二人の関係
元治元年十一月
『池田屋事件』や『禁門の変』での報告書に追われていた土方は、ようやくこの季節になり一息つけるようになった。
そんな大変な中、かなたはなんでも手伝ってくれる上に機転も利く、良い小姓だった。ただ一つ苦労したのは、最初は読み書きが全く出来なかったことだ。
本人いわく、「この時代の文字は難しすぎる」らしい。未来人は一体どんな簡単な言葉を使っているのやら。
暇な時間ができるた、ふとある出来事を思い出してしまう。池田屋の夜、戦いの終わったあの瞬間。
(あいつ、小さくてちゃんとした女だったな.....)
かなたの体を抱き寄せた時。あの体の細さ、腕の中で震えていた感触。その時ようやく、土方はかなたが「女」であることをはっきり実感した。
今までずっと男の格好をさせていたし、配慮する場面はあっても、それ以上深く考えたことはなかった。
(.....ていうかなんで俺がこんなこと考えてんだ?)
「おい、お前ら!稽古すんぞ!」
そのひと言で、夕方には隊士たちがぐったりするほど、その日の稽古は過酷なものだったという。
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「最近、土方さんが変なんですよねえ」
沖田は庭先に干していた洗濯物を取り込みながら口を開く。
「それは俺も思ったぜ。なーんか、むしゃくしゃしてる感じだよな」
永倉は沖田の取り込んだ洗濯物を畳みながら相槌を打った。
「....嫌なことでもあったんですかね?」
かなたは永倉の畳んだ洗濯物を隊士別に分けながら言う。
「さあ? ...もしかしたら、池田屋のことを思い出してるかもしれませんよ」
沖田の言葉に、かなたの手がピタリと止まった。
あの晩、芹沢のことを思い出して震えていた自分を、土方は抱き寄せて安心させてくれたのだ。今思えば、あの時の土方の行動は珍しいほどに優しかった。
そして、その場面をよりによって永倉に見られていたことを思い出す。なにせ彼は、新選組の中で一、二を争うほどのお喋り屋だ。
「な、何を思い出す事があるんですか?!」
「とぼけないでくださいよ〜、かなたさん」
かなたは焦って言い返すも、沖田がニヤニヤしながら顔を覗き込んでくる。実は、藤堂を探す際も少しだけ抱き寄せられたのだが、あれを見られていたら、きっと二重でからかってきたに違いない。
(あれは見られなくてよかった......)
「だがよぉ、あの時暗がりでよく見えなかったが、土方さん....ちょっと顔赤かったぞ」
「へぇ、土方さんにもそういうところがあるんだぁ」
永倉の証言に、沖田は口を開けて目を丸くした。
「いや!暗くて見え無かったのなら違いますよ!絶対!」
二人がこんなことを言うものだから、無意識に顔が赤くなってしまう。しかも、土方に限ってそんなことで動揺するはずがない。モテすぎて困っていた、なんて逸話もあるくらいだ。それくらいで心を乱す人間ではないだろう。
「でも実際、かなたさんは土方さんのこと、どう思ってるんです? 土方さんって美男子じゃないですか〜」
「色町に出りゃ、土方さんにみんな持ってかれるくらいだからな」
沖田と永倉が、悪戯っぽい笑みを浮かべながらかなたに迫る。
「え!!いや!私なんかが、そんな感情を抱いちゃいけないと思ってるんで!!」
かなたは、思わず大声で答える。もしそんな気持ちがあったとして、それがバレでもしたら土方に何を思われるか分からないのだから、必死にもなってしまう。きっと、距離を置かれてしまうだろう。
「まあ、別にいいんじゃないですか? そういう感情を抱いちゃっても」
沖田は軽く言うが、かなたにとってその問題は簡単な話ではない。
「...でも、土方さんはどんな時も新選組のことを考えてますから、そうやって私が土方さんに想いを寄せたとしても伝えることはできませんよ...」
そう言ってかなたは少しだけ目を伏せた。その真剣な言葉に、沖田も永倉もふざけた顔をやめる。
二人は静かにかなたを見つめることしか出来なかった。




