気付いていた想い
今回の話の内容とタイトルに合わせて、ep40.のタイトルも変更しましたm(_ _)m
「味噌汁はこれでよしっと。あとは魚と....」
夕餉の支度をしていたかなたは、ふと手を止めた。さっきの出来事が胸に浮かぶ。鈴木はまだ帰ってきていない。「少し考える時間が欲しい」と言っていたが、本当に大丈夫だろうか。探しに行きたい気持ちはあるものの、今夜は夕食当番の人手が足りないので投げ出す訳にはいかない。
それに、新選組はいまや三百名を超える大所帯だ。本来の歴史より膨れあがったものの、京の町を守るためとあれば仕方がない。もちろん全員が揃って食事をするわけではないが、それでも炊事に掃除に洗濯と仕事は山のようで、兎にも角にも今は忙しいのだ。
炊きあがった米をせっせと茶碗によそっていると、背後から聞き慣れた声が飛んできた。
「かなたは居るか?」
振り返れば、珍しく勝手場の入口に土方の姿がある。
「副長お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」
当番の隊士たちは目を輝かせて声を揃える。人気者はどこへ行っても大変だ。
かなたは手を止め、土方のもとへ駆け寄った。
「土方さん、どうかしました?」
「鈴木がさっき部屋に来てな....」
「鈴木さんが?」
「ああ。どうやらあいつは、自分の信念みたいなものを見つけられたようだ」
たった一日で見つけられたことの驚きと、長く悩んでいた彼が解き放たれた喜びとが、かなたの胸の中で混ざり合う。
「そうですか。...よかったです」
「ああ。一応、報告をと思ってな」
「わざわざありがとうございます。それと...」
「ん?」
かなたは少し間を置いてから、ためらうように口を開く。
「あの、また勝手に動きすぎて......すみませんでした」
「...いや、気にすんな。話してもいいって言ったのは俺だからな」
そう言うと、土方はどこか照れくさそうに視線を伏せる。
「お前のおかげであいつが救われた。ありがとよ」
その姿に自然と笑みがこぼれた。なんだか、好きだと自覚してから不思議と自分の感情を素直に受け止められるようになった気がする。
「いえ!....それで、今日から鈴木さんも一緒にご飯を食べることになったんです」
「そうなのか?」
土方の顔が一瞬だけ陰ったのは、気のせいだろうか。
「はい。土方さんはどうされますか?」
なぜこんなことを尋ねるのかというと、土方は忙しい時には自室で食事を済ませることが多いからだ。
「そうだな。今日は皆と食べるか」
「わかりました!じゃあ、一緒に用意しておきますね」
「ああ」
短く返して土方は勝手場をあとにした。けれど本当は、かなたと鈴木が近いことがどうにも癪に障って仕方ない。そんな子供じみた感情を打ち明けられるはずもなく、吐き出せるのは小さなため息だけだった。
ーーーー
「土方さん、なにか悩んでるんですか?」
「別に、なにも悩んじゃいねぇよ」
珍しく沖田がお茶を持ってきたと思ったら、そんなことを言うので、土方は眉間に皺を寄せた。どうせまた、暇つぶしに自分の発句集でも探しに来たのだろう。そう思ったが、今度ばかりは無駄だ。今回は、良い隠し場所を見つけたのだから。
「というより、お前は何しにきたんだよ」
「いいじゃないですか、たまにはこうやってお茶をするのも」
「俺は忙しいんだよ」
「そうなんですか?じゃあ、新しい句はないか〜」
言うが早いか、沖田はどこから取りだしたのか、"豊玉発句集"と書かれた綴じ本をペラペラとめくり始める。
「おまっ!どっから出した!」
「いつもの隠し場所ですよ。押入れの中の布団の間!」
「いつものってお前....あれは数ヶ月前から俺が見つけた秘蔵の隠し場所だぞ!」
ということは、沖田は数ヶ月前から知っていて密かに見ていたのだろう。これではまた新しい隠し場所を探さねばならない、と土方は額に手を当てる。
「そういえば土方さん、京へ来たばかりの頃は、皆と一緒に花街に行ってましたけど、最近は全然行かないですよね?」
「あ?別にいいだろ、気分じゃねぇんだよ」
「もしかして、気になる女子さんでも居るんじゃないんですか?」
にやにやと笑う沖田に、土方はちらりと視線を投げただけで、書類へと筆を戻した。
「沈黙は肯定と捉えますよー」
沖田はそう言い、発句集をパタリと閉じて、もはや意味をなさない隠し場所へぞんざいに戻した。
「土方さん。僕はね、あなたに幸せになって欲しいんですよ」
「なんだよ、急に」
「色々と背負ってるでしょう?新選組のために無理してるあなたを見ると、いたたまれなくなるんです」
珍しく真面目な顔でため息をつく沖田を見て、土方は少しばつが悪くなる。
「別に、自分が子供っぽくて少し嫌になってただけだ。そんなに大した悩みじゃねぇよ」
「へぇ、土方さんでもそう思うことはあるんですね」
「当たり前だろ。俺は聖人君子じゃねぇんだから」
すると沖田は、にこにことしながら一枚の紙を差し出した。
「その思いを句にしてみれば、少しは楽になるんじゃないですか?」
「....そうだな」
土方はその紙を受け取ると、瞼を閉じる。その中である出来事を思い出した。鈴木とかなたが拾ってきた、ミケ子という猫だ。鈴木のことは気に食わないが、かなたが猫に向ける柔らかな笑みは、目に焼きついて離れない。
足元へすり寄ってきたミケ子の毛が、ほんの少しくすぐったかったことまで思い出す。あの感覚が今も残っているなんて...どれほどあの笑顔に見とれていたのか。
「よし」
土方は紙に筆を走らせる。
『そよぎ散る 君撫でる手を ただ見つめ』
「何を撫でたんです?撫でて、散るってことは....あぁ!猫の毛とか?.........相変わらず、直球な句ですねぇ」
「うるせぇ」
「じゃあこれ、かなたさんに渡してきますね!」
「...は?おい、総司!ちょっと待て!」
沖田は句をひったくるや、一目散に駆け出した。立ち上がろうとするがその瞬間、土方はバタリと床に転倒する。よく見ると、両足首が紐で括られていた。
「くそっ!あいつ!」
してやられた。足のくすぐったさは幻ではなかったと今さら気づく。土方は必死に紐を解こうとするが、結び目はやけに固く、なかなか外れない。
「あいつ、どんな力で結んだんだよ....!おい!総司!」
土方がようやく紐を解き終えた頃には、紙切れはもうかなたの手に渡っていた。
ちなみにかなたは一般の現代人なので、句の意味とかはよく分かりません。なので沖田に紙を渡されても、「土方さんの句!貴重!」みたいな感じでオタク全開だと思います。




