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新選組トリップ奇譚  作者: 柊 唯
第一章〜江戸時代にタイムスリップ!?〜

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浅葱色

最新話の作風にあわせて、2026年2月現在、1話から改稿中です。


「痛っ…」


 目を開けると、そこは先程までいたはずの駅ではなく、闇に沈む古い日本家屋の前だった。ぼんやり灯る行灯だけが、黒い夜を切り裂いている。

 まるで、江戸時代の日本に来たような場所だ。


(ここどこ…? 夢? ………もしかしてこれが噂に聞くトリップってやつだったりする? いや、それともタイムスリップ?)


 地面に手をついたまま、直前の記憶を辿る。確か、駅の階段でつまずいて転んだはずだ。だとするとここはやはり、夢の世界なのだろうか。

 しかし、夢だとしても手についた地の感触があまりにもリアルすぎる。


(タイムスリップだとしたらどうする…? 帰り方は…?)


 その可能性も視野に入れてみるが、考えれば考えるほど嫌な汗がダラダラと体中から噴き出してくる。

 とりあえず周囲を確認するために、目の前の家を見上げてみる。すると、人影らしきものが視界の端でうごめいた。


「誰だ!」


 その声にかなたの肩はビクリと跳ねる。咄嗟に声のする方へ振り向くと、そこには浅葱色(あさぎいろ)にだんだら模様の羽織をまとった男三人組が立っていた。


(新選組の羽織着てる……撮影か何かかな?)


 驚きつつも、心は少し高鳴る。

 何を隠そう、かなたは筋金入りの新選組オタクだ。小さい頃からドラマ、アニメ、ゲーム、小説、漫画…新選組が出るものは片っぱしから漁った。

 大学のレポートでも、新選組の話を用いて教授を困らせるくらいだ。新選組の羽織を着ている人間など、すぐにわかる。


 男たちはジリジリとかなたに近づくと、様子を伺うように目を細めた。


「お前、何者だ」


 そう言うと、一人の男は刀に手をかける。

 妙に顔の整っているこの男はきっと、土方歳三ひじかたとしぞうだろう。


異国(いこく)のような服を着てますねえ」


 そういって、ニコニコと笑いながら、かなたのことを見下げているこの長身の男は、沖田総司(おきたそうじ)だろうか。


「君、この家になにか用かね?」


 こっちの男はゴリラみたいなガタイだからきっと、近藤勇(こんどういさみ)だ。


 かなたは男たちを分析しながら、ちらりと周りを観察する。

 どうやら自分は、この家の前の真上から落ちてきたらしい。急に出てきたかなたに、彼らはとても警戒しているようだ。


(やっぱりこれ、どう考えてもタイムスリップじゃ……)


「えっ…と…………」


 『その場合だったとして』の考えが複数頭の中に現れるが、何から考えればいいのか分からず、思考が停止してしまう。


「てめえ、どっかの間者(かんじゃ)か?」


 そう言って、整った顔立ちの男は刀を抜き、かなたの首に突きつけた。冷たい刃が肌に触れ、背筋が凍る。


「ひっ…!」


 確信したことは一つ。これは映画やドラマの撮影ではない。仮に撮影だとしても、こんなふうに一般人へ刀を向けるはずがない。せいぜい、不法侵入で警察沙汰になるくらいだろう。


 刀を当てられた首筋に、一筋の汗が伝う。その感触で、ようやく止まりかけていた脳が動き出す。


(何か、考えなければ……)


「あ……あの……!」


 そう言って顔を上げると、月明かりを背に、土方歳三と思しき人物が刀を構え、自分を見下ろしていた。


 まるで芝居の一幕のように、その凛とした佇まいが夜に映えている。


(美しい……)


 恐怖で埋め尽くされていたはずの思考は、本物であろう土方の格好の良さに、次第に塗り替えられていく。


(…………いや、待て)


 しかし、かなたは首を横に振り、すんでのところで意識を引き戻した。

 どれほど大好きな新選組が目の前にいようと、今は命の危機かもしれないので、それとこれとは別だ。


(とにかく、何か言い訳を……)


 かなたは、まだ動揺が収まりきっていない脳内をフル回転させた。


「あ、会津藩(あいづはん)お預かり新選組隊士(たいし)の皆様! 近藤さん、土方さん、沖田さん、ですよね…? 私は遠い未来よりやって来ました、中村かなたと申します!!」


 私は一体、何を言っているのだろう。咄嗟に飛び出したその口上に、自分でも戸惑う。命乞いにしてはあまりにも突飛で、むしろ不信感を煽る台詞だ。


 それでも、一度口にしてしまった言葉は、もう取り消せない。


 しかも、この発言が歴史を変えてしまう可能性など、微塵も考えていなかった。


「てめぇ、なんで俺たちの名前を知ってやがる。ますます怪しいな」


「みらい?」


 沖田が首をかしげるその横で、土方は一層警戒を強めた様子で刀を構え直した。

 どうやら、このまま"それ"を下ろすつもりは無いらしい。


「ひぃぃぃ…ええっと………」


 後先考えず口にしてしまったことを、今さらながら後悔する。

 どうしたらいいのか分からないが、さすがにまだ死にたくはない。


 かなたが、これから訪れるかもしれない死への恐怖と必死に戦っていると、沖田が顎に手を当てて「うーん」と唸り出した。


「しかも、新選組というのは今日決まった名前ですよ?」


「まだ、名前は広まってねぇはずだぞ。近藤さん、こいつはどこかしらで俺たちを見てた、忍びだ。斬るしかねぇ」


「ううん…そうだなぁ」


 土方は眉をひそめて近藤を見つめる。近藤は先程から、ずっと腕を組み顔をしかめていた。

 どうやら、かなたの処遇に悩んでいるようだ。


「ま、待ってください!! 未来から来たって言ったでしょ!? だから名前を知っているんですよぉ!!」


「じゃあ、何年後の未来だよ」


 必死に訴えるかなたへ、土方は間髪入れずに低い声で問う。


「えっと…今は何年何月で?」


 かなたは一番答えてくれそうな近藤に顔を向けた。


文久(ぶんきゅう)三年の八月だが…」


「じゃあ、約160年後です!!」


「はぁ? そんなこと信じられるわけねぇだろ!」


 勢いよく声を上げる土方に、かなたは思わず肩をすくめる。

 いくらイケメンでも普通に怖いので、そういうのはやめて欲しい。


「し、信じてください! あなた達を助けに来たんです!」


「助け…というのは?」


 沖田が不思議そうな顔をして、丸い可愛らしい目でかなた見つめた。


「え、えと……」


 ほんの数分前までは「歴史が変わってしまうかも」と思案していたが、よくよく考えると帰る方法も分からないので、もうそんなことを気にしている余裕はない。


 かなたは自分の命を優先すると決め、腹を括り前を見据える。


「この先立ちはだかる壁を超える為に助言を!」


「へえ、楽しそうですねぇ」


 それを聞くなり、沖田は再びニコニコと笑いはじめた。

 かなたは、近藤に向かって手を付き、勢いよく頭をさげる。


「こ、近藤さんお願いです! 力になります! 助けてください!!」


 すると、近藤は再びうなった後、困ったように眉を下げて土方の方へと向き直った。


「なんだか嘘をついてるようには見えないしなぁ。まあ、話だけでも聞こうじゃないかトシ。こんなにお願いしているんだし…」


「近藤さん!」


 近藤は土方の肩を叩くと、「まあ、いいじゃないか」と優しく微笑んだ。


「ッチ」


 土方は近藤には逆らえないようで、かなたを睨みつけながらも、渋々刀を鞘に収めた。


 どうやら首の皮一枚で繋がったらしい。かなたは小さく息をつく。……が、隣に立つ土方の視線が痛い。


「じゃあ、こちらへ来たまえ」


 近藤は微笑みながら屋敷の方へと手を向ける。

 こうして、かなたは新選組の屯所、八木邸(やぎてい)の離れに通されることになったのだった。

土方は真面目。沖田は楽観的。近藤は優しすぎる。

そんなイメージの3人です。


歴史の補足としては、新選組は旧暦の1863年2月頃に京へ上洛しました。

最初の名前は新選組ではなく浪士組。そこから壬生に滞在することになり、壬生浪士組となり、1863年の八月十八日の政変で新選組という名前を会津藩主の松平容保公によって命名されたと言われています。(諸説あり)

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