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圧倒

「1時間32分経過。ゴーレムも全て回収した。惰眠竜はまだ寝ている。撤退だ!」

だが、隊長の命令には誰も従わない。

「どうした?」

「大変です、惰眠竜が目覚めました!交戦中の監視班の内、既に5名が負傷した模様です」

「ええい、絶対一日寝ているのではなかったのか?!」

「最悪の場合一時間と言いました…」

「仕方ない。戦闘班は機関銃を装備して展開、できるだけ時間を稼げ!

工作班、その背後にバリケードを急いで築け!

惰眠竜の行動範囲を制限するのだ。

残る者はトロッコでc補給地点にまで撤退するぞ」

「それをすると、機関銃部隊がバリケードと竜の間に挟まれますが…」

「取捨選択が探索者に必要なものだ!」

「失礼ながら代案があります」

「山田副隊長か。何だ言ってみろ」

「隊長はゴーレムを安全な場所にまで運ぶ時間稼ぎをしようとしています。しかし、それは優先すべきことではありません。むしろ、ゴーレムを捨てるべきです。捨てたゴーレムがバリケードとして機能することで、隊員たちの助かる確率が上がります」

「何を馬鹿なことを言っている、お前たちは国の発展と未知の探究のために殉死することを誓った冒険者であろう?それだというのに、両者を叶えるゴーレムを、この場で捨てるというのか」

「救える命を無視して得たものに、何の価値がありましょう!」

「隊長の命令は絶対だ、これ以上何も言うな!」

「…」

「何とか言ったらどうだ!」

「…了解しました」

議論を済ませた隊長は、真っ先に戦場から離脱しようとした。

しかし、副隊長に首根っこを掴まれて、竜の前に投げ飛ばされる。

「我々も取捨選択をする権利があります」

「な、何?!」

「四ツ木隊長が囮になれば、機関銃部隊の前面にバリケードを築く時間を稼げます」

「何をふざけたことを言っている?血迷ったか。おい、誰かこの副隊長を捕えろ」

隊員は誰も反応せず、様子を見守っている。

犠牲が自分以外になるならば、それを止める理由はないのだ。

「あ、そうだ。惰眠竜は、すでに一人を餌として備蓄済みじゃないか。それを食っている隙に、皆んなで急いで逃げるぞ!」

研究者が告げた。

「残念ながら四ツ木隊長。惰眠竜は餌が一人以下になると、新しい餌を求める性質があります」

副隊長は別れの言葉を簡潔に済ませた。

「少しでも時間を稼いで、冒険者として殉じてください」

「うわぁあああああああ!!!!」

轟音。

突き抜ける暴風。

舞い上がる砂埃と瓦礫。

「あぁ、ああ…」

隊長は生きていた。

惰眠竜の注目を全て引き受けたが、地面を這いまわりながら逃げ続けた結果だ。

惰眠竜は、隊長をいつでも殺せる餌としか認識していない。

惰眠竜の興味は、十分な脅威である爆音の原因に移った。

原因ことゴーレム少女は、幸仁の発言にあった惰眠竜が目の前にいるものだと確信した。

惰眠竜は、ゴーレム少女を真っ先に排除するべき危険人物として認識する。

惰眠竜が先に動いた。

一瞬で勝負を終わらせるべく、その自慢の牙で噛みつこうとしたのである。

結果、勝負は一瞬でついた。

ゴーレム少女は、新しく手に入れた零号機の右手に力を集約させた。

近づいてくる竜の頭部に、無造作に放たれた拳が触れる。

直後、めり込む。

そして爆ぜる。

頭部から胴にまで伝播した、肉片製造の破壊放流。

最後に残ったのは尾の部分だけ。

それ以外は、今の一撃で粉砕され、塵になった。

隊長は呆然としながら、ゴーレム少女を見た。

ある得ないことが起きていた。

パンチひとつでこの威力など、そのようなことが可能なのは…。

「『終末の心臓』…だというのか!」

隊長は、ゴーレム少女の胸に取り付けられた、その動力源(コア)に気がつく。

彼が探し求めていたものと、特徴が一致したのだ。

何故n -000ではなく、別のゴーレムに取り付けられているのかは不明だ。

しかし、それは大した問題ではない。

ゴーレム少女の髪が揺れ、胴を覆い隠す。

疑いを確信に変えるため、隊長はゴーレム少女に命令する。

「そこの女、もう一度胸を見せてみろ!」

「セクハラですよ、四ツ木隊長!」

「さっさと逃げましょう!様子を見る限り、迷宮探索隊とは関係ない人物です。

味方とは限りません!」

隊長は隊員に抑え込まれる。

その様子には目もくれず、幸仁が走り抜ける。

「翔也!」

ついに弟の元にたどり着いた幸仁は、真っ先に針山から彼を引き抜く。

「おい、しっかりしろ。聞こえるか?!」

彼の呼びかけに翔也からの返事はない。

研究者が告げる。

「惰眠竜の唾液を注入されたものと思われます。惰眠竜は捕獲した獲物が逃げないよう、そうやって動きを封じる性質があります」

「解毒はできないのか?」

「解毒剤は残念ながら、既に使用済みで…。大病院ならば備蓄があるかもしれません」

「仕方ない、もう一仕事だ」

幸仁はゴーレム少女に向けてそう言った。

彼は来た道を戻ろうと一歩を踏み出すが、二歩目を阻まれる。

「待て!お前が何故『終末の心臓』を持っている。それは我々が管理するべきものだ。

預からせてもらう」

「急いでいるんです!話は翔也の安全を確保してからにしてください」

「何を言っている?どうせもう目覚めないだろう。手遅れだ。

それより、迷宮に不法に侵入し、ゴーレムを身勝手に使役したことは犯罪行為であり、我々の権限を持って連行することが許されている」

「処罰なら構いませんが、先に翔也のことを…」

「助からないと言っているだろう。それよりも、その破壊兵器が暴れ出さないかの保証はあるのか?弟ではなくて、我々の心配をして欲しいものだ」

「俺も身勝手かもしれませんが、貴方も十分に身勝手だ。

貴方が翔也を見捨てるようなことをしなければ、俺だってこんな判断はしなかった」

幸仁は抱えていた翔也をゴーレム少女に手渡した。

「来た道を戻れ、そのまま地上を目指すんだ!」

「了解しました」

ゴーレム少女は翔也を抱えたまま、跳躍する。

隊員の壁の頭上に、宙を舞うその姿が映る。

「逃すな!」

その命令に隊員が反応した頃には、ゴーレム少女は彼らの手の届かない距離にまで駆け抜いていた。

「せめてこの男だけでも捕えろ!」

幸仁の全ての逃げ道を隊員が囲む。

万事休す。

幸仁は翔也が地上に辿り着くことを信じ、両手をあげて降参した。

その瞬間、伸ばした腕に鎖がまとわりつく。

幸仁は隊員による捕具かと考えたが、鎖に巻き上げられて地面を離れ、隊員の頭を見下ろす一瞬の景色を見てそうではないと悟った。

鎖は、ゴーレム少女の髪先から出ていた。

髪が一点に収束してまとまり、鎖の形に編まれている。

鎖は伸縮自在らしく、元々床を擦るほど長かったが、それを遥かに超えるリーチを手に入れている。

幸仁は空中を泳ぎ、無重力を体験しながら感心する。

だから迫り来る地面に気が付かない。

「そんな機能があったのk」

幸仁はゴーレム少女の足元に叩きつけられ、舌を噛んだ。

頬で地面を擦りながら、悶絶する。

隊員が慌てて追いかける様子が視界の端に映った。

十分に痛がる時間も与えられない。

「しっかり捕まっていてください」

「えっ」

急加速。

鎖で繋がれた体は、再び地面を離れる。

「銃の使用を許可する。何としてでも止めろ!

あの破壊兵器は個人が持っていていいようなものではない。

副隊長が、興奮する隊長を諌める。

「無駄です。四ツ木隊長」

「何を言うか!」

「どうせ、間に合いません。それよりも、負傷した者の応急処置を急ぎましょう。

それが済み次第、担架でc補給地点にまで運びます。医務班にも連絡を済ませておきます」

「待て」

隊長は副隊長の肩に手を置いた。

「先ほどの行動、忘れたとは言わせないぞ。隊長を魔物の前に放り投げるなど、前代未聞の狂った行為だ。どのような処罰を受けるか楽しみだな」

「隊員が欠けること、それが私にとって1番の罰です。それを防げたのであれば、どのような処罰も怖くありません」

「笑わせる。隊員を守りたいのであれば、自らが囮になれば良かったではないか」

「私が死ねば、四ツ木隊長が別の場所で隊員を死なせると思ったのです」

副隊長はそう言い残し、去っていった。

「戯言を…!『終末の心臓』さえ手に入れば、この四ツ木隊はより高みに行けていたというのに」

隊長は壁を叩きつけた。

剥がれかけていた石片が、衝撃で崩れて隊長の頭に直撃する。

隊長は痛がるそぶりみせず、深刻な表情をしたまま固まっていた。

「隊長壊れた?」

「おい、静かにしろ」

隊員の一部は、半分心配し半分面白がりながらその様子を観察している。

不意に隊長は叫ぶ。

「そうだ!この手はあるではないか」

隊長は隊員たちを見回し、尋ねる。

「誰か、惰眠竜に囚われていたあの少年の名前を知らないか?確か持ち物を落としていただろう」

田原という隊員が声を上げる。

「これのことですか」

田原は絵の具のチューブを手渡した。

隊長にとっては幸運にも、幸仁にとっては不幸にも、そこには名前が記されていた。

「西城翔也か。こいつの兄が逃亡中の犯人だ。警察に頼めばすぐに特定できるだろう!」

隊長は溢れ出る自信を示すため、頷いた。


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