宵の月
「わぁ!土方さん!凄いですね!」
「ああ。それにしても、相変わらず人が多いな...」
祇園祭の見たこともない露店の多さに、かなたは思わず胸が弾んでしまう。京では祭りが多いとはいえ、こんなに店が並ぶのを見るのは初めてだ。
店の明かりとは別に、山や鉾に吊された駒形提灯が暗い道を明るく照らしている。
警備のための新選組の姿もちらほら見えるので、今日は女性用の着物を着て来なくて良かった。
そんなことを思いながら、かなたは屋台を物色するように眺める。
「あ、田楽!あー...焼き団子もいいなぁ。土方さん!冷やしそうめんもありますよ!」
あれもこれもと目移りしていると、土方が呆れたように片眉を下げて笑った。
「はしゃぎすぎて、転けんなよ」
「は、はい...」
そう言われて、自分が子どものように浮かれていたことに気づき、かなたは恥ずかしそうに身を小さくする。
「あ、水あめだ...」
それでも目の前の誘惑には逆らえず、水あめの屋台を見つけて一本踏み出した瞬間、後ろにいた土方にパシッと手首を掴まれた。
「おい、はぐれんだろ」
土方はそういうと、そのままかなたの手を引っ張って歩き始める。こういう時は、手を握り返してもいいものなのだろうか。
とりあえず、動悸を鎮めようと周囲へ視線を向けると、親子連れが行き交っているのが目に止まった。男装の自分はきっと、土方と兄弟にしか見えないんだろうな。
そう思うと落ち着かなくなり、足元ばかり見ていたら、ふと視界の端に水あめの屋台が入ってくる。けれどなぜか、土方はその屋台を通り過ぎてしまった。
「...土方さん?」
そう呼びかけるも、土方は返事をしない。彼の手の触れる部分が熱くて、もう水あめなんてどうでもいいのだが、何か様子がおかしい。
「...?」
なんだか少し怖くなり、かなたは足を止めてしまう。
「土方さん!」
強く声を上げると、ようやく気づいたのか、土方がこちらを振り向いた。
「あ、悪ぃ...なんだ?」
そう言って振り向く、土方は何だか顔色が良くないように見える。
かなたは彼の頬を包むように両手を添えて、グイッと自分の顔に近づけた。
「なっ...おい!」
突然の至近距離に、土方の顔はみるみる赤くなってしまう。こんな人だかりの中で、彼女は一体何をしようしているのか。
思わずギュッと目を瞑ると、かなたが口を開いた。
「土方さん、もしかして寝不足ですか?」
「...は?」
あまりにも予想外の言葉に、熱かった顔も一気に冷めていく。別に、何かを期待していたわけでは...決してない。
「なんか様子が変だし...何より、目の下のクマが凄いです!」
「くま? ってなんだ?」
聞き慣れない語彙に、土方の脳裏には大柄な動物がよぎる。
「寝不足の時に、目の下にできる痣みたいなやつです」
「ああ、あれのことか...」
かなたの目を指す仕草に察して、土方は脳の中の動物を森へと見送る。
すると、彼女が申し訳なさそうにこちらを見上げた。
「やっぱり...お仕事大変でしたか?」
「...いや、そんな大したことねぇよ」
つい意地を張ってしまうが、実際はかなり大変だった。だが、男というのは惚れた女には、格好良く居たいものなのだ。
その言葉を聞くと、今度はかなたが土方の手を握り歩き出した。
「お、おい...どうしたんだよ?」
無言なかなたに少し動揺しながらも付いて行くと、辿り着いたのは四条の端にある、祇園社だった。
かなたは、境内の石段に座るとその隣へと土方を手招く。
「ここだと、休めますよね?」
どうやら、自分を気遣ってくれていたらしい。土方はその事実に、少しくすぐったくなる気持ちを覚える。
「ああ...すまねぇな。せっかくの祭りなのに」
「いえ、私のせいですから...」
寂しげにうつむくかなたの頭に、土方はそっと手を乗せた。
「いいんだよ。俺が好きでやってんだ」
「土方さん...」
そんな土方の言葉に、かなたは胸が締め付けられる。どうしようもなく、この人が好きだ。伝えることは出来ないけど、まだもう少しだけ、隣に居れたらいいな。
そんな気持ちが溢れると、言葉にせずにはいられない。
「土方さんって、未来では凄く有名なんですよ」
「急になんだよ」
唐突なその言葉に、土方は苦笑交じりに息を吐く。
「当たり前だが、俺がどうなったかも知ってんだろ?」
その一言にかなたはなんだか、無性に寂しくなり眉を寄せた。
「はい...だから、土方さんの隣にいれる時間は貴重なんです。なので、どんな場所でも嬉しいです」
土方はふっと優しく笑い、かなたを見つめる。
「俺もお前のと時間は大切だ。こんな風に、気楽にいられるのは貴重だな」
そういうと、土方はふっと目を細め、込み上げた欠伸を必死に噛み殺した。それを見たかなたは、自分の肩を軽く叩く。
「少し寝ますか? よかったら、ここ使ってください」
「...ああ。ありがとよ」
少し照れたように呟き、土方はかなたの肩に頭を預ける。その心地よさに包まれながら、静かに眠りへと落ちていった。
こんな時間がずっと続けばいいのに。
体の奥をじんわり焦がす恋しさを抱えながら、かなたはそっと空を見上げた。




