼ばれた男は苦虫を噛み潰したように顔を歪める。
「ああ? 坂本...おまん、新選組とも仲良うしちゅうがか?!」
「こいつらは特別ぜよ...さ、刀と短銃を収めろ」
坂本にそう言われた中岡は渋々刀を鞘に戻し、短銃を懐に収めた。
それを見届けると、坂本はふっと表情を緩め、かなたたちへと向き直る。
「かなたに土方も、よう来たのう。まあ、中に入れや」
坂本は二人を部屋の中へと促し、続けて「お前も入れ」と言わんばかりに、中岡へ顔を向けた。
土方は部屋へ入ると、ちらりとその間取りを見やる。かなり狭い部屋だが、窓はあるようだ。
「おい、坂本。こっち側に座ってもいいか」
「ん? ええぜよ」
土方は坂本の了承を得ると、窓側へと場所を取り、かなたを隣へと呼び寄せた。そして、外の様子をうかがうように、窓をほんの少しだけ開ける。
見たところ、見廻組がこちらへ近づいている気配はまだないようだ。
部屋の扉が閉められたところで、坂本は二人の顔をまじまじと眺め、にこりと笑った。
「それで、急にどうしたがぜよ? ここに居ることは、誰にも言うちょらんかったがやけど...」
何からどう話すべきか、かなたは考えているのだろうか。
土方はその様子を案じるように視線を向けるが、かなたの目にはまだ、決めきれない揺らぎが残っている。
その心理を読みとったのか、坂本は少し話をそらすように中岡へと顔を向けた。
「さっきは、こいつがすまんかったのう。こやつはわしの同郷でな、中岡慎太郎ちゅうもんじゃ。中岡、こっちぁ新選組の副長の土方と、その小姓のかなたぜよ」
「フンッ」
まだ気に食わない様子の中岡は、鼻を鳴らして顔を背ける。
そんな中岡の姿に、坂本は「困ったやつだ」と言うように眉を下げた。
その様子を見ていると、つい先ほどまでの緊張が嘘のように、肩の力が抜けていく。
見廻組の存在すら、一瞬忘れてしまいそうになるほどだ。坂本の纏う空気には、不思議と人を和ませる力があるように思える。
かなたはそう思うと一息ついて、坂本を真っ直ぐと見つめた。
「坂本さん、実は私...未来から来たんです」




