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新選組トリップ奇譚  作者: 柊 唯
第五章〜暦の彩り〜

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市村鉄之助

前回の続きの巡察経路見直しからです。

「これがいつもの経路だな」


 土方が道の先を指さしながら、歩を進める。


「なんだか....距離はありますけど、意外と大通りばかりであっさりしてましたね」


「そうだな。京は小道が多いから、もっと細かく網羅したほうがいい」


「じゃあ次は、小道を回ってみましょう」


「ああ」


 碁盤の目のように整った京の道は、一見わかりやすいが、それだけ分岐も多い。とくに小道に逃げ込まれた場合、追跡が困難だ。かなたはそんなことを考えながら、前を歩く土方の背に付いていく。


「ここは、人通りも少なくて陰気ですね....。あ、土方さん、こっちの道行ってみてもいいですか?」


「なんかあったのか?」


「ここ、見てください」


 かなたは京絵図を見ながら、土方を細道へと誘導する。


「こっちの道はここまで来ると、さっきの道と繋がってるんです。なので、ここを巡察するだけで二経路、見ることができます」


「なるほどな。じゃあ、こことここの経路を繋げるか」


 かなたの提案に土方が頷いた瞬間、小さな達成感が胸に広がった。





 ーーーー





 それから四半刻ほど、経路の確認をしていると、細道のほうから何やら声が聞こえた。


「うわぁぁあん!おかあちゃーん!」


 かなたがその声につられて振り向くと、小さな男の子が泣きじゃくっていた。


「なんだ?迷子か?」


 土方は男児に近づくと、その仏頂面のまま話しかける。


「おい、坊主。お前、どっから来たんだ」


「......あ」


 男児は土方の顔の怖さに、泣くのも忘れて固まっている。これが"泣く子も黙るなんとやら"というやつか。かなたは慌てて土方のもとへ駆け寄った。


「土方さん!その子、怖がってますから!」


「あ?あぁ....悪ぃ」


 近寄ると、男児は一目散にかなたに抱きついてくる。よほど怖かったのか、かなたの脇で小さく震えている。


「大丈夫だよ。この人、顔は怖いけど優しい人だよ」


「おい」


 後ろから土方の視線が刺さるが、気にしないでおこう。


「お母さん、一緒に探そうか」


 男児は黙ったまま、こくりと頷いた。推定、三〜四歳くらいだろうか。まだ何もかもが拙い年頃なのに、一人きりで相当不安だったはずだ。そう思っていると、土方がさっきとは違う、少し柔らかい口調で口を開く。


「お前、名前はなんて言うんだ?」


「......てつのすけ」


 鉄之助だろうか、立派な名前だ。


「鉄之助、母ちゃんとはぐれた場所はどこだ?」


「...わかんない」


 自分がどこにいるかも分からないようで、鉄之助は今にも泣きだしそうに、かなたの服をぎゅっと掴む。


「しょうがねぇ。そのへんの店でも回って聞くか」」


「そうですね」


 そうして土方とかなたは一軒一軒、店を回り鉄之助のことを尋ねて歩いた。けれど、どの店も「知らない」と首を振るばかりで、気づけば夕刻になっていた。鉄之助は泣き疲れたのか、かなたの腕の中で何度も意識を落としかけている。かなたと土方が半ば諦めかけていた時、遠くから女の声が聞こえてきた。


「鉄之助ー!どこいったのー!」


 鉄之助はその声に気づくと、かなたの腕から抜け出して一目散に走り出す。


「あっ!」


「おい!」


 鉄之助は二人の声に構わず、声の主へ抱きついた。


「おかあちゃん!!!!!」


「鉄之助!」


 どうやらその女が鉄之助の母のようだ。かなたは女に近づくと声をかけた。


「あの、鉄之助くんのお母さんですか?」


「は、はい。そうですけど...あなた方は?」


 女は土方の羽織を見ると、眉をひそめた。新選組は京では嫌われ者だ。その反応をするのも無理はない。かなたは、これまでの経緯を説明する。


「まぁ、なんとお礼を申したらいいのか...」


「いえいえ!」


 鉄之助は安心したのか、さっきとは打って変わり、にこにことご機嫌だった。かなたはしゃがむと鉄之助の頭を撫でる。


「もうはぐれないようにね」


「うん!....おじさんも、ありがと」


 鉄之助は照れたように、土方を見上げる。


「おじ.....。あ、あぁ.....母ちゃんの言うことは聞けよ....」


 どうやら"おじさん"と言われたのが、かなりショックだったようだ。まあ、鉄之助くらいからするとかなたもおばさんだろう。すると、思い出したように女が口を開く。


「あ、申し遅れました。私、鉄之助の母の市村トキと申します。本当に、ありがとうございました。なにかお礼をさせてください」


「いち...むら.....?」


 その瞬間かなたの背筋がぞわりとする。


 市村鉄之助いちむらてつのすけ。土方と箱館戦争まで共にする当時十六の少年の名だ。たが、鉄之助は今の時期なら十を過ぎているはず。ただの偶然だろうか。


「いや気にするな、これが俺たちの仕事だ」


「え、でも....」


「あの...!」


 かなたは思わずトキの言葉を遮る。


「もしかして....近江おうみから来られましたか?」


「え、ええ。....けど、なぜそれを?」


 トキは困ったように眉を下げる。近江国は市村鉄之助の育った場所だ。嫌な汗が背筋を伝う。土方はかなたの様子に気づいたのか、顔を覗き込んだ。


「おい、どうしたんだ?」


「あ....い、いえ!なんとなく、そんな気が....して.......」


 土方は眉間に皺を寄せると、トキにこう告げた。


「もう夕刻だ。暗くなる前に帰れ。俺たちもこれで失礼する」


「あっ、ありがとうございました!」


 頭を下げるトキを一瞥し、土方はかなたの手を引っ張った。


「行くぞ」


 かなたの頭の中に、動揺が渦を巻く。小さな違和感は、これまでもいくつかあった。けれど、ここまで大きな"ずれ"と出会ったのは、これが初めてだった。本当に、このままでいいいのだろうか。この先も、自分は歴史を改変し続けていいのか。心の奥に、今さら迷いが生まれる。あの時、七夕祭りで感じた不安が、再び胸をよぎった。


「.....お前が何を思ってるかは知らねぇが」


 土方が静かに口を開く。夜に近づき、町の騒がしさは消えかけていた。


「今さら、改革を辞めるなんて言うなよ」


「.....え」


 かなたはゆっくりと、土方を見上げる。その目は今までとは違う、覚悟を宿した眼差しだった。


「お前が、俺たちを生かしてるってことを.....忘れんじゃねぇぞ」


 そうだ、彼らはもう覚悟を決めて歩き始めているのだ。自分が突き動かしたはずなのに、生半可な気持ちで居たことに、悔しさを覚えた。


「土方さん」


 かなたは土方の手を握り返すと、真っ直ぐ目を見る。


「私は、覚悟が足りていませんでした。歴史を変えることによって、自分の知っている未来じゃなくなるから。それが....凄く怖かったんです」


 土方は黙ってかなたの目を見つめる。


「だから、決めました。何が起きても、私の選んだ道を進みます」


 かなたがそう言うと、土方はふっと息を吐いた。


「.....そうだな。お前はそうでなくっちゃな」


「はい。なので、私を殴ってください」


「.....は?」


 予想外の言葉に土方は固まる。かなたは土方に、じりじりと詰め寄った。


「土方さんたちはもう覚悟しているのに、自分は先導者のはずだったのに、出来ていませんでした。武士ではありませんが、士道不覚悟です。殴ってください」


「.....んなこと出来るわけねぇだろ!」


「なんでですか?!」


 かなたの顔が近い。体の調子が変だ。妙に息があがる。それになんだか、男とは違う匂いがする。土方は必死に体制を持ち直し、腕を組み顔を背けた。


「なんででもだ。俺は女は殴らねぇ主義だ」


「で、でも、今は男なので!」


「それとこれとは違うだろ!」


「平等に殴ってくださいよ!」


「なんで殴られる前提でそんな前向きなんだよ!」


 かなたが食い下がり、土方が拒否し、じりじりと押し問答が続く。お互い真剣だが、周りから見ればただのコントだ。


「遅いと思ったら、なーにやってんだあいつら」


「また、かなたがなんか言ったんだろ」


「土方さんをあんな風にさせるのは、かなたしか出来ねぇよなぁ」


 それから言い合いする土方とかなたを、永倉・原田・藤堂は声もかけずに四半刻(30分)ほど見ていた。

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