芹沢鴨
かなたは土方と八木邸の母屋へやってきたのだが....
「いいか、余計なことは言うんじゃねえぞ」
「は、はい」
土方の釘刺しに、かなたは小さく返事をする。
芹沢鴨。初期の新選組の筆頭局長で現代に残る資料は少ないものの、"素行が悪かった"という逸話だけは有名だ。
酒乱、女癖、金遣いの荒さ....とにかく、手に負えない人物だったとされる。
(...実際はどんな人なんだろうか)
土方はある部屋の前で立ち止まり、襖の前で声をかける。
「芹沢さん、俺だ。紹介してぇやつが居るんだが、今いいか?」
少し間があり、「入れ」と中から声が返ってくる。
襖を開けて中へ入ると、部屋にはふたりの男がいた。
ひとりは筋骨隆々としたそこそこ大柄な男で、もうひとりは細身で色白、どこか知的な雰囲気を漂わせている。
横になっていた大柄な男が、ゆっくりと上体を起こした。どうやら、この男が芹沢鴨のようだ。
「俺の親戚のガキでな、こっちへ奉公に来たんだが手違いで流れて....しばらくの間、俺の元で預かることになったんだ」
淡々と説明する土方のその姿に、短時間でよくその理由を思いついたな、とかなたは少し感心してしまう。
すると、土方が肘でかなたの体をつつく。挨拶をしろということか。
かなたは、ぴしっと姿勢を正すと、頭を下げた。
「な、中村かなたと申します。しばらくの間、お世話になります。よろしくお願いします」
芹沢はその言葉を聞いて、じっとりとした目でこちらを見つめる。
「ふん。それだけか? なら、さっさと出ていけ」
そうぶっきらぼうに言い放つと、彼は再びごろんと横になってしまった。
(中々良い性格してるなぁ)
かなたがそんなことを思いながら、その姿を凝視していると土方が背中を押してくる。
「ああ、邪魔したぜ」
その手に促され、かなたはそそくさと部屋を出た。横にいた細身の男は新見錦だろうか、そう考えていると、土方がこちらをちらりと見やる。
「いいか、何があってもあの人には関わるなよ。女と知られたら、お前の貞操は無いと思え」
「芹沢さんて、未来でも素行が悪いって有名ですからねぇ」
それを聞いて土方は何も言わずに、ただ黙って歩き始めた。
(あ、絶対信じてない)
横目で見ると、土方はいつも通りの無表情だが、どこか険しさが増しているようにも見える。
かなたは心の中で小さく嘆息しながら、これから、どうやって功績を上げていこうか、と早くもこの時代での"生き残り戦略"に頭を悩ませていた。




