河寺隊
幸仁は陽崎との会話を思い出す。
「迷宮が出来てから攻略されるまでには段階があるんだ。
第一段階は迷宮化。何の変哲もない土地や建物が迷宮になる現象だ。
第二段階は通報。一般人が迷宮相談センターに連絡して、私たち攻略隊に事態を伝える。
第三弾段階は封鎖。一般人が迷宮に入ってこないよう、警察や消防がしっかりと監視する。
第四段階は探索。迷宮探索隊の出番だ。新しくできた迷宮はわからないことだらけだからな。
危険度、構造、生息している魔物の傾向。これらを調べて、調査書をまとめる仕事だ。
第五段階は制圧。迷宮制圧隊の出番だ。探索隊の情報を元に、迷宮の無害化を目指す。罠、魔物、その他諸々を完全に取っ払い、迷宮を安全な土地にする仕事だ。
第六段階は再利用。迷宮化した土地は政府が買取り、発電所や焼却炉等に再利用している。
公式発表ではそうなっているが、実際は何に使われているかわからないけどな」
陽崎はそう言って軽く笑う。
「ああ、そうだ。今回ついていく河寺隊についても話しておくか。
総員12名。
探索隊序列五位の隊で、隊長は河寺浩介。
簡単に言うと、危なっかしい隊だ。補給軽視でどんどん迷宮の奥にまで進んでいく。
探索隊は情報を持ち帰るのが仕事だし、時間が経ち過ぎれば魔物が迷宮から飛び出してきちまうからな。正解っちゃ正解の動きなんだろうぜ。まぁ、そこそこの難易度までにしか通用しないから、序列五位なんだが」
幸仁が序列について尋ねると、陽崎が解説する。
「探索隊は七部隊あり、制圧隊は五部隊ある。
そいつらの働きを評価して、それぞれに序列が決まっているんだよ。なくてもいい制度だと思うがな。
この制度のせいで四ツ木と河寺は仲が悪いし」
河寺隊長は丸太のような腕を組みながら、整列した隊員全員を視界に収める。
河寺の髪のない頭部には鉢巻が巻かれている。
ちなみに、顎髭を撫でるのが彼の癖である。
「知らない奴が混じっているな」
「独立研究二課だ。よろしくな」
陽崎が答える。
「国の犬か。気に食わん」
「悪いね」
「だが、四ツ木の方がもっと気に食わん。
いちいち俺に噛みついてきやがる。負け犬だ、気に食わん」
「犬が嫌いなのかい」
陽崎の小馬鹿にするような態度に河寺は額のしわを深めた。
「一応言っておくが、俺たちは迷宮探索を最優先に行う。
お前たち研究者が途中でビビって足を止めても、待ってやったりはしない。
容赦なく置いていく。
その辺のことは、ちゃんとわかっているんだろうな」
「当然だろう。研究者なめんなよ」
目的地に到着した一行はバスから降りる。
フェンスで周囲全てを封鎖された迷宮の姿を目におさめる。
山だ。
しかし、全体が霧で覆われている。
攻略隊の標準装備は、銃、短剣、テント、ロープ、食料等々。
サバイバルができそう装備と表現するのがいいだろう。
隊員は装備を整え、整列し隊長の言葉を待った。
「これより作戦を伝える。様々な危険があるだろうが、気合いで前進する。
すると合流できる。以上だ」
作戦とは言えない作戦を伝え終えた河寺隊長。
すると、眼鏡をかけた男が前に出てくる。
副隊長泥田ミルオだ。
「諸君。異例の事態ということもあり、何と軍も作戦に協力してくれるようでス」
彼は腕時計をしきりに確認している。
「そろそろですネ」
泥田は空を指差した。
ヘリコプターが山の方に向かっていく。
「上空から魔物を一方的に攻撃してくれるそうでス。この支援により、作戦の成功率は23パーセント上昇するデしょう」
そう言って眼鏡をクイッと押し、レンズを光らせる。
副隊長の言葉に、隊員が呼応する。
「楽勝だな。俺たちの課題は洞窟に入ってからだ」
ヘリコプターは山の中腹に差し掛かった。
突如、霧の中から一筋の黒い光線が放たれる。
ヘリコプターのローターに直撃した。
ヘリコプターは力なく失速し、濃霧の中に沈んでいく。
遠くの方からの轟音が、墜落したことを示していた。
「ななななんと。狙撃ですト。これは0.02パーセントを引いてしまったようでス」
泥田は分かりやすく慌てる。
「私が霧を吹き飛ばしましょうか」
メアリスが小声で幸仁に告げる。
「お前の正体がバレるような真似はやめてくれ。洒落にならん。勝手な行動は慎んでくれよ」
泥田副隊長は陽崎に尋ねる。
「こんなこと私のデータにアリません。陽崎サン、研究者であるあなたならば何かわかるのではないですカ」
「迷宮の防衛機構かもしれねーな。ゴーレムが湧いて出てくるのが迷宮だから、そんなものが用意されても不思議ではないぜ」
「魔物ではないのですカ」
「四ツ木隊によれば、この迷宮に湧く魔物の傾向は竜だそうだ」
迷宮に出現する魔物には傾向がある。
竜ばかり湧く迷宮。
粘体生物ばかり湧く迷宮。
獣ばかり湧く迷宮、など。
「ブレス攻撃ならば撃ち落とすことは可能だが、それにしては何か様子が違うんだよな。
言葉にはできないが、竜とは違う何かを感じる。
根拠はないがな。
それよりも、対処法は思いつきそうか?」
「砲撃するしかナイでしょう。囮にドローンを飛ばして、わざと撃たせまス。光線の位置から本体の位置を予測して、あとはぶっ飛ばすのでス。
全員、準備するのでス」
河寺隊長は猪突猛進ではあるが、泥田副隊長は慎重な作戦を立てられる。
うまくバランスが取れている隊である。
程なくして、ドローンが空に舞い上がる。
霧の上に差し掛かったとき、トラブルが発生した。
「操作できません!」
ドローンは霧の中に吸い込まれて、消えていった。
「故障ですカ?もう一回でス」
だが、何度試そうとも結果は変わらない。
様子を見ていた陽崎は結論を出した。
「電波妨害らしいな。おい、泥田。四ツ木隊と連絡は取れそうか?」
「無理ですネ。これから繋がる確率は20パーセントでス」
河寺は待っていたかのように口を開く。
「こうなればもはや突撃する他ないだろう」
河寺は手を叩いて全員の注目を集めた。
「皆、残念だが我々の作戦は失敗した。よって、次の作戦に移る。
突撃だ。誰か一名を囮にして、狙撃手の位置を割り出す。
そう、突撃こそ正義なのだ」
隊員の一人が尋ねる。
「誰が囮になるのですか」
「それは、この不死身の男以外にないだろう」
陽崎の側で働く、黒色の肌の大男が推薦される。
「彼はあらゆる危険な迷宮に挑み、そしてそのたびに戻ってくる。
そして、どんな危険な魔物に遭遇しても、必ず倒して戻ってくる。
探索隊最強の男、斎藤焼肉漢だ」
「本当だ!彼以外にいない!」
「頼まれてくれるか」
斎藤は河寺を見つめたまま答えない。
「おい、斎藤。お前の力を見せてやれよ」
陽崎が催促する。
「仕方ない」
斎藤は一歩を踏み出した。
「あの斎藤ならそのまま倒しちゃうんじゃないか?」
「かもな、俺たちの仕事が減るぜ」
斎藤は背を向けたまま話す。
「亜理翠さん。生きて帰ってきたら、食事にでも行きましょう」
「何でシリアスな雰囲気出してんだ。お前にとってはいつものことだろう?」
「亜理翠さん」
斎藤の顔は誰にも見えていないが、真剣だった。
「いいぜ。いらん心配だが、生きて帰ってこいよ」