見つけたもの
「それで、次に俺に話をしに来たってことか?」
「.....はい」
遡ること数分前、永倉達と別れたあと鈴木に提案して土方のもとへやってきたのだ。土方なら鈴木の気持ちを奮い立たせてくれると思ったが、どことなく空気がピリついている。
伊東派の人間と話をしてもいいとは言われたが、ここまで踏み込めとは言われていないので、まずかっただろうかと、少し不安になる。
それとも忙しすぎてイラついているのだろうか。けれど、その苛立ちはいつものと違う、少し寂しげな色が混じっていた。
ここ数日、土方から手伝いを頼まれることもなかったので、仕事が落ち着いたのかと思っていたが...
(疲れすぎてるのかな.....?)
かなたは恐る恐る口を開いた。
「あの...すみません。忙しかったなら、また今度にします」
「いや、大丈夫だ」
やや食い気味に返事をされ、少し申し訳なく思いかなたは黙ることにした。
そして、土方は腕を組む。
「そうだな。居場所や理由なんざ、人によってすぐに見つかる奴もいれば、時間がかかる奴もいる。命張ってんのに、成り行きで入った奴だっているだろうな...まあ、それも悪くはねえと思うが」
土方は窓の外へと視線をやりながら続ける。
「だが、目標があった方が前に進みやすいのも確かだ」
鈴木は小首を傾げる。
「土方の目標はなんなんだ?」
「まあ、話せば長くなるんだが....何やってもダメな時に近藤さんに出会ってな。あの人のそばに居るうちに、あの人を上に押し上げてやりたいと思ったんだ」
「だから、浪士組に....」
かなたは納得する。土方がなぜ浪士組に志願したのか、現代ではたくさんの逸話があるが、その本心を本人から聞いたことはなかった。
ただ一つ言えるのは、近藤の人柄だ。慈悲深く、時に厳しさも見せるその姿に惹かれ、共に歩もうと思う者は多いに違いない。
「ああ。だが色々あって、それだけじゃなくなった。仲間のために、自分のために生き続けたいと思うようになった」
「自分のために、生き続ける.....?」
鈴木は意外そうに目を見開いた。
「そうだ。生きてりゃなんとかなる。生きてりゃ守りたいものも守れるんだ」
「.........」
その言葉が胸強く響いたのか、鈴木は何も言わずにただじっと、土方を見ていた。
だが次の瞬間、柔らかかった土方の表情が険しくなる。
「だがな、鈴木。言っとくが、俺はまだお前を完全に信じちゃいねぇぞ。他の連中も同じだ。信じたくても、今はまだ取るに足らねえ」
「あぁ....分かってる」
なんだか、どこかで耳にしたことのあるやり取りだと、かなたは無意識に懐かしさを思い出す。
けれど、かなたの本心も土方と同じだった。鈴木に手を貸したい気持ちはあるが、まだどこか警戒心は拭えない。
土方は一呼吸おいて、さらに言葉を重ねる
「だから、この一月でお前の守るべきものを見つけろ。そして俺たちを信用させてみろ」
長くも短くも思える期限。その言葉に込められた重みを、鈴木はひしと感じた。自然と拳が握りしめられる。
「わかった」
ーーーー
とは言ったものの、信念の見つけ方さえわからない鈴木は、鴨川の河川敷で深くため息をつくと、川に石を投げ入れた。
一人で考える時間が欲しくて猫は一旦、山南に預けることにした。
「.....山南が意外と猫好きでよかった」
夕刻に差し掛かってきたところで、そろそろ帰るかと重い腰を上げて町を歩きはじめる。
考えても考えても、出てこないものは出てこない。山南に言われた「ゆっくり焦らず」を思い出し屯所へ向かっていると、目の前で男児が浪人とぶつかった。
「おい!てめぇなにしてんだ!」
「す、すんまへん!!」
「うるせぇ!どんな躾受けてんだ!」
子供は思わず頭を下げたが、浪人の怒りは収まりそうにない。
鈴木は男と子供の間に入ると、目を鋭く光らせた。
「いい加減にしろ。謝ってるだろ。いい大人がみっともねぇぞ。刀ぶら下げてんなら、それ相応の振る舞いをしやがれ」
「あぁ?誰だてめぇ、口挟みやがって」
その瞬間、周囲からざわめきが上がる。夕立でキラリと光る刀が鈴木の前に突きつけられていた。
「何やってんだお前....」
「どうもこうもねぇよ!お前が気に食わねぇから、ここで殺してやろうと思っただけだ!」
鈴木の心に、怒りが静かに広がっていく。
土方から生きる意味を聞いたばかりだというのに、目の前の男は軽々しく死を振りかざす。その浅はかさが、怒りよりもむしろ深い虚しさを呼び起こした。
気付けば、男が突きつけている刀の切っ先を握りしめていた
「......何しやがる?!」
鈴木の行動に、浪人は思わず身を強張らせた。その腕からは赤い雫が、手のひらを伝って地面へと落ちていく。
言葉を返さぬ鈴木に、男は落ち着きを失う。
「お、おい!聞いてんのか?!」
鈴木は沈黙を守ったまま、ゆっくりと顔を上げる。その眼差しに射すものは怒りでも憎しみでもない。ただ冷たく突き放すような視線だった。
「.......失せろ」
「っひ」
その目に飲まれ、浪人の手から刀が零れ落ちた。膝が震え、呼吸が乱れる。自分でも理解できない恐怖に突き動かされるように、男は背を向けて駆け出した。
「なんなんだ!あいつ....!あんな目、見たこともねぇ!!....まるで化け物だ!」
ざわめきはさらに大きくなり、人々の目には鈴木の姿が恐ろしくも神々しく映っていた。
「ッチ、いってぇな.....」
その小さな吐き捨てに、町民はようやく緊張の糸を解かれる。次の瞬間、安堵と興奮が入り混じった声があがった。
「兄ちゃん、よくやったな!」
「すげぇ...あの浪人を追い払うなんて!」
勇気を取り戻した子供が恐る恐る鈴木のそばへ歩み寄り、小さな手で鈴木の袖をぎゅっと掴んだ。
「おじさん、すんまへん。ほんま、ありがとう....」
鈴木は子供の方を向くと、目線を合わせるようにしゃがんだ。
「おう、気にすんな。それより怪我ねぇか?」
「うん、僕は大丈夫。それより、おじさんの方が怪我してもうたわ.....」
男児はそういうと、懐から出した手ぬぐいで鈴木の手を縛った。
「悪ぃな。手間かけた」
「ううん。ほんまにありがとう」
鈴木は自分の手を少し見ると口を開いた。
「あれは向こうが悪かった。だけどな、ああいう奴はたくさんいる。だから、自分の身は自分で守れるようにしねえといけねぇ。次から歩く時は気をつけろよ、坊主」
「うん、わかった」
男児は「じゃあ」と手を振ると、走って去っていった。
「ったく、気をつけて歩けって言ったばかりだろ.....」
そう言って踵を返すと、なぜか先ほどまでの景色がまるで別物のように映った。
子供と手を繋ぎ、夕餉の買い出しをする母親。店じまいの前に声を張り上げる商人。家路を急ぐ男たちの足取りも、どこか弾んで見える。
「急になんだ.....?」
当たり前の風景のはずなのに、町の色彩が一気に鈴木の前に広がった気がした。
「....そうか、これが」
その思いに駆られ、鈴木は走り出さずにはいられなかった。屯所に戻ると、息を切らしながら土方の部屋へ向かう。
「おい、土方!居るか?!」
襖を勢いよく開けると、嫌そうな顔をしている土方と目が合う。なんだか、その顔でさえ今は嬉しい。
「おい、人の部屋に入る時は声くらいかけろ」
「悪ぃ!」
取ってつけたように謝り、鈴木は土方の前に座り込む。
「土方。俺は、浪人と子供がぶつかっても、お互い『ごめんなさい』で終わる世の中にしたいんだ」
「あ?お前何言って....」
鈴木の言うことは理解できないし、急に部屋に入ってくるものだから土方の機嫌はすこぶる悪い。しかし、その瞳には、この先の未来を待ち遠しにしているかのような輝きがあり、土方は思わず憎めなくなってしまった。
「まぁ、さっきよりかは悪くねぇ目になったな」
だが、鈴木はまるで土方の言葉など耳に入っていないかのように、興奮を抑えきれずに話し始める。
「俺は町人を笑顔にしてぇ」
「......そうか」
「俺は子供が大人に怯えなくていい世の中にしてぇ」
「...そうか」
「俺は町人が安心して暮らせる世の中にしてぇ!」
「わかったから!!少し静かにしろ!」
土方は大きく息を吐き、肩を張り直す。
「....お前の言いたいことはわかった。一月と言ったが、それを一日で見つけられたのも大したもんだ」
「ああ!だが、まだまだこれからだな!」
「そうだな。......それより、お前は俺の部屋を血で汚す気か?」
鈴木はふと下を見る。興奮したせいか、走ったせいか、おそらくどちらもだろう、先ほど男児からもらった手ぬぐいは、血で滲みすぎて止血の役目を果たせていなかった。
「....ああ、悪ぃな」
そのおかげか、我に返る。
土方は再びため息をつくと、手拭き用に置いておいたサラシを鈴木の手に巻き始めた。
「早く手当してこい」
その仕草に鈴木はなぜだか少しドキッとする。さすがは土方。この男が多くの女から好かれるのも納得だ。
「お、おう。....騒がせて悪かったな」
鈴木が立ち上がり部屋を出ようとすると、土方は鈴木に向かって指を指した。
「いいか、さっきお前が自分で言ってたことだから、わかってるとは思うが、まだまだこれからだぞ。自分の目標を見つけたからって気を抜くんじゃねぇ。お前にはやってもらわなきゃならねぇことが山ほどあんだからな」
その言葉に、鈴木は自分が必要とされているのを感じ、嬉しさが胸に広がる。今日の感情は、忙しくも心地いい。
「おう!任せろ!」
鈴木はニカッと笑った。こんな笑顔を誰かに見せたのも、子供の頃以来かもしれない。
一応書いておきますが、鈴木の性自認はストレートです。




