いざ、大坂へ
「では、行ってまいります」
「おう、気をつけて行けよ」
かなたの初めての遠出に、土方はそわそわしながら屯所の前で見送りに来ていた。にこにこと楽しげに立つかなたの隣では、沖田も同じようににこにこしている。
そんな二人の様子に、土方は少し不安になりながらも、沖田に小声で耳打ちをする。
「総司。お前のことは信じちゃいるが...変なことすんなよ」
「もう〜土方さんってば助平なんだから...」
「おい!!声でけぇよ!それに、俺はかなたの心配をしているだけでだな....」
「お父さんみたいだな〜」
こいつは、話を真面目に聞く気はないのか。
「大丈夫ですから。じゃあ、お土産楽しみにしててくださいね〜」
楽しそうに手を振る二人を土方は心底心配しながら、ただ黙って見送ることしか出来なかった。
「それにしても、土方さんよく許してくれましたね」
「ああ、まあ、そうですよねぇ」
かなたの疑問に、沖田は曖昧に笑ってごまかした。何故かと言うと、話は今から一週間ほど前にさかのぼる。
「かなたと二人で大坂に泊まりたい?」
「ええ、かなたさんは遠出をしたことがありませんし、僕の当番も休みなので、丁度いいかと思いまして」
土方は思わず顔をしかめた。にこにこと笑う沖田を見ても、どうにも落ち着かない。当然ながら、かなたとは友人同士で、やましいことなどないのだろうが...
「...いや、駄目だろ」
「どうしてです?」
「どうしてって、お前...男女二人が同じ宿は駄目に決まってんだろ」
土方の言うことは正論だ。だがこちらも、既にかなたと約束をしてしまったので、ここは押し通したい。
「もちろん、部屋は分けますし...かなたさんの初恋の人とか聞いてきますからー!」
「...は?」
「だから、初恋の人を聞いてきますってー。かなたさんと恋の話を出来るのは僕しか居ませんからねぇ」
なにやら考え込む土方に、もう一押しとばかりに、沖田は顔の前で手を合わせた。
「ね? ね? いいでしょう? お願いしますよぉ...」
こちらとしても、普段頑張っているかなたを、少しでも労ってあげたいのだ。ちらりと土方の顔をうかがうと、深いため息が返ってきた。
「はぁ.....分かったよ」
「えっ、いいんですか?!」
「なんだよ、自分から頼んできたんだろ」
「それはそうなんですけど...」
あまりにもちょろい土方に、沖田は少し心配になる。いつか誰かに騙されて、高い壺でも買わされるんじゃないだろうか。
だが、機会は得た。ちょろい土方の為に、是が非でもかなたの初恋の人を聞き出さなければならない。
「部屋は絶対別々にしろよ」
そんな土方の言葉を思い出しながら、沖田はかなたと鴨川の船着場まで歩く。
その道すがら、普段とは違う町の活気に、かなたはきょろきょろと辺りを見回していた。
「...それにしても、今日はなんだか賑わってますねえ」
「ああ、それはですね、今月は祇園祭があるからですよ」
「ああ、なるほど。それでかぁ」
祇園祭とは、八坂の神に疫病退散を祈るため、古くから行われている京の夏祭りのことだ。夏のひと月にわたって様々な神事が続き、山や鉾が都を巡る日には町中が沸き立つ。
そして山鉾巡行の前夜・宵山には、通りに提灯の灯りが並び、露店が立ち並ぶ。その賑わいは、昼の京とはまるで別の顔を見せるほどだ。
「かなたさんは、行ったこと無いんでしたっけ?」
「はい。池田屋の時に少し町を歩いたくらいですね」
町を歩くと言っても、池田屋の時なんかは祭りのことなんか気にしていられなかったので、雰囲気など全く覚えていない。
「それは勿体ないです!...そうだ!宵山の露店を土方さんと、なんてどうです?」
「え、土方さんとですか?」
「ええ!土方さんもかなたさんに誘われたら、喜ぶと思いますよ!」
「そ、そうなんですかね? でも、土方さん今とっても忙しそうだし...」
「かなたさんのお願いなら、きっと聞いてくれると思いますよ」
本当にそうだろうか。迷惑だったらどうしよう、と不安になるが、沖田の笑顔を見ると自然と心が前向きになる。
「じゃあ...帰ったら聞いてみますね!」
「はい!是非、そうしてください!」
大股で楽しそうに歩く沖田に、かなたも釣られて一本大きく足を踏み出した。




