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新選組トリップ奇譚  作者: 柊 唯
第三章〜歴史が変わる瞬間〜

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落ちる音

『江戸時代の銭湯は混浴である』


 そういう文献をいくつか目にしたことがある。だが、幕府が混浴禁止令を出して以降、そうした湯屋は徐々に姿を消していった。


 土方もかなたのことを考慮して、ちゃんと仕切りのある湯屋を選んでくれた。


「ふぅぅ...」


 久しぶりに浸かる湯船に、かなたの身体はじんわりと力が抜けていく。日々の緊張や疲れが溶けていくようで、思わず寝てしまいそうになる。

 と言っても、本当に寝る訳にはいかないので他のことを考えていると、頭の中には先ほど土方が真剣に能を見つめていた表情が浮かび上がってくる。


 その事を考えていると、段々と池田屋のことも思い出してきてしまい、つい長湯になってしまった。頭がぼーっとする。


 湯屋を出ると、土方は壁にもたれかかるようにして、夕日を眺めていた。

 かなたはそこへ、よろよろと歩み寄る。


「お、お待たせてすみません。ちょっと考え事してたら.......長湯になってしまって.........」


 どうやら、湯あたりを起こしてしまったみたいだ。

 土方はかなたの声に気づくと、顔を覗き込む。


「ん? ...お前、顔真っ赤じゃねえか!歩けるか?」


「は、はい.....」


 その返しを聞くと、土方はかなたの肩を支えて歩きだした。その近さに、かなたの顔はさらに熱くなる。


(ち、近い...!)


 こんなに彼の姿が近くにあるのは池田屋以来だ。むしろ、湯あたりのせいで顔が赤くてよかったかもしれない。


「あそこで少し休むか」


 そういって、土方はかなたを支えながら神社の中へ入る。境内の隅にある長椅子に彼女を座らせると、神社の前にいた水売りから水を買い、かなたに手渡した。


「ほらよ」


「すみません...ありがとうございます」


 さっきの君菊の言葉を思い出してしまい、少し落ち込む。本当に迷惑をかけてばかりだ。


「いや、気にすんな。...それより、何か心配事でもあったのか?」


「い、いえ!大事なことでは無いので、気にしないでください...!」


「...そうか」


 彼女は、知らない人ばかりの場所で暮らしてるのだ。身内もいなければ、男の格好をして暮らしている。不安なこともあって当然だ。

 土方はそう思いながら空を仰いだ。


 しばらく沈黙が続くと、ザァーっと優しく風が吹いて湯上りの火照った身体に心地よく通り抜けていく。


(風が涼しくて、気持ちいー)


 かなたが風を感じていると、土方が少し間を置いて言葉を紡いだ。


「...俺は、お前のこと、最初は全然信じてなかった。なんなら尊攘派の間者と思ってたくらいだ。芹沢さんの時もそうだが、池田屋で総司と平助を助けてくれただろ? お前が居なかったら、今ごろ俺たちは全員、いなかったかもしれねぇ。...ありがとな」


 少しぶっきらぼうに礼を言うと、土方はふいにこちらを見て、ふわりと笑った。その穏やかな表情に、かなたの胸がどきりと跳ねる。


「い、いえ!新選組の皆さんを助けるのが、私の役目なので...」


 土方は「そうだったな」つぶやき、再び空を見上げた。


「ところで、その...土方さんは私のこと、信じてくれたんですかね..?」


 不安になりながら恐る恐る聞くかなたに、土方は眉を下げながら笑う。


「そうだな。お前は目が真っ直ぐで...俺たちとは違うところを見てるんだなって、そう思った。そういう所を見ると、本当に未来から来たんだなって感じる。疑って悪かったな...」


 なんだか土方が妙に優しい。言葉も言い方も、全部心に沁みてしまう。


「う......」


 かなたは胸がいっぱいになり、涙がこぼれてしまう。ここへ来てから、どうも涙もろくなっている気がする。今まで色々ありすぎて疲れているのだろうか。


「お、おい...泣くなよ....」


 オロオロする土方の姿に、なんだか意外だと思ってしまう。けれど、また迷惑をかけてしまった。


「すみません.....なんか、嬉しくて......」


「お前は本当に真っ直ぐな奴だな」


 そういうと土方は懐から手拭いを出し、かなたの涙をそっと拭った。さっきから距離が近くて、胸の奥がずっと落ち着かない。


 土方の頬も赤いと気づいたが、かなたは湯上りのせいだとそう思った。





 ーーーー





 四半刻(役30分)


 かなたの湯あたりも落ち着いてきたので、二人は屯所へと帰るために町への道を歩きだす。

 町へと戻ると夜店が開いていて夜の暗さのなか、その明かりがひときわ綺麗に輝いていた。


「わぁ!土方さん!夜店が開いてますよ!!」


 かなたの目がキラキラと光る。そんな姿を見て土方は呆れながら笑った。


「お前、さっきまで湯あたり起こしてたのに元気だな...」


「はい!土方さんのおかげですよ!」


 ころころと笑うかなたの様子に、土方も思わず笑みをこぼす。


 そのとき、ふと何かが落ちるような音がした。


「ん?」


 土方は後ろを振り返るが、そこには何も無い。


「...気のせいか」


「土方さん? どうかしました?」


 心配そうに覗き込むかなたに、土方は首を横に振る。


「あ、いや...なんでもねえ」


「そうですか...あ!」


 かなたは一瞬目を細めたあと、何かを見つけたのか、ぱっと瞳を輝かせて指をさした。


「土方さん!焼き餅ありますよ!食べましょうよ!」


 土方はそんなかなたの顔を見て、小さく息を吐く。


「ったく、しょうがねぇな。門限までには戻るぞ」


「やったー!」


 はしゃぐかなたを見ると、なんだかこれからも上手くやっていけそうな気がした。

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