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新選組トリップ奇譚  作者: 柊 唯
第九章〜しなければ迷わぬ恋の道〜

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宵の月

「わぁ!土方さん!凄いですね!」


「ああ。それにしても、相変わらず人が多いな...」


 祇園祭の見たこともない露店の多さに、かなたは思わず胸が弾んでしまう。京では祭りが多いとはいえ、こんなに店が並ぶのを見るのは初めてだ。

 店の明かりとは別に、山や鉾に吊された駒形提灯こまがたちょうちんが暗い道を明るく照らしている。


 警備のための新選組の姿もちらほら見えるので、今日は女性用の着物を着て来なくて良かった。

 そんなことを思いながら、かなたは屋台を物色するように眺める。


「あ、田楽!あー...焼き団子もいいなぁ。土方さん!冷やしそうめんもありますよ!」


 あれもこれもと目移りしていると、土方が呆れたように片眉を下げて笑った。


「はしゃぎすぎて、転けんなよ」


「は、はい...」


 そう言われて、自分が子どものように浮かれていたことに気づき、かなたは恥ずかしそうに身を小さくする。


「あ、水あめだ...」


 それでも目の前の誘惑には逆らえず、水あめの屋台を見つけて一本踏み出した瞬間、後ろにいた土方にパシッと手首を掴まれた。


「おい、はぐれんだろ」


 土方はそういうと、そのままかなたの手を引っ張って歩き始める。こういう時は、手を握り返してもいいものなのだろうか。

 とりあえず、動悸を鎮めようと周囲へ視線を向けると、親子連れが行き交っているのが目に止まった。男装の自分はきっと、土方と兄弟にしか見えないんだろうな。

 そう思うと落ち着かなくなり、足元ばかり見ていたら、ふと視界の端に水あめの屋台が入ってくる。けれどなぜか、土方はその屋台を通り過ぎてしまった。


「...土方さん?」


 そう呼びかけるも、土方は返事をしない。彼の手の触れる部分が熱くて、もう水あめなんてどうでもいいのだが、何か様子がおかしい。


「...?」


 なんだか少し怖くなり、かなたは足を止めてしまう。


「土方さん!」


 強く声を上げると、ようやく気づいたのか、土方がこちらを振り向いた。


「あ、悪ぃ...なんだ?」


 そう言って振り向く、土方は何だか顔色が良くないように見える。

 かなたは彼の頬を包むように両手を添えて、グイッと自分の顔に近づけた。


「なっ...おい!」


 突然の至近距離に、土方の顔はみるみる赤くなってしまう。こんな人だかりの中で、彼女は一体何をしようしているのか。

 思わずギュッと目を瞑ると、かなたが口を開いた。


「土方さん、もしかして寝不足ですか?」


「...は?」


 あまりにも予想外の言葉に、熱かった顔も一気に冷めていく。別に、何かを期待していたわけでは...決してない。


「なんか様子が変だし...何より、目の下のクマが凄いです!」


「くま? ってなんだ?」


 聞き慣れない語彙に、土方の脳裏には大柄な動物がよぎる。


「寝不足の時に、目の下にできる痣みたいなやつです」


「ああ、あれのことか...」


 かなたの目を指す仕草に察して、土方は脳の中の動物を森へと見送る。

 すると、彼女が申し訳なさそうにこちらを見上げた。


「やっぱり...お仕事大変でしたか?」


「...いや、そんな大したことねぇよ」


 つい意地を張ってしまうが、実際はかなり大変だった。だが、男というのは惚れた女には、格好良く居たいものなのだ。

 その言葉を聞くと、今度はかなたが土方の手を握り歩き出した。


「お、おい...どうしたんだよ?」


 無言なかなたに少し動揺しながらも付いて行くと、辿り着いたのは四条の端にある、祇園社ぎおんしゃだった。

 かなたは、境内の石段に座るとその隣へと土方を手招く。


「ここだと、休めますよね?」


 どうやら、自分を気遣ってくれていたらしい。土方はその事実に、少しくすぐったくなる気持ちを覚える。


「ああ...すまねぇな。せっかくの祭りなのに」


「いえ、私のせいですから...」


 寂しげにうつむくかなたの頭に、土方はそっと手を乗せた。


「いいんだよ。俺が好きでやってんだ」


「土方さん...」


 そんな土方の言葉に、かなたは胸が締め付けられる。どうしようもなく、この人が好きだ。伝えることは出来ないけど、まだもう少しだけ、隣に居れたらいいな。

 そんな気持ちが溢れると、言葉にせずにはいられない。


「土方さんって、未来では凄く有名なんですよ」


「急になんだよ」


 唐突なその言葉に、土方は苦笑交じりに息を吐く。


「当たり前だが、俺がどうなったかも知ってんだろ?」


 その一言にかなたはなんだか、無性に寂しくなり眉を寄せた。


「はい...だから、土方さんの隣にいれる時間は貴重なんです。なので、どんな場所でも嬉しいです」


 土方はふっと優しく笑い、かなたを見つめる。


「俺もお前のと時間は大切だ。こんな風に、気楽にいられるのは貴重だな」


 そういうと、土方はふっと目を細め、込み上げた欠伸を必死に噛み殺した。それを見たかなたは、自分の肩を軽く叩く。


「少し寝ますか? よかったら、ここ使ってください」


「...ああ。ありがとよ」


 少し照れたように呟き、土方はかなたの肩に頭を預ける。その心地よさに包まれながら、静かに眠りへと落ちていった。


 こんな時間がずっと続けばいいのに。

 体の奥をじんわり焦がす恋しさを抱えながら、かなたはそっと空を見上げた。

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