一の兆し
ザァーっと雨が降り続ける中、土方は小走りに道を進んでいた。雨に追われるように閉まった店の軒先を見つけると、すぐさま身を滑り込ませる。
「少し、雨宿りさせてもらうぜ」
そうひとりごちながら着物の裾を絞っていると、笠を被った一人の男が、同じく雨を避けるように土方の隣へと駆け込んできた。
しばしの沈黙の後、男は懐から一枚の紙切れを取り出し、まるで何事もないかのように土方へと差し出す。土方はそれを受け取って目を通した途端、思わず目を見開き、低く息を漏らした。
「なにっ...」
「どうされますか? 副長」
男はそう呟くように問いかけながら、笠の縁に指をかけ、さらに深く被り直す。
「...説得は出来ねぇか?」
その土方の言葉に、男はわずかに目を細めた。紙に記されているのは、瓦版のような気軽な話ではない。土方にとっては、大切な人間の生死を分けかねない内容だ。
それでも彼は、裏切ったも同然とも言える相手に、なお慈悲を与えようとしている。
「やれるだけ、やってみます」
「ああ。だが、無理と判断したらすぐに戻ってこい」
「...御意に」
男はそれだけ言うと、降り止まぬ雨の中へ去って行く。
土方は手に残った紙切れを足元の水溜まりへ浮かべると、跡形も残らぬようそれを踏みつけた。




