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新選組トリップ奇譚  作者: 柊 唯
第七章〜伊東派攻略〜

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鈴木三樹三郎

 先日、土方に伊東派と話す許可を得たので、かなたはさっそく鈴木に近づいてやろうと思っていたのだが、いきなり「あなたはどういう人ですか?」、なんて聞くわけにもいかない。

 どう切り出そうかと屯所内をぶらついていると、境内の入口で鈴木とばったり出くわしてしまった。


 気まずさに踵を返しかけたその時、運悪くあちらから声をかけられる。


「おい、中村」


「は、はい!なんでしょう?」


 かなたは若干警戒しつつも、鈴木の元へ歩み寄る。


「手伝って欲しいことがあんだ。こっちへ来い」


 鈴木はいつになく、焦った表情で言うのでかなたも戸惑いつつ付いていく。

 連れてこられた場所は中庭の木の横だった。微かに何かの鳴き声が聞こえる。


「この木の上で、猫が降りられなくなってんだ」


 見上げると、幹の間に小さな子猫がしがみついて鳴きわめいている。


「あぁ、なるほど....えっと、梯子は?」


「それが今日は屋根の修理があるとかで、ここの坊さん達がみんな持ってちまったんだ。だから、中村、俺の肩に乗ってお前が助けろ」


「えっ、鈴木さんの肩にですか?」


 思わず声を上げるが、それしか方法は無いのだろう。


「あぁ。まず俺がしゃがむからお前は俺の肩に足をかけて座れ。そうしたら俺が立ち上がる。立ち上がったら、肩の上に立て。足袋は滑るから脱げよ」


「わ、わかりました」


 かなたは履いていた草履と足袋を脱ぐと、鈴木の肩に足をかけた。


「し、失礼します....」


 なんだか気が引けるが、鈴木がやれと言うので仕方がない。かなたが肩の上に座ると、鈴木は勢いよく立ち上がった。


「わぁ!す、鈴木さん!早いです!」


 仰け反りそうになり思わず鈴木の額に手をかけてしまう。


「わ、悪ぃ」


「こ、こちらこそすみません」


 微妙な沈黙のあと、かなたは木に手をかけ、鈴木の肩の上で立ち上がった。


(こ、怖すぎる....)


 落ちたらどうしよう、と一瞬考えるが、子猫がかわいそうなので腹をくくって手を伸ばす。


「ね、猫ちゃーん。こっちおいで〜」


 だが、子猫は怖がっているのか、なかなかこちらへ来る様子はない。


「くっ、猫ちゃん....」


 このままでは届かないので幹に手をかけ、さらに体を伸ばす。


「お、おい、中村。まだか?」


 どうやら、鈴木の肩も限界に近づいているようだ。


「あ、あと少しです!」


 足の位置を変えて、そーっと猫に触れる。


「いだだだだ!中村!お前の爪が肩に.....!」


「す、すみません!今、捕まえました!」


「よ、よし。じゃあ下ろすぞ」


 なんとかバランスを取り、鈴木の肩から降りる。子猫は助けられたのに、かなたの手の中でジタバタ暴れていた。


「ふぅ...なんとかなりましたね」


「あぁ、助かったぜ。ありがとよ」


 鈴木が思いのほか素直で、かなたは少し拍子抜けする。


 かなたの手にいる子猫を見つめながら、鈴木は指先で猫の頭を撫でた。


「猫、お好きなんですか?」


「そうだな。動物は結構好きだ」


「可愛いですもんね」


 鈴木と初めて意見が一致した。といっても、彼とこんなに話すのも初めてなのだが。


「.....それに、口聞かねぇからな」


「喋らないから好きなんですか?」


 思わず聞き返すが、鈴木はかなたの質問には答えず目を伏せた。


 沈黙が続く。


「あの....何かあったんですか?」


「....いや」


 なんだか、あの頃の山南を思い出す目をしている。鈴木でも、こんな顔をされると放ってはおけない。


「あの、よかったらお茶しませんか?」


 そういうと、かなたは自分の部屋の方向を指さした。





 ーーーー





 かなたは湯呑みに茶を注ぐと、目の前に座っている鈴木に差し出した。


「どうぞ」


「....あぁ。悪ぃな」


 部屋には二人と、先ほどの子猫だけ。子猫はもう暴れず、かなたの肩に登ろうとしては、ころりと落ちるを繰り返している。


(.......名前、何にしようかな)


 飼う前提で物事を考えてしまってはいるが、江戸時代の猫の飼い方なんて分からないので、一旦置いておこう。

 かなたは鈴木をちらりと見やると、意を決して口を開いた。


「あの、なんでお茶の誘いに乗ってくれたんですか?」


「なんでって....お前が誘ってきたからだろ」


 まあ、それはそうなのだが、てっきり断られると思っていた。


「いえ、私のこと、あんまりお好きじゃないのかと.....」


「別に好きでも嫌いでもねーよ。....俺はな」


 "俺は"ということはきっと鈴木の兄、伊東はそうでは無いのだろう。


「さっきの質問、答えて貰ってもいいですか?」


「質問?」


「動物は喋らないから好きってやつです」


「あぁ.........それがそんなに気になるのか?」


 鈴木が怪訝そうに顔をしかめる。


「ええ。気になって夜も眠れないくらいには」


 少し誇張しすぎたか。かなたがそんなことを思っていると、鈴木は持っていた湯呑みを置き、息を吐いた。


「人間は喋るから意思の疎通が出来るだろ。けどそれがあるから、相手の思うことや考えが全部分かっちまう。だから喋らない動物は気が楽だって意味だよ」


「.....なるほど」


 かなたは納得したように相槌を打つと、迷いなく疑問を口にした。


「でも、意思の疎通ができるから、相手を思うことや愛情表現が出来るんじゃないんですか?」


「あ?」


「鈴木さんの言っていることを、否定している訳ではありませんよ。人間ってぶつかることもあるし、離れることもある。それでも、互いに思いやることはできる。動物にも意思疎通の方法はあるでしょうけど、人間は人間なりのやり方がある、と私は思います」


「思いやり...ね」


「はい。私は鈴木さんは優しすぎるからそう感じるのかもしれません」


「優しい?俺がか?」


 鈴木は顔を歪める。


「優しいと思います。だって子猫を助けたじゃないですか。それに、滑るからって足袋を脱ぐように気遣ってくれましたし....そういう細かいところまでちゃんと見るのって、なかなか出来ないですよ」


 優しい、か。初めて言われる言葉に、鈴木は黙り込んだ。しばらくして、茶をすする。


「お前は、誰かと比べられて生きたことはあるか?」


「....比べられる?」


「比べられて、認められようと生きてきたのに、報われない。そんな思いをしたことはあるか?.....俺は、ずっとそうやって生きてき」


 なぜ、小僧にこんなことを喋っているのか、自分でも分からない。だがなぜか、こいつには不思議と話してもいいと思えた。


「もちろん、比べられたり報われなかったことは何度もあります。でも、私はそれを重んじて生きてはいませんね」


 その言葉に、鈴木は口をつぐむ。理解されるはずがない。そう思った矢先、かなたの声が続いた。


「認められたい、という想いはそんなに重要ですかね?」


 その言葉に、鈴木の眉がピクリと動いた。


「なんだ?俺を煽ってんのか?」


「違います。その考えを悪いと言っているわけではありません。ただ......」


 かなたは湯呑みを置くと、手を振り上げ鈴木の間にスッと線を引くような仕草をした。


「それで辛い思いをしているなら、その概念を、断ち切ってやろうかと、考えているのです」


「....断ち、切る?」


 畳に手をつき、かなたは体を前へと寄せる。


「はい。比べられるなら、比べてしまう人間から離れればいい。逃げることは、必ずしも悪いことではありません」


 かなたの真っ直ぐとした目に映る自分を見て、鈴木はわずかに動揺した。


 もちろん、変わろうと思えばいつでも変われたはずだ。兄から離れようと思えば、いつでも離れられたはずだ。だが、兄がいなければ何もできない自分が、一人で生きていけるのか。


 まるで心の奥まで見透かされているような、その視線に鈴木はたじろぐ。


 ーー怖い。


 そんな感情が胸から湧き出て、思わずかなたから視線を逸らした。


「もちろん、けじめをつけることは大事ですけどね」


 思っていた以上に鈴木が動揺しているのを見て、かなたは少し詰めすぎたかと感じ、体勢を元に戻した。


「私が鈴木さんの鎖を断ち切るには、まず鈴木さんのけじめが必要です」


「けじめ......」


「はい。鈴木さんの人生は他の誰のものでも無い、鈴木さんのものです。私はお手伝いしかできません。縛られているものを断ち切るか否か、その決断は鈴木さんにしか出来ません」


 かなたの目が、再び鈴木を捉える。

 その瞬間、ひとつだけ確信した。こいつは、ただの小姓ではない。


「お前は、何者なんだ....?」


 簡単に答えるにはまだ早い。

 かなたは子猫を抱き上げ、まるで猫が喋っているかのように手足を動かした。


「私は、隊士の皆さんのことを思っている、ただの小姓ですよ」

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