初恋の人
「うぅ...食べすぎた.........」
「少し、欲張り過ぎちゃいましたねぇ」
部屋の隅で腹をさするかなたに、沖田は眉を下げて笑う。色々と見て回っていたら、いつの間にか日が暮れていた。
「はい...もう当分食べられません」
「お茶ここに置いときますから、落ち着いたら飲んでくださいね」
かなたの心配をしつつお茶を差し出した沖田は、少し悩んだように腕を組んだ。
「それにしても、宿が一部屋しか取れなかったのは誤算でした」
土方に「部屋は別々で」と約束した手前、少し申し訳ない。
「私は気にしないので、大丈夫ですよ」
そう言って笑うかなたに、不用心というか、信用し過ぎというか、どこか土方に向けたのと同じ種類の心配をしてしまう。もちろん、かなたにそういった想いを抱いたことは無いが、自分も男だ。少しは警戒して欲しい。
「かなたさん。僕だから良いですけど、他の人にはちゃんと警戒してくださいよ?」
「あはは、分かってますって」
軽く笑うかなたに、沖田は少し唇を突き出してしまう。
「とりあえず、宿の人に衝立でも借りてきましょうか」
「そうですね」
沖田の気遣いを無下には出来ないので、かなたは素直に頷いた。
衝立を真ん中に立て、それぞれ布団を敷いて床に着いたところで、沖田が行灯に手を掛けた。
「さて、と。じゃあ、寝ましょうか」
「はい。明日は異国の物巡り、でしたよね?」
食べ物のことですっかり忘れていたが、今回の目当ては異国の物産を見て回ることなのだ。
「ええ。なんでも口に入れるとシュワシュワ、パチパチとする水があるみたいですよ!」
「シュワシュワ、パチパチ?」
そう聞くと、炭酸飲料しか思いつかないが、この時代だとレモネードのことだろうか。
「ええ。しかも酸っぱくて、ほんのり甘いみたいです!」
「じゃあきっと、レモネードですね」
「れもねいど? って言うんですか?」
「この時代だとそれが流通してたってのは聞いたことあって、確実では無いですが...多分それだと思います」
「へぇ〜、楽しみだなぁ」
レモネードに思いを馳せる沖田が可愛くて、ついかなたは口元を緩めてしまう。
瞼がだんだん重くなり、意識が遠のきかけたその時、衝立の向こうから沖田の声が響いた。
「かなたさん、ひとつ聞いてもいいですか?」
「ん...どうかしました?」
「あの...初恋の人ってどんな人でした?」
唐突な恋バナに、かなたの意識は一気に戻ってくる。急にどうしたのだろうか。
「は、初恋ですか?」
「ええ、なんか気になって」
急な質問に少し驚いたが、まあ沖田は自分の恋路を知っているので話してもいいだろう。かなたは体をうつ伏せにして顔を上げると、衝立を少しずらして沖田の顔を見た。
「ええっと...私の初恋の人は....土方さんです」
少し恥ずかしそうに答えると、沖田はポカンと口を開けたまま瞬きを繰り返す。
「えっと...土方さんが初恋ってことは....今が初めての恋って事ですか?」
そう思うのも仕方がないが、そういうことでは無い。
「いえ。未来にいる時に、初恋だったのが土方さんなんです」
新選組を好きになったのはいつだったか、父の書斎にあった新選組の小説を読んでから、特に土方の虜になった。
「運命なんですかねぇ...」
沖田のその言葉に、思わずかなたは笑ってしまう。
「あはは、どうでしょうか。土方さんに恋してる未来人は多いと思いますよ?」
「ええ!? そうなんですか?」
「はい。沢山の人に慕われていますからね」
その言葉に、沖田は嫉妬したように頬を膨らませる。
「ぼ、僕は?どうですか?」
「もちろん、沖田さんも人気ですよぅ」
「良かったぁ〜」
歴史を変えてしまったのでこの先、新選組が人気なるかは分からない。だが、それでも変わらずに慕い続けられる存在にはなりそうだ。
「でも、初恋の人が今も好きっていうのは、なんだか物語みたいでいいですねぇ」
その言葉に、かなたはドキリとする。けれど、嘘をついても仕方が無いので正直に話すことにしよう。
「あの...えっと...言いにくいんですけど、未来にいる時に他の人とお付き合いはした事はあるっていうか........」
「...え? お付き合いって言うと、その...恋仲になると言うことですよね?」
「は、はい....」
「もしかして......まだ、お付き合いしてるんですか?」
「さ、さすがにもう別れてますよ!」
気まずそうに目をそらすかなたに、沖田はつい他のことも聞いてしまう。
「じ、じゃあ、恋人っぽいことも?」
「まあ...はい......」
「なっ...!」
なんと、かなたは生娘では無かった。その事実に沖田は衝撃を受ける。これは絶対に土方には言えない。いや、言えば土方は傷ついて存在ごと消えてしまうかもしれない。
「ま、まあ、その...未来では土方さんは故人だったので」
確かにそれは仕方がない。が、その事実は沖田の目を冴えに冴えさせた。
かなたは、沖田の固まる姿を見ると、「今夜はずっとこのままかもしれない」と思い、そのまま瞼を閉じた。




