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新選組トリップ奇譚  作者: 柊 唯
第五章〜暦の彩り〜

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降誕祭

慶応元年十二月


 寒さが増して来た頃、かなたは縁側で一人繕い物をしていた。江戸時代にエアコンはなく、火鉢でようやく暖まる程度だ。とはいえ、ずっと火鉢を焚いている訳にはいかないので、昼はもっぱら陽の光に当たっていた。


 沖田が寒いだろうと半纏はんてんを貸してくれたが、少し大きい。袖をまくり上げて縫い物をしていると、廊下の隅にいるかなたを見つけて、土方が歩み寄ってきた。


「あ、土方さん。お疲れ様です」


「おう」


 土方は軽く挨拶をするとかなたの隣に腰を下ろした。疲れているのだろうか、少し目がしょぼしょぼしている気がする。


(ドライアイ......?)


 この時代のドライアイに少し疑問を持つが、土方が何も言わないので、かなたは気にせず縫い物を続ける。すると、土方はかなたの手元をじっと静かに見つめはじめた。


「あの、土方さん?なんですか?やりにくいんですけど.......」


「お前、こういう作業が得意なのか?」


「全くです!もう、不器用すぎて辛いです!」


「ふっ。なのに、文句一つ言わねぇのは大したもんだよな」


 不意に見せる土方の笑顔は心臓に悪い。町娘が見たら間違いなく、イチコロだろうな。だけどなぜか、土方には辛いことや悲しいこと、嬉しいこと全てを話したくなる。


「ところでよ、降誕祭こうたんさいってしってるか?」


「こーたんさい??なんですか、それ」


 新種の野菜かなにかだろうか。


「なんでも、耶蘇やその生誕を祝う祭りらしいんだが」


 この時期に生誕を祝う祭りといえば、一つしか思いつかない。


「その、"やそ"っていうのはイエス・キリストのことですか?」


「ああ、確か異国ではそう言われてたな」


 やはりそうだ。あれしかない。


「クリスマスですね!」


「.....くりすます?なんだそれは」


「降誕祭のことです!私がいた時代ではクリスマスって言うんです!恋仲の人や友人と贈り物を交換するんですよ!」


「そんな文化があるのか.....。どうやら、その降誕祭では異国の菓子を食うらしい」


「ああ、ケーキですね!」


「けえき?というのか?」


「はい!丸くてふわふわのお菓子です!」


「なるほどな。....で、お前はなんか欲しいもんあんのか?日頃から雑用押し付けちまってるからな....欲しいもんがあるんだったら買ってやるぞ」


「え!!そ、そんないいですよ!悪いですし....」


「はぁ....お前はほんとに欲がねぇな」


 土方は呆れた顔をする。欲がないわけでは無いが、この時代で欲しいものとなると限られているので、どうしても浮かばないのだ。


「....じゃあ贈りあおうぜ。それならいいだろ」


「お、贈り合うんですか?」


 意外な言葉に、つい聞き返してまう。


「お前のいた時代では交換するんだろ?.....それとも俺とじゃ嫌なのか?」


 子供のように拗ねた顔をする土方が、なんだか可愛いと思えてしまった。口に出したら二度と話してくれなさそうなので、飲み込む。


「嫌ってわけでは.....じゃあ、何がいいか考えておきますね」


「おう」


 満足そうに頷くと、土方は去っていく。とはいっても、土方が好みそうなものが分からない。短歌集でもあげたらいいのか。それとも、なにか身につけられる邪魔にならないものがいいか。


(あ、いいこと思いついた!)


 あれなら、この時代の人間にも新鮮に感じてもらえるはずだ。





 ーーーー





 翌日、かなたは夕餉の買い出しのついでに小間物屋こまものやへ足を運んだ。


「すみませーん」


「はいはい。どうかなさいました?」


 店の入口から声をかけると、奥から陽気そうな店主が顔を出した。


「あの、糸とかってありますか?」


「糸でしたら、こんなんがありますよ。うちは異国からの糸も仕入れとるんです」


 差し出されたのは、色とりどりの糸。どの色なら土方に似合うだろうか。


「君、それで何か作るん?」


 吟味するかなたに、店主は声をかける。


「組紐のようなものを作ってみようかなって思っていて....。あ、組紐の組み方とかご存知ですか?」


「組紐なぁ....」


 店主は顎に手をあてて考え込み、やがて思い出したように言った。


「あぁ、そういや、隣の呉服屋が手作りしとるって言ってた気ぃするわ.....。聞いてみましょか!」


「え、いいんですか?」


 店主はええよ、と手を叩くとすぐに立ち上がり、隣の呉服屋へと案内してくれた。店に入ると、様々な反物や着物が所狭しと並んでいる。本題を忘れて、かなたはつい見入ってしまう。


「この子がね、作りたいそうなんですわ」


 かなたは、小間物屋の店主の声で我に返る。すぐ振り向くと、呉服屋の店主らしき女が立っていた。


「なるほどね。あんた、手先は器用かい?」


「あ、あんまり.....。器用じゃないと作れませんか?」


 苦い顔をするかなたに、女は眉を下げて笑った。


「いや、大丈夫さ。強い思いがあればなんでも出来るよ」


 そう言ってくれるとありがたい。女はかなたの前に数種類の組紐を置いて説明する。


「こっちは、組台を使って組んだもの、こっちは手組と言って手で組むものだよ。組台が無くてもできる」


「色んな種類があるんですね」


「ああ。組台もいろいろでね、ああいう丸台からこういった木板でも代用できるよ。腕に自信が無いなら、貸してやるから、この木板を使うといい」


「あ、ありがとうございます!」


 女はかなたに、真ん中に穴の空いた木板を差し出す。江戸時代の人の温かさが胸が染みる。こういったコミュニティは大事にしていかなければ。その後、女は丁寧に紐の組み方も教えてくれた。小間物屋の店主はいつの間にか姿を消していたので、あとでお礼に行かなければ。


 そして、その日からかなたは夜な夜な組紐を組むようになった。

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