目覚める破壊衝動
「大砲は全て破壊されました!」
「何だって?倒す手段がないじゃないか」
「計画を修正する必要がありそうだ」
「ひとまず、一緒に破壊された線路を復旧するんだ。ゴーレムを全て運び出すのが先決だ」
経験豊富な探索隊だ。
非常時だというのに迷いがない。
利益を守るための判断が…。
幸仁は内心で毒突きながら、状況を見守った。
現状彼にできることは何もないのである。
惰眠竜が、ゴーレムを回収して再び大砲を設置し直すまでの間、眠り続けてくれる可能性を彼は信じていた。
「四ツ木隊長、報告が」
研究者らしき人物が、隊長と呼ばれた人物に駆け寄る。
「この惰眠竜、γ種の可能性が高いです」
「それはどういう特性がある」
「睡眠時間が異様に短く、活動量が通常種の十倍近いです」
「次に目覚めるのは?」
「データを照合すれば、一日。ですが、最悪の場合一時間後かもしれません」
「その場合トロッコで地上から新しい大砲を運んできても、間に合わないな。
だが、ゴーレムを全て回収してから撤退するだけの時間はある」
「は?」
声は幸仁からである。
隊長は幸仁の肩に手を置いた。
「君は不法侵入者か。迷宮探索についてよくわかっていないらしいから教えてやる。
大事なことは取捨選択だ」
「ゴーレムの方が一般人よりも大事だというんですか」
「ゴーレムは最強の兵器だ。マスターの言うことには絶対服従。
どんな困難でもその力を使い、道を切り開いてくれる。
人類の希望足り得る存在だ」
幸仁は吹っ切れたように明るい顔になった。
「そうか。そうだったのか」
ボソボソと呟く。
「あぁ、そうそう。君は迷宮探索の闇の部分、つまり見てはいけないものを見てしまったわけだ。外に漏れると非常にまずい。と言うわけで、君の身柄は拘束させてもらうよ」
「そうするしかない!」
幸仁は駆け出した。
『そうするしかない』という発言は幸仁にとって目的地に駆け出す決意表明のようなものだったが、隊長からすれば『拘束されるしかない』と聞こえるものだ。
これにより、隊長は反応が遅れた。
誰も意図していない巧妙なフェイントである。
「おい待て!」
幸仁はT字を曲がって闇の中に溶けていった。
「動けるやつは後を追え!」
「隊長!今はそれどころではありません。どうせ先は行き止まりです。それよりも現場の指揮を!」
暗闇の通路の中で、足音と荒い息だけが規則を持ってその存在を主張していた。
幸仁は目的の部屋の前にたどり着く。
ゴーレム整備工場。
そこは零号機を発見した場所であり、『終末の心臓』を見つけた場所でもある。
幸仁は非常にシンプルな結論に達していた。
『終末の心臓』を搭載したゴーレムを起動し、その破壊力を持って弟を救出する。
ゴーレムはマスターの命令に絶対服従をする故、幸仁がゴーレムのマスターになりさえすれば、国家が欲しがるほどの破壊力を扱えることになる。
しかし、このプランには問題があった。
n -000には首がない。
つまり、頭脳がないので動くことがない。
だが、彼は同じ場所にもう一体のゴーレムを発見していた。
そして、そのゴーレムはどういうわけか、彼のことをマスターと認識している。
これが意味することは、『終末の心臓』を移植してしまえば、ゴーレム少女に惰眠竜を倒してもらえるかもしれないということだ。
彼は床に転がっていたゴーレム少女を抱えて、作業台の上に運ぶ。
人間と見分けがつかない白い肌。
くすんだ銀の髪、光の灯っていないヘッドライトのような目、生きているのか死んでいるのかわからない無表情。
失われた右手と右足。
首筋に刻まれたg -791の文字。
彼は部屋全体を見渡し、それらしい工具を発見する。
彼の最初の作業は、零号機から必要なパーツを取り出すことだ。
彼は零号機を作業台に寝かせると、躊躇いもなく解体を始めた。
零号機は未知の技術をベースにしながらも、現代の機械に通じる機構が多く搭載されている異質な存在だ。
通常のゴーレムは、よくわからない力で動く人形でしかないというのに。
零号機は幸仁にとって初見の機械と言っても差し支えないが、彼は構造をすでに把握していた。
卑口教授の資料によって。
幸仁は零号機の全てを知らないので、複雑な修理修正は不可能である。
だが、どのパーツがどういう働きをしているのかはだいたい把握しているため、彼の目的とする作業には、すでに十分な知識を手にしていた。
それでも、資料や予想とは異なる点が多々あり、試行錯誤を繰り返しながら、彼はついに『終末の心臓』を取り出すことに成功する。
更にその流れにのって、零号機の手足を取り外す。
これにより、必要なパーツの準備が整った。
次に幸仁は、ゴーレム少女の失われた手足に零号機のそれを接続した。
次に、ゴーレム少女の胸にナイフを入れ、動力源を露出させる。
幸仁は故障の原因を動力源の不具合、つまり燃料切れのようなものだと推測していた。
拳大の円柱の塊であるそれを無造作に取り出す。
幸仁は代わりに『終末の心臓』をはめ込み、あとは様子を見守る。
何かが動いた音がした。
『終末の心臓』の歯車が音を立てて回り始める。
空気が変わった。
長い間眠っていた運命の歯車が、この瞬間に動き出した。
幸仁はゴーレム少女への警戒を続けている。
不審な様子があるならば、動力源引っこ抜いて行動を停止させる為にだ。
時計の基盤に走る、稲妻のような模様が赤く光る。
目に赤い光が灯る。
ゴーレム少女は、徐に立ち上がる。
取り付けた零号機の手足は『終末の心臓』に呼応して、凄まじい力の放流を宿している。
「おはようございます。マスター」
ゴーレム少女は簡潔に答えた。
「うまく、いったのか?」
「何のことでしょう」
「いいや何でもない」
「そうですか」
あまりにも淡白で無意味なやり取りに、時間を費やすわけにはいかなかった。
これほどうまくいくとは考えていなかった幸仁は、少し戸惑いながらも目的のために命令を下す。
「あっちに惰眠竜がいる。惰眠竜だけ倒して欲しい。後ろに弟がいるが、一切傷つけないでくれ」
「お任せください」
ゴーレム少女は右足で踏み込み、跳んだ。
凄まじい速度。
通路が風圧に圧倒され、石のブロックが剥がれて地面に転がる。
通路に残っていたのは、剥がれ落ちた石の残骸だけである。
幸仁は想像を超える出力に呆然としながらも、後を追った。