安心
夕方、かなたは部屋でひとり、そっと息を漏らした
『それで辛い思いをしているなら、その概念を、断ち切ってやろうかと、考えているのです』
頭に浮かぶのは、つい先ほど鈴木と話していた時に、自分の口からこぼれたその言葉。
少し前の自分なら、決して出てこなかったはずの言葉だ。
最近、坂本龍馬とやり取りを重ねるうちに、どこか彼の影響を受けて、自信ありげな自分になっている気がする。
「断ち切るって言ったって、どうすればいいのやら」
後先考えずに口にしてしまう自分には、考えものだ。もう無茶なことはしないと、土方と約束したばかりなのに。
(....伊東さんが、何かをする前に先手を打つ?)
とはいえ、歴史が変わっているかもしれない以上、警戒するしか術はない。
考えを巡らせているうちに、感情が渦を巻き、頭を抱える。
(なんだか、土方さんに会いたい....)
七夕祭り以降、土方とどこかで顔を合わせることはあっても、二人で息をつく時間は無かった。それに、土方はいつも自分のために時間を作ってくれるが、彼はかなり忙しい人間だ。土方が自分にとって、どれだけ安心材料だったかを再確認させられる。
そんなことを考えながらも、気がつくとかなたは土方の部屋の前まで来ていた。
(忙しいって知ってるのに.....私は何をやってるんだろう)
肩を落として自分の部屋へ戻ろうとすると、土方の部屋の中からガタッと小さく音がした。
かなたは思わず声をかける。
「...土方さん?」
返事は無い。
そっと障子を開け中の様子を伺うと、文机に土方が突っ伏しているのが見えた。慌てて近づくと、スースーと寝息が聞こえる。
「......なんだ、寝てるだけか」
痕跡からすると、なにやら手紙を書いていたようだが、途中で力尽きて眠ってしまったらしい。紙と頬がくっついてしまっている。起きたあと気づかず過ごして、永倉たちに笑われなければいいけれど。
(.....かわいい)
無防備な寝顔にそんな感情が湧いてくる。鬼副長と呼ばれる土方がこんな可愛げのある顔で寝ているだなんて、他の平隊士達は知らないんだろうな。独り占めしているような気分になる。そう思いながら、かなたも机に頬を寄せた。
怒られるなんてことも考えずに、土方の頬を指でつつく。すると、土方の眉が僅かに動いた。
「.......んん」
(やばっ!)
かなたは咄嗟に上体を起こし、口を押さえる。
「ん......」
どうやら、まだ眠っているようだ。
ほっと息をつくと、土方の頭をそっと撫で、静かに部屋を出て障子を閉めた。
「よしっ、頑張ろう」
自分に小さく喝を入れ、足早に去っていく。
その足音で、土方は目を覚ました。
「俺は、いつの間に寝ちまってたんだ....?」
欠伸をしながら顔を上げると、頭のあたりがふわりと軽く、どこか温かい感覚が残っている気がした。
「.....誰か来てたのか?」
だんだん頭が冴えてくると、頬に違和感を覚える。さらりと撫でると、手にはべったりと墨が付いていた。
「はぁ.....顔洗うか」




