未来の知恵
慶応元年九月
ある日かなたが広間へ行くと、土方、永倉、原田、斎藤、藤堂が京絵図を広げてその周りを囲んでいた。
「なにしてるんですか?」
「おう、かなた。丁度いい所に来たな」
原田が隣を叩いて座れと促してくるので、その横に腰を下ろす。すると、藤堂が顔を上げた。
「今、巡察の経路を見直してたんだよ」
「同じ経路ばかり辿ってると、敵に動きを読まれるからな」
土方が真剣な顔で京絵図を見つめている隣で、斎藤がかなたに視線を向ける。
「中村、なにかいい案はないか?」
この人が自分に助言を求めてくるなんて珍しい。よほど煮詰まっているのだろう。
「そうですねえ.....」
かなたは顎に手を当て、宙を見上げる。未来では敵に追いかけ回されることなど、そうない。
「基本の経路と、不定期の経路を組み合わせてみてはどうでしょう?例えば、ある日は基本経路だけ、次の日は基本経路と不定期経路、その次の日は不定期経路.....とか?」
「なるほど、それなら巡察の動きが読めなくなるな」
斎藤がすぐに頷く。
「けどよ、それだと隊士が混乱しねえか?」
「そうだな....負担も増えそうだ」
永倉の疑問に、原田も眉をひそめる。
「そうですね。組ごとに経路を決めたら、それも読まれてしまいますからね....」
再び宙を見上げて考え込む。すると、土方が口を開いた。
「じゃあ、当番表のようなものを作るしかねぇか」
当番表か。なるほど、それは中々いい案だ。そう思ったかなたの脳裏に、さらにもう一つの案がひらめく。
「じゃあ、週ごとに当番を変えれる"くるくる当番表"を作りましょう!」
「くるくる当番表?」
その言葉に一同が首を傾げた。
「はい!ちょっと待っててください!」
紙と筆、それから釘とハサミが必要だ。かなたは勢いよく立ち上がると、急いでそれらを取りに向かった。
「なにすんだ?」
戻ると藤堂が目を輝かせて見つめてきた。そんな目で見られると、ちょっとやりにくい。
「まず、紙に丸い円を描いて、それをハサミで切ります。そして円の中に線を引いて、組番号を書いて....もう一枚の紙には、円の中の線に合わせて巡察経路を書きます。経路は、通りの略称にしましょう。そして、この丸い紙の真ん中と経路を書いた紙を重ねて、釘を刺せば........なんと!くるくると日ごとに変えられる当番表ができるのです!」
「おぉ...だから"くるくる当番表"なのか!」
永倉が納得したように手を叩く。本来は画鋲で留めるのだが、江戸時代には画鋲は存在しないので、仕方なく釘にした。すぐに破けそうなので、今後の仕様を考えなければ。
「日ごとに誰かがこれを一回転させれば、その日、自分の組が、どの経路を巡察すればいいかわかりますよね?しかも、隊士全員が把握できてなくても、組長と副組長がわかっていれば、その日の巡察の初めに隊士に伝えることも出来ます!」
「で、誰がこれを回すんだ?」
原田は少しバツが悪そうな顔で言う。きっと面倒くさいと思っているのだろう。そんな顔をしなくてもいいのに。
「事務方の人はどうです?」
「そうだな。戦闘要員は面倒がる連中ばっかだから、しっかりしてる事務方のほうがいいだろう」
かなたの提案に土方が賛同する。
「で、肝心の経路はどうすんだ?」
永倉の言葉に、皆が気まずそうに目を合わせる。なんだ、まだ経路は決まっていなかったのか。てっきり、もう決定済みだと思っていた。
「じゃあ、ここに居る六人でこれから手分けして経路確保すんぞ」
土方がそう言うと、かなたは思わずポカンと口を開けた。
「え、私も行くんですか?」
「当たり前だろ!お前は、隠れ参謀なんだから」
原田が笑いながら背中をバシンと叩いてくる。その力に思わず咳込んでしまう。仮にも男女の力の差があるのだから、もう少し手加減してほしい。
「では、俺と永倉、原田と平助、土方さんと中村、という組み合わせで行きましょう」
「了解」
斎藤が決めた組み合わせに従い、隊士たちは次々と広間を後にする。皆が去っていく背中を見送ると、土方がかなたの方へ体を向けた。
「じゃあ、俺らも行くか」
「はーい」
かくして、土方とかなたは巡察経路の確認に向かうことになった。




