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新選組トリップ奇譚  作者: 柊 唯
第三章〜歴史が変わる瞬間〜

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ご褒美

 かなたに池田屋の功績の礼と、これまで疑っていたことへの詫びをしなければならない。

 土方はそんなことを考えながら腕を組み、唸っていた。何せ、未来から来た女子おなごに何をすれば喜ばれるのか、見当もつかない。

 とりあえず、自分なりに考えてみることにした。


「かなた、お前には色々と助けられたからな。今日は礼として、連れて行きてぇ場所があるんだ」


「ええ!そんな、悪いですよ!」


 かなたは突然の申し出に戸惑いながらも、内心ではちょっと喜んでしまう。それにしても、"あの"土方がお礼だなんて珍しい。


「いいから来い」


 その一言に引っ張られながら、甘い物でも食べに連れて行ってくれるのかとワクワクしていた。


(能、か......)


 土方がかなたを連れてきた場所は、能舞台だった。かなたは少し肩を落としてしまう。だが、江戸時代の能を見れるなんて貴重なので、気を取り直して楽しむことにしよう。


 現代と違ってこの時代は指定席ではなく、自由席だ。場所取りをしていたであろう人もちらほら居る。席に座ったところで、土方がこちらを向いた。


「お前の居た時代に、能はあるのか?」


「ありますよ!伝統的な日本舞踊として一部の人に楽しまれてます!...けど、この時代ほど多くの人が観るものではないですね」


「そ、そうか......」


(やっぱり未来人に能は合わなかったか...?)


 土方が少し不安そうな表情を浮かべたところで、いよいよ舞台の幕が上がった。

 金色の屏風が立てられた舞台には、松の絵が静かに影を落としている。役者の面には感情がないのに、ひとたび動くと不思議と心を揺さぶられた。

 かなたは能の善し悪しこそ分からなかったが、物語の展開や所作の美しさに、自然と惹きつけられていった。


 ふと、隣を見ると土方がすごく真剣な目で見ていたので、少し胸が高鳴る。


(やっぱり土方さん、こういうの好きなんだなぁ....)


 彼が俳句を嗜む様子を見るに、きっと風流なものが好きなのだろう。


 演目が終わり能楽堂を出ると、いつの間にか日が傾きはじめていた。二人は感想を語り合いながら、ゆるりと歩るき出す。

 すると、土方が何かを閃いたように口を開いた。


「そうだ、湯屋ゆやいかねえか?」


「湯屋ですか? いいですね!」


 湯屋とは、現代でいう銭湯のことだ。かなたは江戸時代に来てから、湯船には浸からず井戸水で頭を洗ったり、体を拭いていたりしたので、この提案は素直に嬉しかった。


 けれど、なぜ湯船に浸からないのか。それは単純に彼女が『女』だからだった。理由を知っている隊士に見張りを頼んで入浴したことも何度かあったが、他の隊士から見張り役が難癖をつけられると面倒なので、極力避けていたのだ。


「お前も色々あったし、さっぱりしてぇだろ」


 この人はいつも他人のことしか考えていない。かなたは、土方の性格が段々と分かってきて嬉しさを感じる。

 だが、この"男の格好"で女湯に入る訳にはいかないだろう。


「土方さん。さすがに、この格好で入るのはまずいと思うのですが.....」


「...そういえばそうだったな。ちょっと来い」


 そう言って歩き出した土方が連れてきたのは、京の北野にある花街、上七軒かみしちけんだった。土方は一軒の置屋の前に立ち、戸を叩く。


「すまねぇ。誰かいるか?」


 そう声をかけると、奥から一人の娘がやってきた。


「あ...」


 かなたはその娘を見ると思わず声を出す。年端もいかないような少女に見えるが、どこか気品がある。おっとりとした雰囲気が可愛らしい。


「もしかして...君菊きみぎくさん?」


 かなたがそう声に出すと、土方が驚いたように目を見開いた。


「お前、こいつのこと知ってんのか?」


「ええ、もちろんです!"上七軒の舞妓さん"ですよね!土方さんが、君菊さんのことを書いたご友人宛の手紙があるって、聞いたことがあります!」


「なっ...!」


「まぁ、土方はん、手紙にうちのこと書いてくれとったん?」


 君菊がふわりと笑みを向けると、土方は動揺したように声を上げた。


「い、いや!俺はそんなもの書いた覚えはねぇぞ!!!」


 では、その話は逸話だったのだろうか。あるいは、歴史改変のせいで少しずつ変わってきているのかもしれない。


「うふふ、冗談どす。今日はどないなご用どすか?」


「あ、あぁ。こいつに、女物の服を着せてやってくれねぇか」


 なるほど。土方は自分に女物の着物を着せるために、ここに連れてきたのか。

 一人でそう納得していると、君菊が目を丸くする。


「あら、そのお侍はん...女子おなごはんやったんどすか」


「あ、中村かなたと申します」


 そんな君菊に、かなたは丁寧に頭を下げた。


「あぁ、事情があってな...」


 土方の顔が曇ると、彼女はすぐに察したようだった。


「ほな、こちらへ」


「俺はここで待ってる」


 そういうと、土方は玄関の上がりかまちに腰を下ろした。



 かなたが案内されたのは、小さな一室だった。何人もの舞妓が、ここで寝泊まりしているのだろうか。君菊が箪笥を開け、着物を取り出して選び始める。


「こっちもええけど、こっちのが似合いそうやなぁ...」


 真剣に悩んでいる姿が微笑ましい。着れれば何でもいいのだが、君菊はお洒落さんなのだろうか。

 土方も身なりに気を使っていることを思えば、似たもの同士なのかもしれない。だからこそ、彼の馴染みになるのも納得がいく。


 そういえば、現代の逸話で君菊が土方の子供を授かると見た事があるが、やはり二人はそういう関係なのだろうか。そうなると、少し気まずい。

 そんなかなたの様子に気づいたのか、君菊がにこにこと微笑みながら口を開く。


「うちと土方はんは、かなたはんが思っとるような関係とあらしまへんよ」


「えっ」


 思わぬ言葉に、かなたはドキッとしてしまう。顔に出過ぎていただろうか。


「花街は、いろんな情報が行き交う場所やさかい、うちがその情報を、土方はんに流しとるだけなんどす。うちも尊攘派が大嫌いやから、利害が合うとるだけなんどす」


 君菊はそう言いながら、かなたに素早く着物を着付け始める。

 何だかその答えに納得がいかず、かなたは顔を近づけると、君菊の目を真っ直ぐ見つめた。


「あの、それは土方さんに言われてやっているということですか?」


 その言葉に君菊はキョトンと目を開けたあと、かなたに笑みを向けた。


「ほんまに、土方はんが言った通りのお人やわぁ」


「え?」


 それを聞いて、かなたは少し顔を歪ませる。土方にいつどこで、何を聞いたのか知らないが、変なことを言ったりしていないだろうか。


「うちが好きでやってることやから...土方はんに非はあらしまへんよ」


 どうやら君菊は、かなたが"土方の行動を気にしている"と思ったらしい。それも一理あるが、今かなたが気にしているのはそこではなかった。


「あの.......そういうことじゃないんです。私は、君菊さんが心配なんです」


 かなたは再び、真っ直ぐと君菊を見つめる。


「あなたが危険な目に遭うのが嫌なんです。もし何かあったら、迷わず新選組に知らせてください。私は非力ですけど、必ず誰かが駆けつけますから」


 そんな真剣なかなたの言葉に、君菊は優しく微笑んだ。


「かなたはんはとっても優しいお人やなぁ。土方はんが心配するのも、よう分かるわぁ」


 土方は、自分のことを心配してくれているのか。かなたは咄嗟に体が動いてしまう性格だが、それ以外は極力、迷惑をかけないようにしてきたつもりだった。それでも気を揉ませていたのだと思うと、胸の奥が少しだけチクリと痛んだ。


 着付けが終わると、君菊は他の隊士に会ってもバレないように化粧をしてくれた。これから風呂に入るというのに、落とすのがもったいないくらい綺麗にしてくれた。


 鏡の前に立つとさっきとは一変して、ちゃんとした町娘に見える。


「わぁ...素敵です!ありがとうございます!」


「ふふ。うちも仕込みの子ぉ以外に着付けるの、あんまりあらへんから、楽しかったわぁ」


 君菊はとても温和で、心優しい人だ。この時代で始めて同性の友達が出来たみたいで嬉しい。


「じゃあ、うちは仕事の支度があるさかい、見送りできひんけど、楽しんでおいでやす」


 そう言って部屋を後にした君菊に礼を言い、かなたはうきうきとしながら、土方のもとへ戻る。

 玄関に着くと、土方がこちらを見るやいなや、瞬きを繰り返した。


「...かなた、か?」


 その言葉に思わず後ろを振り返るが、自分しかいない。


「はい」


「見違えたな」


 土方は立ち上がると、かなたの頭からつま先までをじっと見る。そんなに見られると恥ずかしいのでやめて欲しい。

 少し気まずそうにしながらも、土方は玄関の戸を開ける。


「じゃあ...行くか」


「はい!」


 そうして、二人は置屋を後にした。


花街ことばに苦戦しました.....難しい

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