惰眠竜
無骨な見た目だ。
まず目を引くのは、胸部にある時計のような動力源『終末の心臓』。
金属の外骨格には一切の塗装がされていないが、このことが一層重々しい雰囲気を加速させている。
そして、最も重大なことはこのゴーレムには首がない。
頭脳に当たる部分が未完成。
よってこのゴーレムが動き出すことはないのである。
戦争に利用されることを考えれば幸いなのかもしれないが、設計図の存在があればいつかは動き出してしまうかもしれない。
だが、幸仁にそれを止める力も気もない。
彼は未来の国際情勢よりも弟の明日の方がはるかに重要なのである。
幸仁は部屋を出て、行き先を考えて立ち竦む。
来た道を戻るか、先に進むかということである。
道は直進であるが、いつ分岐するかわからない。
そして、いつ魔物と遭遇するかわからない。
先程のような設置型の魔物ならば避けようはいくらでもあるが、徘徊型ならば偶然邂逅するかもしれないし、避けようがない。
そして、戦って勝てるはずもない。
そもそも、クロゼットの先がこれほど長い通路になっているのが想定外なのである。
戻って状況を整理してから、再び挑むことが最善策かもしれない。
だが、すぐその先に弟がいる可能性もある手前、その決断に踏み切れずにいた。
「…べ。はこべ…!」
「どけ、じゃ…だ…!」
通路の奥から人の声が反響してくる。
幸仁はわずかな希望を得た。
迷宮探索隊が到着した可能性である。
なぜ奥にいるのかは不明だが、一週間は最悪の場合でその気になればこのように数時間で到着できたのかもしれない。
幸仁は声のする方に向かっていった。
一応、慎重に。
なぜなら、無断で迷宮に入るのは犯罪だからである。
幸仁は探索隊の存在を目で見て確認すれば、勘付かれないうちにその場を去るつもりでいた。
通路の先はT字になっていた。
交差する通路には、線路が敷かれており、トロッコが走っている。
そして、トロッコに乗せられているのは、紛れもないゴーレムである。
四肢が長く一つ目であり、口のようなものがついている。
資料にはなかった型だ。
トロッコには迷宮探索隊のロゴが入っているので、救援に来た隊の可能性が高い。
しかし、様子がおかしい。
まるで鉱山である。
迷宮内の資源をトロッコに積み、目的の場所にまで運ぶ。
人命救助よりも先にやることではない。
彼の思い違いで、すでに翔也は救出されている可能性はある。
事態の把握のため、幸仁はトロッコが来たのとは逆方向、つまり迷宮の奥に向かっていく。
トロッコにゴーレムが積まれているならば、積んだ人物がいるということである。
人がいるならば、最悪質問することもできる。
通路の先に明かりが見えた。
喧騒が増し、人の存在を確信する。
壁の片側にはゴーレム工場と、それを回収する迷宮探索隊の姿。
その反対側には、奥に空間が広がっているのだろうが、視線と光を遮断するためかカーテンらしきもので遮られているため、何があるのかわからない。
だが、カーテンに向けて三門の大砲が設置されていた。
幸仁は作業中の隊員に声をかけた。
迷宮に立ち入るのは犯罪だが、迷宮に取り込まれたことにしてしまえば犯罪扱いを受ける心配はない。
彼は、自分がここにいる言い訳を持っていた。
「僕の弟、中学生くらいなんですが、知らないですか?どうやら迷宮に取り込まれてしまったらしく」
隊員はどう見ても一般人である幸仁を不審な目で見た。
「お前、どうやって入ってきた?この迷宮の入り口は封鎖済みだったはずだぞ」
「家にいたら、突然そこが迷宮化してしまって」
「お前は洞窟が家なのか。それは凄いな」
「え?」
「蛸霧山にある洞窟が迷宮化してできた場所だろ?ここは。違うなら違うって言ってみろ」
蛸霧山は自宅近くにある山だ。
何故自宅のクローゼットと繋がっているのか。
迷宮同士が繋がることがあり得るのか、一般人たる幸仁は知らない。
しかし、彼にとっての現在の重要事項は自身よりも弟なので、会話の流れを無視して無理やり質問した。
「弟の居場所は知らないですか」
「それっぽいのは、あっちだよ。ゴーレムを全部回収したらすぐに助けてやるから待ってろ。そして、お前はそこから動くな。迷宮不法侵入罪が適応される。情状酌量の余地があるかもしれないから、罪を重ねるようなことをするなよ」
幸仁はカーテンの隙間から中を確認しようとしたが、カーテンの監視役らしき隊員に止められる。
「あまり刺激するようなことをしないでください」
「刺激って何をですか」
「惰眠竜です。今は眠っています。光を当てなければ、あと一日は目覚めないでしょう」
「待ってください、その竜と一緒の場所に一般人が取り残されているんじゃないですか」
「お気持ちはわかりますが、竜を討伐するために戦闘を行えば、前方のゴーレムも傷付きます。回収まで待ってください」
「どういうことですか?まさか、人命よりもゴーレムの方が大事ということですか」
「いいえ。どちらも大事です。ですから、両方を得る手段を取ったまでです」
「ふざけないでください、それまでに弟が無事でいる保証がどこにあるんですか」
「国家のためです」
幸仁は歯軋りをした。
人命よりも国益を優先するのは国家の性なのかもしれないが、それでもこれほどハッキリとその事実をつきつけられるのは、許し難い話であった。
カーテンの奥で地響きがした。
「な、何故起きている?!」
監視役は、手元のモニターを落とすほどに慌て出す。
幸仁はモニターを拾うと、写っている映像を確認した。
蒼の竜。
大型トラック並みの大きさだ。
部屋の奥には針の山があり、モズの早贄の如く二人の人間がそこに突き刺されていた。
「翔也?!」
ただ幸いだったのが、その竜には針を服に刺す性質があったところだろう。
体に直接刺されていれば、死は避けられない。
起き上がった竜は無造作に一人を選び、針から引き抜いて飲み込んだ。
幸いにも、翔也は選ばれなかった。
一人を平らげた竜は、何を思ったのかカーテンの方に向かっていく。
尻尾を払った。
三門の大砲は簡単に吹き飛ばされる。
そして、満足したのか再び眠りにつく。