初めての土地
ゆらゆらと揺れる舟に乗って、どれくらい時間が経っただろうか。何度か厠のために休憩を挟んだが、そろそろこの揺れのせいで気分が悪くなりそうだ。
「かなたさん、大丈夫ですか?」
「はい...なんとか....」
沖田はかなたの背中をさすり、水の入った竹筒を差し出す。
「もうすぐ着きますから、あと少しだけ頑張ってください」
「はい。ありがとうございます...」
水をひと口飲むと、喉が潤い少しだけ気分が和らぐ。一息ついたその時、遠くからざわざわと人の声が響いてきた。
細い川路に入ると、先程まで緩やかに流れていた空気とはまるで一変して、賑やかな人の喧騒に包まれる。商人の声や、魚を焼く香ばしい匂い。京の町とは全く違うその活気に、かなたは思わず瞬きを繰り返してしまう。
「...わぁ!凄いですね、沖田さん!」
「ふふ。京の町とは似ても似つかないでしょう?」
流石は"天下の台所"と呼ばれるだけあって、そこかしこで食べ物の匂いが漂ってくる。
「お兄さん達、着きましたえ」
舟が岸に着くと、沖田は先に降り、かなたの手を取って岸へと導く。
船着き場の階段をのぼり、通りへ出ると舟からは見えなかった景色が広がっていた。川沿いにはずらりと米俵や木箱が積まれ、荷を運ぶ人々が威勢よく声を張り上げている。軒を連ねる店からは呼び込みの声が飛び交い、行き交う人々の肩が触れ合うほどの賑わいだ。
「すごい人ですね...大坂も祭りか何かあるんでしょうか?」
「大坂は港町ですからね。不思議なことに、これが普通なんですよ」
初めて来る町に目を奪われるかなたの様子が、沖田には子どものように見えて微笑ましくなる。
「そういえば、気分はどうですか?」
「あ...いつの間にか治ってます」
「では、腹ごしらえでもしましょうか!」
そういうと、沖田は再びかなたの手を引いて屋台の並ぶ通りへと案内した。
「何がいいかなぁ...あ、ふな焼きなんてどうです?」
「"ふな焼き"?」
魚のフナでも焼いているのだろうか。そう思って見てみるがどうやら違うらしく、薄く丸いクレープのような生地を焼いてその上に、味噌のようなものを付けている。
「折り曲げた形が、魚の鮒に似ているから"ふな焼き"と言うみたいですよ」
「なるほど....」
沖田はふな焼きを二つ買い、一つをかなたに渡した。焼きたての香ばしい匂いと、ほのかな温もりに思わず頬が緩む。
「いただきます」
口にしてみると、サクッとした食感とともに、ほのかな甘のある味噌の香りが広がった。どうやらこの生地は、小麦粉のようだ。そのせいか、どこかお好み焼きのようでもあり、甘さの中にはどら焼きを思わせる素朴さもある。
もしかして、これがその原型なのだろうか。
「美味しいです!」
「喜んでもらえて良かったです。まだまだ、沢山美味しいものがありますよ。お寿司も食べに行きましょうか」
「はい!」
その勢いのまま、二人は見つけた店すべてに立ち寄るという暴挙に出たのだが、後悔するのはそう遠くない話だった。




