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新選組トリップ奇譚  作者: 柊 唯
第六章〜日本の夜明け〜

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未来を見据えて

慶応二年 四月



春眠暁しゅんみんあかつきを覚えず』


 その言葉の通り、春の陽気は心地よく、昼間も穏やかな風に包まれて眠気が抜けない。


 かなたはあくびを噛み殺しながら、洗濯物を干す。風が吹き、地面に落ちきった桜の花びらが舞い戻る。この調子ならすぐに乾きそうだ。


(今まで隊の中で色々と改革してみたけど、他になにかできることってないかなぁ)


 そんなことを考えていると、背後から声が飛んできた。


「かなたさん!」


「沖田さん。お疲れ様です!」


 沖田はかなたの隣に来ると、干してある洗濯物の具合を眺める。彼の体調は昨年と変わらず、むしろ快方に向かっているように見えた。労咳が完治しているのか、進行を抑えられているのかはわからない。だが長い療養を経て、最近では巡察にも顔を出すほどになっていた。そろそろ、断薬について考えてみてもいいかもしれない。


「いつも洗濯物、ありがとうございます!」


「いえ。置いて頂いてるんですから、これくらいしないと.....」


「かなたさんは働き者ですねぇ。ただでさえ新選組を良くするために日々奔走してるのに、雑用までやってくれてるんですから」


「まあ、表向きは小姓ですから....そういえば沖田さん。交代制が出来てからどうですか?」


「前よりお休みが多くなって、隊士達も心の余裕ができた気がします!」


「そうですか、よかったです!他に何か困り事とか、ご不満とかないですか?」


「そうですねえ、お給金が少ない....とかでしょうか」


「お給金ですか....」


 やはり史実よりだいぶ隊士を増やしてしまったので、隊内の資金繰りは相当きついはずだ。顎に手を当てて考えるかなたに、沖田は苦笑いを浮かべた。


「ええ。でも、これはどうしようもない事ですから.....」


 稼げる方法が限られている現代よりかは、何とかなりそうな気がするが、個人ではなく"新選組"となると話は違う。


 ふと、そこに一つの案が思い浮かぶがそんなに上手くいくだろうか。いや、上手くいってもらわなければ困る。早速あの人に話をしに行こうと、かなたはいきり立つ。


「あれ?もしかして僕、かなたさんの心に火付けちゃいました?」


 沖田の冗談めいた言葉も聞き流し、かなたは足を速めていた。





 ーーーー





「で、話ってなんだ?」


 かなたが珍しく相談があると言い出したので、土方は筆を止めて対面に座る。


「新選組のお金事情について知りたいんですけど」


「......そうだな」


 土方はそう呟くと、一冊の帳簿を机の上の積み重なった本の中から引っ張り出す。


「隊士の大半は浪士上がりだ。武士としてのろくをもらってたわけじゃねぇし、今の給金は会津藩から降りてくるわずかな金を分け合ってるだけだ」


 ペラペラと帳簿をめくりかなたに見せる。隊士が増えすぎたせいで、給金どころか生活費や維持費まで圧迫されていた。


「かなり、出超でちょうだ。はっきりいって、厳しいという言葉じゃ片付けられねぇ。会津藩にも掛け合ってはいるが、なかなか決は下りねぇな」


「なるほど....」


 湯呑みを手に、土方は茶を口に含む。


「そもそも新選組は戦をする集団じゃねえ。もともと京の治安維持が役目だ。それに見合った金しか出ねえのは当然だろ。それに加えて池田屋以来、大した成果も出してねぇからな.....」


 土方のその言葉にかなたは顎に手をつく。一体、次は何を考えているのやら。


「本当なら隊士達にも、もっと出してやりてえが、これが今の限界だな」


 土方自身も考えてはいるか、他に方法がない。そう言ったあと、土方はじっとかなたを見やった。


「んで、なんか考えがあるのか?」


「えっ....」


「何か策があるなら言ってみろ」


 するとかなたは土方の前に手を突き出した。


「すみません!まだどうしようか迷っているので、一旦保留で!では失礼します!」


 かなたからはっきりと拒否され、土方は思わず固まる。こんなことは初めてだ。何でも話せる仲になったつもりでいたが、どうやら自分の思い違いだったのか。机に肘をつき、顔を伏せる。


「くそ、なんで俺はこんなことでしょげてんだ....」





 ーーーー





 かなたは土方の部屋を出ると、その足で山南のもとを訪れた。


「山南さん、今いいですか?」


「かなたさん。どうしました?」


 かなたは山南に促され真正面に正座をする。


「少し迷ってることがあって相談を......」


「おや、かなたさんが迷うなんて珍しいですね」


 山南は驚いているがそんなことはない。かなたの人生は迷いだらけだ。ただ選択できているのは、いつも周りの人たちのおかげである。山南は、その中でも特に話しやすい相手だった。


「あの、山南さんって"坂本龍馬"という人をご存知ですか?」


「坂本龍馬....?いえ、聞いたことはありませんね」


 やはり、新選組と坂本龍馬に接点はないようだ。未来では、坂本龍馬と新選組のセットは嫌という程あるのに実に意外だ。


「実は、その坂本龍馬という人が各方面に顔が利くらしくて、もし接触できれば、商人を通じて資金援助を受けられるんじゃないかと思ったんです」


 坂本龍馬は商人や幕府、さらには尊皇攘夷派とも繋がりを持っている。京にも何度か来ているので監察方の力を借りれば、居場所を突き止めるのも難しくは無いだろう。


「なるほど。資金援助ですか」


「ええ。今後のために少しでも楽になればと思って。でも、土方さんには内緒にしたいんです....」


 本当は秘密など作りたくない。だが、坂本龍馬となると話は別だ。土方に面倒をかけることになるかもしれない。かなたのその言葉に山南は目を細めた。


「.....なぜ、ですか?」


「あまり面倒事を増やしたくないというか.....土方さんはああいう性格だから坂本龍馬のことをよく思わないかもしれないんです」


 薩長の仲介をしたと知れば、土方は坂本を尊攘派とみなし、捕縛しようとするかもしれない。


「なるほど」


「はい。ですから、まず山南さんの意見を聞きたくて....」


 山南は一息つくと口を開いた。


「....かなたさんの考えは、新選組のことを第一に考えていてとても良い案だと思います」


「....本当ですか?」


「はい。実際に資金面に関しては厳しい状態なのは確かです。ですが、問題も多いですね」


 さすが山南。鋭いところを突かれる。山南は穏やかな笑みを浮かべながら、静かに言葉を続けた。


「まず、その坂本龍馬という人物が本当に信用できるのか、という点です」


 それはかなたも痛感している。未来の知識では「日本の行く末を案じる志士」とされるが、実際の人となりはまだ分からない。


「商人との繋がりがあったとしても、それが我々にとって有益かどうかは別問題です。かえって不利に働くこともあり得ます」


「.....そうなんです。直接こちらに関わらなくても、情報が漏れたりすれば......」


 そんなことがあってはかなたも未来人とはいえ、ただでは済まないだろう。


「.....なるほど」


 山南は、かなたのはっきりとした物言いに何かを察したようだ。


「だからこそ慎重に進めるべきだとは思っています。でも、いずれ彼は無視できない存在になると思います。それは、新選組にとってというよりも、日本にとって....」


 かなり壮大な話になるが間違ってはいないだろう。


「.....無視できない、ですか」


「はい。今はまだ目立たなくても、いずれ多くのものを動かす人になるはずです。関わることで良くない流れに巻き込まれるかもしれない........それが怖いんです」


 山南はしばらく考え込むように視線を落とし、静かに息をついた。


「ですが、どんな状況でも土方くんには話したほうがよいでしょう」


「....調査段階でも、ですか?」


 食い下がるかなたに、山南は苦笑う。


「.....わかりました。では、調査の後に必ず報告する、そう約束してください」


「あ、ありがとうございます!」


 わがままを言って申し訳ない。けれど、土方にはちゃんと全てが揃った上で、きちんと説明したいのだ。


「では、監察方に坂本龍馬のことについて調べさせましょう」


 山南は紙に筆を走らせながら言った。


「そうですね。それと、坂本龍馬は偽名を使っている可能性があります。確か...."才谷梅太郎さいたにうめたろう"という名前だった気がします。一応、私の方でも調べてみますね」


「わかりました。では、また報告いたします」


 伏見ふしみにある旅籠 寺田屋に直接行けば早いのだろうが、さすがにそれでは警戒されるだろう。


 さっそく、翌日にかなたは前に坂本龍馬を見かけた茶屋を訪れることした。

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