頑張る理由
かなたの日課のひとつは、土方の部屋を掃除することだ。特に忙しい日なんかは布団もそのままに、彼は仕事にとりかかる。
新選組が会津藩お預かりを抜けてからは、町の商人や町年寄、火消しなどと協力して活動しているので、土方は連日そのやり取りに追われていた。
「土方さん、入りますね」
「おう」
今日も例に漏れず、起きて朝餉を済ませるとすぐに筆を取ったようで、布団や着替えが散乱している。あの、マメな土方がこんな風になっているのだから、かなり忙しいのだ。
かなたは障子を開けて風を通し、布団を押入れに突っ込むと、脱ぎ散らかしている着物を畳んで箪笥へしまった。
次に、文机の横に積まれた紙束を整え、乾燥させた茶葉を畳の上に撒き、箒で掃く。
一通り片付け終わったところで、土方が口を開いた。
「いつも、すまねぇな」
「いえ、特に最近はお忙しいですから...」
かなたも時々、土方の仕事を手伝っているし、他の隊士にも出来ることは回している。
それでも、明らかに手が足りていない。
「これも最初だけだと思ってはいるが、ここまで続くといつ終わるかさえも検討がつかねぇな」
その言葉を聞いてかなたは、「うーん」と唸る。他にも土方と同等に役職を与えられればいいのだが、そうなると隊士の数もお金も必要になる。
とはいえ、独立してから半年は経ったのだから、そろそろ新しい案を入れてもいい頃だろう。
(近々、またみんなを集めて話し合おう...)
そんなことを考えていると、土方がふとこちらを振り返った。
「そういえば、れもねいどってやつ、美味かったぜ。ありがとな」
「それは良かったです!あれは冷たくするとさらに美味しくなるので、土方さんが良かったら、また今度一緒に大坂に飲みに行きましょう」
「そうだな」
そういってまた筆を走らせる土方を見て、かなたはその背中に近づいた。
「あの、今日は何か手伝うことありませんか?」
土方はその言葉を聞くと、書類の山から一枚の紙を取り出す。
「じゃあ、町年寄への手紙を書いてくれねぇか。書きたいことはここにまとめてるからよ」
新しい筆を取り、土方は紙と一緒にかなたに手渡した。
「わかりました」
かなたはそれを受け取ると、文机の上の書類を移動させて土方の隣に腰を下ろす。
筆を動かす彼女の真剣な目線に、土方はついそちらに顔を向けてしまう。
「......」
そんなに見られるとやりにくいのだが。かなたは思わず、土方をちらりと見た。
「あ、あの...どうかしました?」
「いや...前から思ってたんだが、お前字が綺麗だよな」
「え?」
突然の言葉に、かなたは目を丸くする。すると、土方が筆を置き頬杖をついて言った。
「なんつーか、強弱があってしっかりとしてて、粋な男が書いてるみてぇな字だな」
そこは、品があって可愛らしい字だと言って欲しかったが、まあいいだろう。
「綺麗だなんて、初めて言われましたよ」
特にこの時代の『綺麗な字』、なんてものはよく分からない。なぜなら、かなたには全てふにゃけて見えるからだ。
「そうなのか? 多分、みんな思ってるぜ」
「あはは。それは言い過ぎですよ」
土方の大袈裟な言葉に、かなたは小さく吹き出してしまう。
そんな他愛もないやり取りを交わしながら仕事をしているうちに、どれくらいの時間が過ぎただろうか。
かなたは手紙を書き終えると、筆を置き静かに息をついた。
「終わったか?」
「はい。...そろそろ、お昼ですね」
「そうだな。俺も一区切りついたし、今日は広間で飯でも食うかな」
「じゃあ私、ご飯の準備してきますね」
「ああ...なぁ、かなた」
かなたが立ち上がろうとしたその袖を、土方がそっと掴む。
「...どうしました?」
「祇園祭に行きたいって、聞いたんだが...」
沖田にでも聞いたのだろうか。もちろん行きたいのは山々だが、少し悩む。
「あ、そうなんです。あさって露店が出るって聞いて、土方さんを誘おうと思ったんですけど...お忙しそうなのでやめようかなって...」
さすがにこの忙しさなら無理だろう。
そう思っていると、土方がかなたの袖を掴んだまま、少しだけ体を引き寄せた。
「...頑張るから、行こうぜ」
「え...いいんですか?」
「おう」
土方に甘えすぎではないだろうか。そんな思いが浮かぶが、彼がせっかくこう言ってくれているのだから、素直に喜ぼう。
「じゃあ、あさって夕方に出ましょう!」
「ああ。...それで悪ぃが、今日の昼飯はやっぱり部屋で頼む」
「わ、わかりました!すぐ持ってきますね!」
バタバタと駆け出していくかなたの背を見送りながら、土方は小さく息を吐き、畳の上にごろりと横になる。
「ふぅ、頑張るか...」
どうしても、一緒に行きたい土方サン




