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新選組トリップ奇譚  作者: 柊 唯
第八章〜己が道〜

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同郷

 それから四半刻ほど後に、見張りを任せていた他の隊士から連絡があり、土方たち新選組と渋沢は謀反者達が寝泊まりしている寺に到着した。

 九番隊の隊士は渋沢の後ろに付き、土方とかなたはそのさらに後ろから静かに見守っていた。


 渋沢は寺の入口まで進むと、声を上げる。


「拙者は、陸軍奉行配下調役の渋沢篤太夫と申す!大沢殿はおられるか!」


 やがて、ガラリと扉が開き、大沢の部下らしき男が一人、顔を出した。


「幕府の方ですか....?主人はあいにく、床に入っておりまして...」


「あぁ、いや...御奉行の命にて火急の用件で参りました。お取次ぎ願いたい」


 渋沢はやや狼狽したものの、なんとか態度を保つ。

 すると、寺の奥からぞろぞろと刀を手にした男たちが現れはじめた。

 隊士たちも思わず構えるが、男たちは新選組の羽織を見るなり、慌てて刀を収めだしてしまった。


「しょ、少々お待ちください。主人を呼んでまいります」


 そう言い残し、部下の男は奥へと足を走らせる。

 しばらく隊士と大沢軍の睨み合いのような空気が流れたのち、寝巻き姿の大男がドスドスと足音を響かせながら現れた。

 渋沢は思わず身を固くする。その手はわずかに震えているようだ。


「大沢源次郎殿であるか...?」


「......そうでございますが」


「御奉行の命にて、お手前方が謀反を企んでいるという噂につき、奉行所に出頭願いたく存じます」


 大沢は渋沢に近づくと、上から下まで舐めるように眺めた。

 渋沢の手の震えは先ほどよりも強くなっている。大丈夫だろうか。かなたがそう心配した時、大沢はゆっくりと口を開いた。


「謹んで、奉行所へ参り奉ります」


「...へ?」


 思わずぽかんとする渋沢に、大沢は眉間に皺を寄せた。


「...何か?」


「い、いや...言い分などは?」


「いえ...特には。それに我らは謀反など企んでおりません。ただの噂です。それ故に、大人しく出頭させて頂きます」


 なんとも、興醒めである。


「あっさりでしたねぇ」


「お前、知ってただろ」


 後ろから、ひっそりと言うかなたに土方は呆れたようにため息をついた。


「いやぁ〜、どうしでしたかねぇ」


 少しわざとらしくシラを切るが、実際のところ、歴史が変わっていたらこうはならなかったのだ。だから、この反応も間違いではない。

 そのあっけなさに隊士も少し狼狽えたが、鈴木は冷静に大沢へ歩み寄り体へ縄を括りつけた。


「じゃあ、大沢の身柄はこっちで預かるぜ」


「え、ええ。よろしく頼みます...」


 今にも腰が抜けそうな渋沢に、土方は見かねて「こちらへ」と隅に腰をかけさせる。


「鈴木、お前はそいつを頼む。俺たちは渋沢殿を送り届けてくる」


「ああ、わかった」


 そういうと、鈴木は九番隊の隊士と大沢を連れて去っていった。

 渋沢は安堵したのか、ほっと大きく胸を撫で下ろす。


「はぁ....怖かった....」


 その様子に、土方は思わず小さく笑みをこぼした。


「先程は、あんなに威勢を張られていたのに...立てますか?」


 そう言いながら、土方は渋沢の前に手を差し出す。


「え、ええ。ありがとうございます」


 渋沢は礼を述べると、照れたように苦笑した。


「実は、剣の心得はあるものの、そんなに大したものでは無いですし....それに、まだ死にたくはないですから...」


「それは、俺も同じですよ」


「...え?」


 土方の答えが予想外だったのか、渋沢は目を丸くする。


「それは...意外ですね。新選組は武士と同じく、死ぬ覚悟を持っているのかと思っていました」


「俺達も、最初はそうでしたよ。けど、最近じゃ生きる意味を教えられてね」


「生きる意味?」


「ええ。生きていたら、やりたいことも色々出来ますしね。そう、教えてくれた奴がいるんです」


 隅で聞いていたかなたは、照れくさそうに身をよじる。

 土方の言葉を聞いた渋沢は、夜空を見上げ穏やかに微笑んだ。


「そうですね。自分も、自分じゃなくても...生きてさえ居てくれればいい。そうしたらまた、故郷の家族にも会えんべ......」


「故郷ご家族がいらっしゃるんですか?」


 かなたが尋ねると、渋沢は静かに頷いた。

 彼のことはそれなりに知っているが、歴史が変わっていると困るので、あえて確かめてみたのだった。


「妻と娘、それに父や母も居るんです」


「そうでしたか...」


 すると土方が、何かを思ったように口を開いた。


「もしかして、渋沢殿の故郷は武州ぶしゅうで?」


「え、ええ。武州の岡部おかべという所です」


「そうでしたか!聞き覚えのある訛りだと思いましたよ。実は私も多摩たまの生まれでしてね」


「おお!多摩でしたか!どうりで、なにか近いものを感じましたよ!」


 土方の何を見てそう感じたのだろうか。渋沢のその言葉は、しばらくかなたの頭を悩ませた。

 帰り道、土方と渋沢は故郷の話に花を咲かせながら、やがて最初に出会った料亭へと歩みを止めた。


「それでは、土方殿。それに、中村殿。此度は護衛、ありがとうございました。またいつか、お会いしましょう」


「はい!渋沢様もお元気で」


「また、生きて会おうぜ」


「ええ、また」


 そう言い交わし、軽く頷き合うと、土方たちはその場を後にした。






「また、いつかお会いしたいですねぇ」


「そうだな。....そういえばお前、渋沢殿に会いたいと言っていたが、俺たちの話を聞くだけで、全く話をしていなかったな」


 土方はつい自分ばかりが、故郷の話で盛りあがっていたことに気づき、少し気まずそうにこちらを見る。


「いいんです!渋沢さんと土方さんが出会ったことに意味がありますから!」


 かなたの言葉の真意が掴めず、土方は眉を下げた。


「なんでだ?」


「うーん...なんというか、ただ会って『こういう人もいるんだ』って、頭の片隅に置いといてもらえればよかったというか...」


 説明がうまく言葉にならず、かなたは首を傾げる。

 それでも、その思いは確かだ。渋沢のような人物なら、きっとこの先なにかの時に助けになってくれる。そう感じたからこそ、"縁"だけは繋いでおきたかった。


「まあ、よくわかんねぇけど、お前がそう言うならいいか」


 土方は微笑むと、ふと夜空を仰ぐ。渋沢と話した故郷のことを思い出し、不覚にもいつか帰れるだろうかと考えてしまう。

 帰るつもりなど無かったのに、そう考えさせられたのもかなたのおかげだろう。

土方歳三は京へ上った時、故郷には二度と戻らないという覚悟を決めていたと思います。

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