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新選組トリップ奇譚  作者: 柊 唯
第八章〜己が道〜

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選ぶ道

 湿った空気に、ぽつぽつと雨が降りてきた。かなたはその雨を感じると、手のひらを天へと向ける。


「...雨、降ってきましたね」


「ああ。少し急ぐか」


 土方はそう言って歩調を早め、一軒の料理屋へと入った。

 今日はこれから坂本龍馬に会う約束がある。前に土方から「次に会う時は必ず知らせろ」と言われていたので、誘われた際に話を通してみたのだ。

 案の定、土方は二つ返事で付いてきた。


「はぁ...傘、持ってくればよかったな」


「そうですね。帰る頃には止むといいんですけど...」


 料亭の窓から外を覗くと、雨脚はどんどん強まっていく。

 その時、ひとりの男が駆け込むように店へ入っていくのが見えた。坂本龍馬かもしれない。そう思った瞬間、かなた達のいる座敷の襖が勢いよく開いた。


「ふぃ〜、急な雨はいけんのう......おお!もう先におったか!かなた、ひっさしぶりじゃの〜」


 そういうと、坂本はニカッと口角を上げる。


「坂本さん!おひさしぶりです!」


「おい、遅ぇぞ」


 びしょ濡れの坂本に、土方がじろりと目を向けた。


「お?おまんが新選組の副長殿か!悪かった悪かった!わしが才谷梅太郎さいたにうめたろうじゃき、よろしゅう頼むぜよ!」


「別に偽名使わなくたって、もうお前のことは知ってるよ」


「そうながか!ほんなら、早速飯でも食うぜよ!」


 坂本は女中になにやら合図を送ると、どかっと座り込んだ。既に用意されていたのか、たくさんの料理が座敷へ運ばれてくる。


(...美味しそう!)


 資金は少し増えたけれど、屯所の食事は節約のため相変わらず質素だ。こんな豪華な料理を食べられる機会は滅多にない。坂本の奢りだと言うのだから、ここは遠慮なく頂こう。

 かなたがどれから箸をつけようか迷っていると、土方が坂本に酌をはじめた。


「この前は、世話んなったな」


 "この前"というのは、呉服商の西村屋を紹介してもらった件だ。

 あのときは本当に助かった。西村屋から資金援助を得られたおかげで、新選組はようやく息をつけた。いわば、坂本は新選組の恩人にもなった訳である。


「えいがやえいがや!新選組には、こっちのもんも世話になっとるき!」


「だからってお前のこと信じてる訳じゃないからな」


 土方は雑に酒を注ぎ、音を立てて徳利を畳に置いた。

 どうやら、礼は一杯の酌で終わりらしい。


 気まずい空気を感じて、かなたが話題を変える。


「それで、最近はどうですか?」


「そうじゃのお、来月には長崎のとある御仁ごじんの所に世話になる思うちゅうがよ」


「へぇ、長崎に...」


 坂本龍馬が長崎で世話になったと言う人物とすれば、きっと小曽根英四郎こぞねえいしろうという豪商のことだろう。慶応三年に龍馬と交友を持ち、小曽根宅に土佐海援隊とさかいえんたいを設置したといわれている。


「そんで、お前はこれからどうするんだ?幕府側じゃ、お前は倒幕の企みがあるなんて言われてんぞ」


「まぁ、しゃあないき。革命家っちゅうのは嫌われるもんぜよ。安心せい、皆やれ倒幕じゃ、やれ尊攘じゃ言うよるが、わしはこの日本を良くしたいだけじゃき!」


「はん、どうだか」


「ワハハ!さすがは新選組の副長じゃ!その警戒心は大したもんじゃ!」


 土方の警戒は当然だ。かなたでさえ信頼を得るのに一年近くかかった。

 ましてや、薩長同盟を仲立ちした坂本龍馬など、そう簡単に信用できるはずもない。


「やけんど、徳川幕府もどうなるかのう。前からじゃが、家茂いえもち公が身罷られてからも幕府ん中もかなり揺れちゅう。こんなこた、あんまり新選組の前で言いたないが、幕府もそろそろ終わりを迎えるかもしれんぜよ」


「.......」


 その言葉に、土方は何かを思ったように黙ってしまった。


「永遠なんてありませんからね...いつかは終わりはくるものです」


「そうじゃの。まあ、今日はそんなん忘れて、楽しく飲もうやぁ!」


 坂本はにこりと笑うと盃を傾けた。




ーーーー




 それから一刻程経っただろうか。土方と坂本は酒ですっかりと出来上がっている状態になっていた。


「てめぇ...西村屋の紹介してやったからって......調子に乗ってんじゃねぇお」


「別にぃ......調子に乗っちゅうわけやないきぃ。...おまんこそぉ....新選組をちゃんとまとめゆうがかえ?」


 さっきからずっとこの調子で、互いに煽り合っている。

 坂本はともかく、土方がここまで飲むのは珍しい。何か嫌なことでもあったのだろうか。


 かなたは酒が飲めないので、たらふく料理を平らげたあと、食後のお茶をすすってその様子を見ていた。

 そろそろいい時間だろうと、土方が最後の酒を煽って立ち上がる。


「おい、かなた。そろそろ門限の時間だあ...帰んぞ.........」


 ふらふらと足取りがおぼつかない。本当に大丈夫だろうか。


「あぁ?もう帰るがかえぇ?泊まっていきゃあええのにぃ...」


 坂本の言う通りだ。だが、土方は虚ろな目のまま首を横に振った。


「いや.........帰る」


 仕方がないので、かなたは土方の隣に並び肩を貸した。


「坂本さん、今日はありがとうございました。またお手紙書きますね!」


「おおぅ!ほいじゃぁのぉ〜」


 再び酒を煽り始める坂本を背に、かなたはヨロヨロと歩く土方を支えながら店を後にした。

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