降誕祭
慶応元年十二月
寒さが増して来た頃、かなたは縁側で一人繕い物をしていた。江戸時代にエアコンはなく、火鉢でようやく暖まる程度だ。とはいえ、ずっと火鉢を焚いている訳にはいかないので、昼はもっぱら陽の光に当たっていた。
沖田が寒いだろうと半纏を貸してくれたが、少し大きい。袖をまくり上げて縫い物をしていると、廊下の隅にいるかなたを見つけて、土方が歩み寄ってきた。
「あ、土方さん。お疲れ様です」
「おう」
土方は軽く挨拶をするとかなたの隣に腰を下ろした。疲れているのだろうか、少し目がしょぼしょぼしている気がする。
(ドライアイ......?)
この時代のドライアイに少し疑問を持つが、土方が何も言わないので、かなたは気にせず縫い物を続ける。すると、土方はかなたの手元をじっと静かに見つめはじめた。
「あの、土方さん?なんですか?やりにくいんですけど.......」
「お前、こういう作業が得意なのか?」
「全くです!もう、不器用すぎて辛いです!」
「ふっ。なのに、文句一つ言わねぇのは大したもんだよな」
不意に見せる土方の笑顔は心臓に悪い。町娘が見たら間違いなく、イチコロだろうな。だけどなぜか、土方には辛いことや悲しいこと、嬉しいこと全てを話したくなる。
「ところでよ、降誕祭ってしってるか?」
「こーたんさい??なんですか、それ」
新種の野菜かなにかだろうか。
「なんでも、耶蘇の生誕を祝う祭りらしいんだが」
この時期に生誕を祝う祭りといえば、一つしか思いつかない。
「その、"やそ"っていうのはイエス・キリストのことですか?」
「ああ、確か異国ではそう言われてたな」
やはりそうだ。あれしかない。
「クリスマスですね!」
「.....くりすます?なんだそれは」
「降誕祭のことです!私がいた時代ではクリスマスって言うんです!恋仲の人や友人と贈り物を交換するんですよ!」
「そんな文化があるのか.....。どうやら、その降誕祭では異国の菓子を食うらしい」
「ああ、ケーキですね!」
「けえき?というのか?」
「はい!丸くてふわふわのお菓子です!」
「なるほどな。....で、お前はなんか欲しいもんあんのか?日頃から雑用押し付けちまってるからな....欲しいもんがあるんだったら買ってやるぞ」
「え!!そ、そんないいですよ!悪いですし....」
「はぁ....お前はほんとに欲がねぇな」
土方は呆れた顔をする。欲がないわけでは無いが、この時代で欲しいものとなると限られているので、どうしても浮かばないのだ。
「....じゃあ贈りあおうぜ。それならいいだろ」
「お、贈り合うんですか?」
意外な言葉に、つい聞き返してまう。
「お前のいた時代では交換するんだろ?.....それとも俺とじゃ嫌なのか?」
子供のように拗ねた顔をする土方が、なんだか可愛いと思えてしまった。口に出したら二度と話してくれなさそうなので、飲み込む。
「嫌ってわけでは.....じゃあ、何がいいか考えておきますね」
「おう」
満足そうに頷くと、土方は去っていく。とはいっても、土方が好みそうなものが分からない。短歌集でもあげたらいいのか。それとも、なにか身につけられる邪魔にならないものがいいか。
(あ、いいこと思いついた!)
あれなら、この時代の人間にも新鮮に感じてもらえるはずだ。
ーーーー
翌日、かなたは夕餉の買い出しのついでに小間物屋へ足を運んだ。
「すみませーん」
「はいはい。どうかなさいました?」
店の入口から声をかけると、奥から陽気そうな店主が顔を出した。
「あの、糸とかってありますか?」
「糸でしたら、こんなんがありますよ。うちは異国からの糸も仕入れとるんです」
差し出されたのは、色とりどりの糸。どの色なら土方に似合うだろうか。
「君、それで何か作るん?」
吟味するかなたに、店主は声をかける。
「組紐のようなものを作ってみようかなって思っていて....。あ、組紐の組み方とかご存知ですか?」
「組紐なぁ....」
店主は顎に手をあてて考え込み、やがて思い出したように言った。
「あぁ、そういや、隣の呉服屋が手作りしとるって言ってた気ぃするわ.....。聞いてみましょか!」
「え、いいんですか?」
店主はええよ、と手を叩くとすぐに立ち上がり、隣の呉服屋へと案内してくれた。店に入ると、様々な反物や着物が所狭しと並んでいる。本題を忘れて、かなたはつい見入ってしまう。
「この子がね、作りたいそうなんですわ」
かなたは、小間物屋の店主の声で我に返る。すぐ振り向くと、呉服屋の店主らしき女が立っていた。
「なるほどね。あんた、手先は器用かい?」
「あ、あんまり.....。器用じゃないと作れませんか?」
苦い顔をするかなたに、女は眉を下げて笑った。
「いや、大丈夫さ。強い思いがあればなんでも出来るよ」
そう言ってくれるとありがたい。女はかなたの前に数種類の組紐を置いて説明する。
「こっちは、組台を使って組んだもの、こっちは手組と言って手で組むものだよ。組台が無くてもできる」
「色んな種類があるんですね」
「ああ。組台もいろいろでね、ああいう丸台からこういった木板でも代用できるよ。腕に自信が無いなら、貸してやるから、この木板を使うといい」
「あ、ありがとうございます!」
女はかなたに、真ん中に穴の空いた木板を差し出す。江戸時代の人の温かさが胸が染みる。こういったコミュニティは大事にしていかなければ。その後、女は丁寧に紐の組み方も教えてくれた。小間物屋の店主はいつの間にか姿を消していたので、あとでお礼に行かなければ。
そして、その日からかなたは夜な夜な組紐を組むようになった。




