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新選組トリップ奇譚  作者: 柊 唯
第六章〜日本の夜明け〜

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才谷梅太郎

 かなたは数日間、茶屋の辺りを歩いて聞き回ってみたが、坂本龍馬はいなかった。店の主人にも聞いてみたが知らぬ存ぜぬで口が堅い。もしかしたら坂本の協力者なのかもしれない。


 一方、監察方の山崎の調べでは「才谷梅太郎」という人物が京の町を頻繁に出入りし、商人たちと関わりを持っているとの報告が入った。どこまで深い繋がりがあるかは分からないが、それだけでも十分な収穫だ。


 この日もいつものように、茶屋周辺で情報を探ったが、やはり得られなかった。というより、知っていても隠されているのだろう。あまり聞き込み過ぎるのも坂本に感づかれるだけだ。かなたは重い足どりで屯所への道を歩いていた。


 すると不意に後ろから声がかかる。


「おまんが、最近わしのことを探っとるっちゅうガキか?」


 慌てて振り向くと、そこには飄々とした笑みを浮かべたくせ毛の男が立っていた。先日、茶屋で見かけたあの男、坂本龍馬だ。


「いやぁ、最近やたらと"才谷梅太郎"のことを聞いとる奴がおるっちゅうて噂になっちゅうき。....おまんいったい何者ぜよ?」


「えっと.......」


 突然のことに言葉が出ない。それに、坂本龍馬を探してはいたが、どう切り出すかなど考えていなかった。坂本はまっすぐにかなたを見つめる。


「......おまん、ちょっと変わっとるな」


「え?」


 "変わっている"とはどういう事だろうか。かなたは未来人である自分が見透かされたのかとドキリとする。そんな事分かるはずもないのに。


「まぁ、わしのことを知りたいなら、ちっくと付き合うてくれるか?」


「......へ?」


 坂本はそういうと、かなたの腕を掴んで歩きだした。





 ーーーー





 坂本龍馬に連れてこられたのは、最初に彼を見かけた茶屋だった。


「あの.....」


「なんじゃあ、団子食わんのがか?」


「あ、いただきます...」


 坂本の意図がわからず、戸惑いながらも団子を頬張る。やはり島田に紹介されただけあって、この店の団子は格別だ。こんな状況なのに美味しいと思えてしまう。こんな時の自分の肝の座りようには感心する。


 かなたは団子を茶で流し込み、恐る恐る口を開く。


「えっと、それであなたは....才谷さん?ですよね?」


「そうぜよ。子供がわしのこと探っちょるって店の旦那が言いよったき、気になってのぉ」


 ここにきてからよく子供に間違われるが、そんなに自分の顔は童顔なのだろうか。


「あの、私こう見てえて二十三です」


 かなたの言葉に坂本は目を丸くする。


「なんやと?意外と行っちょったがか。そりゃすまんの」


 意外と、とは失礼な。そう思いつつ、かなたはもう一つ団子を口に運ぶ。


「で、おまんは何者じゃ?」


「ええっと.....」


 正直に言いたいが、相手がどこまで信用できるかは分からない。だが、新選組のことを言えば坂本も警戒するかもしれない。悩んだ末に、かなたは思い切って口を開いた。


「正直に言ってもいいんですが、あなたに警戒されるかもしれないです」


 坂本は一瞬ぽかんとし、次の瞬間には腹を抱えて笑い出した。


「おまん、おもしろいやっちゃなぁ!普通そげな言い方せんぜよ!」


 そんなことはかなたも分かっている。けれど、坂本はどうも悪人には見えないのだ。自分の感覚が狂っているのだろうか。


「まあ.....よく変わってるとはいわれます」


 再び坂本は笑い出す。この人は沸点が低いのだろうか。暗殺される前に笑い死にしないか心配だ。


「ははは!そりゃ気に入ったぜよ。警戒せんき、言うてみい」


「隊士ではありませんが、新選組でお世話になってるものです。中村かなたといいます」


 かなたは意を決して自己紹介をする。ここまで来たら仕方がない。こちらから重要な情報を漏らさなければ、新選組に迷惑はかからないだろう。


「ほおー、あの人斬りで有名な新選組がか」


「.....一応、京の治安維持を目指しています」


 心底嫌な通り名だが、かなたが何をしようが新選組から『人斬り』というイメージは消えない。あながち間違ってはいないが、町民にはもう少し治安を良くしている功績も口にして欲しいものだ。


「なるほどにゃあ。で、おまん、隊士じゃにゃあ言うたき、そこで何しよるが?」


「新選組の皆さんが働きやすいように、色々と提案をさせてもらってます」


 本当に、こんなことを話してもいいのだろうか。今さら不安がよぎる。しかし、坂本龍馬なら、きっと"改革"に関する話には興味を示すはずだ。


「ほお、どんな提案をしとるんぜよ?」


 坂本は興味津々に話を進める。


「勤務の交代制を導入したり.....」


「交代制?」


「ええ。それまでは明確な休みが無かったんです。でも、それではみんな疲弊するばかりで、いざという時に動けなくなる。だから、当番を組んで休みを作るようにしました」


「ほう....」


「隊士たちの不満が大きくなれば、いずれ新選組は崩壊します。だから組織の存続のために導入しました」


「ほうほう。それで?他には?」


「それから、食事の改善もしました」


「ははっ、そりゃあええ!兵糧ちゅうのは、戦より大事やき!」


「以前は食事が適当で体に悪かったので、健やかな体や体力を維持できるよう工夫しました」


「なるほどのう.......おまん、ええとこに目をつけるのう」


 やはり改革に関心を示している。


「.....まあ、みんなが働きやすい環境を作るのが私の役目ですから」


「じゃが、そこまで変えるっちゅうことは、時には金も必要じゃろう?」


 さすが革命家だ。目の付け所が違う。


「....はい。正直、お金に関しては楽では無いですね」


 坂本はじっとかなたの顔を見つめ、何か考えているようだった。


「武士は誇りや名誉を求めるもんやと思っちょったが、おまんは組織の存続を考えちゅう。変わっちゅうのう」


「.......そうですか?」


 かなたは現代人なので違和感はないが、この時代の人々から見れば異質なのだろう。


「資金繰りで困っちょるなら、わしが手を貸してやってもええで?」


「えっ?」


 予想外の言葉に思わず立ち上がった。まさか向こうから話を持ちかけてくれるなんて、これほど幸運なことがあるだろうか。あまりに順調すぎて、再び疑心暗鬼になる。


「いきなり金を出すわけにはいかんけんど.......わしの知り合いに、金回りのええ商人がおる。そいつを紹介しちゃる。もちろん条件付きじゃ」


「......条件、ですか?」


 この話は坂本にはなんの利点もない。そうなれば、条件がつくのが普通だろうが、一体どんな条件を突きつけられるのか。かなたは少し、身構えてしまう。


「まあ、そがに固うなるな。なあに、簡単な話ぜよ。おまんの考えを聞きたいだけがよ」


「.......私の考え?」


「そうぜよ」


 坂本は目を細め、かなたを見据える。


「おまん、新選組をどうしたいがか?」


 どうしたいか......坂本は、新選組が今後の日本の動きに影響するかもしれないと、警戒しているのだろう。かなたは迷わず、思いを口にした。


「今の新選組は、昔よりも厳しい環境でした。でも私が少しずつ変えてきたことで、考え方に柔軟さが生まれ、提案すれば応えてくれるようになりました。これから先、時代はますます変わります。幕府の捨て駒にされる日も来るかもしれません。でも、その時は皆に生きることを選んでほしいんです」


「生きること....?」


 坂本は少し首を傾げる。


「はい。私たちは、ただ死を受け入れるだけじゃなく、状況に抗って自分の意思で道を選べると思うんです」


「ふふ.....そりゃあおもろい考えぜよ。けんど、おまん......新選組の連中、ほんまに"生きる"ことを選べるかのう?武士ちゅうもんは、たいてい"死ぬ覚悟"しか持ち合わせとらんぜよ?」


「......そうですね」


「そいつをどうやって新選組の連中に教えるがか?」


 かなたは目を閉じ一呼吸置いた。そして、胸の奥にためこんでいた思いをぶつけるように声を張り上げる。


「武士の誇りは、バカだと言う人もいるが、それでも私はその固い意思が美しいと思う」


「んん?」


 かなたの詩人じみた物言いに、坂本は一瞬、言葉の意味をつかめず戸惑う。


 かなたにとって、その言葉は本心だった。自分の時代にはない侍の覚悟は、現代人からすれば馬鹿げているかもしれない。けれど、その意思に、どういうわけか心を引きつけられた。それは未来には存在しない、とてつもなく重い覚悟だった。


「だから、私はその誇りを捨てずに新選組を変えなければならないのです」


 かなたの目は真っ直ぐ坂本を見つめていた。その目を見た坂本の口角がニヤリと上がる。


「新選組の皆が生きることを選べるようにするには、死に急ぐ理由より、生き続けたいと思える理由を作らねばなりません。組織が崩れそうになった時、守るべき仲間や居場所があれば、自然と生きる方を選ぶはずです」


 手が震える。自分の考えをさらけ出せば、坂本にどう使われるか分からない。けれど、大丈夫だ。自分には仲間がいる。


 かなたは拳をぎゅっと握りしめ、言葉に力を込める。


「死ぬ覚悟は一瞬で決められる。でも、生きる覚悟は毎日積み重ねなければなりません。だから私は、隊士たちが安心して過ごせる環境、互いに支え合える場所を作るんです」


「......おまんは、それをずっとやり続けるがか?」


 坂本は口角を上げながら問う。内心、自分がどれほど気持ち悪い顔をしているかさえ気にならなかった。それほどかなたの言葉に、目に、惹き付けられる。


「はい。どんな道だろうと、私は抗い続けたいです」


 坂本は湯のみを傾け、しばらくじっとかなたを見つめる。そして小さくつ呟いた。


「......やっぱおもろいのう」


「え?」


「わしはな、こじゃんとおまんに興味が湧いてきたちや!」


 かなたは坂本の言葉の意味が分からず首を傾げた。


「おまんが本気で"新選組の"将来"を変える言うんやったら、わしも助けちゃる」


「ほ、本当ですか?ありがとうございます!坂本さん!」


「ん?おまんわしの名前しっちゅうがか?」


「あっ!」


 しまった、と口を抑えた時にはもう遅い。


「その......えっと、実は前から憧れてまして........」


 苦しすぎる嘘を吐いたと後悔する。チャンスを得たのにまた振り出しに戻るかもしれない。


「なんやそうか!ほんなら早う言うてくれりゃあええに!」


 坂本はガハハと笑うと嬉しそうに頭をかく。単純でよかった。


「ほんまにおまんは不思議なやっちゃのう!」


「あの.....さっきから変とか不思議とかって一体どこがそう思うんですか?」


「目じゃ!」


「......目?」


 てっきり内面かと思っていたので外見だった事に驚く。


「おまんの目はどこか遠くを見ゆう目じゃ!この日ノ本の未来を見ゆうがじゃ!」


 たしか、以前も土方に同じようなことを言われた気がする。未来を見据えると言っても、知っているのだから当たり前なのだけれど。


「革命家は皆、そんな目をしとる」


 革命家か.......会ったことはないが、この革命的な時代に坂本が言うのなら、間違いないのだろう。


「ほいで、おまん、商人の紹介っちゅうても、わしみたいに条件を出されるかもしれんぜよ」


「見返り....ですよね」


 商人も見返りが無ければ援助はしてくれるまい。そこら辺はわきまえているつもりだ。


「ああ。わしはおまんの話を聞いちょっただけやけんど、商人の場合は金がのうなるがやき。これから先、新選組が町のもんにとってどういう存在になるか.....それを大事にしていくろう。依頼なんかも舞い込んでくるかもしれんぜよ」


 どういう存在か、かなたにとってもこの先の課題になるだろう。


「わかりました。それはこちら側でまた相談します」


「おう、商人とは直接話してみいや。ほいたら分かるがじゃ」


「はい。またお手紙貰えますか?新選組の屯所は西本願寺にありますので」


「おう、わしゃあ伏見の寺田屋におるき、また何かあったら言うてきいや!」


 そうして坂本としばらく言葉を交わしたのち、その日は別れることにした。

 話している限りでは、坂本は裏表のない人物に思える。もっとも、出会ったばかりで本心まで測れるはずもないが、未来には残らない彼の夢を聞くことができた。また坂本とは膝を突き合せて語り合いたい。


 あれこれ考えるうちに、土方と山南に説明しなければならないことを思い出し、かなたは深いため息をついて屯所へと戻っていった。

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