鬼か人か
刀が飛び交い、鋼の音が響く中、かなたは影でじっと戦況を見つめていた。斎藤が素早く居合を放ち、沖田の突きで敵を立ち引かせる。藤堂の機敏な動きで野盗を惑わせ、永倉の豪快な一撃が、男を吹き飛ばした。
(みんな、強い.....)
そう思っていた時、指を鳴らした音が聞こえた。その瞬間、一気に形勢が逆転する。
「なんで......」
いつの間に、土方たちは野盗に囲まれていた。
「クソっ!どうなってやがる」
かなたは何かないかと必死に策を考える。山崎は行商人を安全なところまで送り届けているので頼れない。
ふと視線を上げると、屋根の上で野盗の一人が手を動かしていた。忍びが使う合図、手真似だ。あそこから戦況を見て、統率を取っているのか。
かなたは、反射的に土方を見るが、目の前の敵に集中していて気づかない。
「土方さん、上!」
かなたは思わず声を張り上げ、大通りに飛び出した。その声に気づいた土方が、躊躇なく小太刀を抜き放ち、屋根の上へと投げ放つ。
「ぐあぁ!」
刃は狙い違わず野盗の体を貫いていた。なんという的中率だ。その一撃を皮切りに、他の隊士達は次々と野盗を蹴散らしていく。かなたは唖然としてその場に立ちつくしていた。
その時、暗闇から何かが走り込んでかなたを蹴り飛ばした。
「ぐっ!!!」
「子供が!余計なこと言いやがって」
どこに潜んでいたのか、野盗の一人がかなたの頭を地面に押さえつけた。
「..........っ!」
その瞬間、かなたはこれまでに感じたことのない激痛に襲われる。野盗の刀が、彼女の腕に突き立てられていたのだ。
「ぅあ゛ぁぁぁぁっ!!!」
「かなた!!?」
土方は咄嗟にかなたの方へ目を向けた。
「かなたさん!これは、まずいですね.....!」
沖田がどうにかしようと動きかけたその刹那、隣にいたはずの土方の姿が消える。気づけば土方は敵をなぎ倒し、かなたを押さえつけていた野盗を蹴り飛ばしていた。
「......てめぇ、何やってんだ」
低く呟くと同時に、土方の刀が野盗の体を真っ二つに裂いた。
「ぐああぁ!」
込み上げてくるのは、これまでに覚えたことのない感情だった。腹の底から煮えたぎる怒り。まだ足りない。もっと、斬らねば。土方は刀を強く握りしめる。
「これは...!」
その時、商人を移動させていた山崎が戻ってきた。状況を一目で察し、すぐにかなたへ駆け寄る。
「おい!中村君大丈夫か!?」
「は、はい.....すみません......」
「いま応急処置を、........?」
山崎は、隣の土方の様子に息を呑む。怒気を限界まで膨れ上がらせ、返り血を浴びて立つその姿は、まるで『鬼』のようだ。目線はとっくに死んだはずの野盗に向いている。
「....フーッ......フーッ...」
「ふ、副長.....?」
初めて目の当たりにする土方の姿に、山崎の声が震える。血走った目のまま、土方はゆっくりと歩き出す。なんだか、様子がおかしい。その異様さに気づいたかなたは、痛みに耐えながら声を絞り出した。
「ひ.....土方さん.....」
「!」
その声で、土方の足がピタリと止まる。振り返った表情は、先ほどまでの覇気はなく、いつもの土方に戻っていた。その時、沖田が最後の野盗を始末して山崎に呼びかけた。
「山崎さん!かなたさんの手当をお願いします!」
「あ....ああ!」
沖田の声で我に返り、山崎は慌てて応急処置を始める。戦いを終え、一息ついた永倉たちも駆け寄ってきた。
「おい、かなた。大丈夫か?!」
「は、はい。すみません急に出たりして.....なんか盗賊たちの様子がおかしくて.....」
「あれは山崎の言ってた通り、元御庭番衆だろうな」
「ああ、かなたが手真似のことを言わなきゃ気づかなかったぜ」
永倉の言葉に藤堂が頷く。
「よし。応急処置は済んだが、顔色が悪い。すぐに屯所に戻って処置をした方がいい」
山崎が言葉を発した時、しばらく沈黙していた土方が、口を開いた。
「馬鹿野郎!!!」
その怒声に、周囲は静かになる。
「......なんで飛び出した」
「……ごめ、なさい..」
土方は歯を食いしばり、深いため息をつくと背を向けて歩き出した。
「新八、おぶってやれ」
「お、おう」
土方に促され、永倉はかなたに背を差し出す。
「いやぁ、土方さんがあんなに怒ってるの、初めて見ました」
「だよなー。お前、めっちゃ大事にされてるなぁ」
沖田と藤堂は軽口を叩くが、かなたには笑う余裕などない。怒鳴られた上に、怪我の痛みで気分は最悪だった。
だが、かなたの苦難はまだ続く。このあと山崎によってしっかりと傷口を縫われた。後日、相馬の話では真夜中に屯所中へ響き渡ったかなたの唸り声が原因で、「西本願寺の怨霊が原因ではないか」と噂になったという。




