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一般人と迷宮

卑口(ひぐち)教授は焦っていた。

彼がコソコソと研究していた資料の一部を紛失したのである。

国家機密級の研究を国家には無断で行なった証拠である。

誰かに見られるとまずい代物だ。

だが、彼の資料は彼にしか解読できないように工夫が施されている。

そのため、彼の焦りは情報の漏洩よりも情報の紛失からきている。

「さてこれからどうしたものか」

卑口は爬虫類のような目を大きく開け、口を裂いて笑みを浮かべた。

「教授、随分と面白い研究をされているんですね。カフェに置きっぱなしになっていましたが、つい読んでしまいましたよ」

背後には学生の姿。

そして彼は、彼が探し求めていた例の資料を持っていた。

卑口は、爆発したような癖毛を弄りながら対応を考えていた。

『面白い研究ですね』と言ったからには、彼は資料の解読に成功した可能性が出てくる。

もしくは、研究者が意味不明な資料を持っていたので、何らかの研究だと結論づけて、冗談であのような発言に及んだのかもしれない。

「ところで教授、白衣が裏表逆ですよ」

卑口は、裏返った胸ポケットから刃物を取り出した。

「凡人は白衣の裏返りばかりを気にして、懐に隠されたナイフに気が付かない」

「暗殺者でもやっているんですか、貴方は」

冗談とも、本気とも受け取っていなさそうな、冷淡な返事。

学生は彼の本題以外に興味はないのである。

「この資料に使われている文字、一見何かの言語のように見えます。しかし、このような言語はどこにもない」

卑口は事態の解決策を探る一方で、学生に少し期待していた。

もしかすれば、この学生は自分と対等な関係で話し合える人物たり得ると。

「この文字は数字というべきでしょう。

ある規則に従わせれば、文字はたちまち数字と化します。

そして、その規則は文字にある角の数です。

ですよね、教授」

卑口は悪魔のような笑みを浮かべた。

彼は面白いことがあるとこういう表情になるのである。

学生はその顔を肯定の返事と解釈し、続けた。

「折れ曲がった縦棒、これは1。そして、ホッチキスの針のような文字、これは2。

三角、これは3。こんな具合です。

そして、数字をアルファベットに対応させて、1=a、2=b、3=cと変換していけば、英文になるわけです」

「アルファベットは26ある。Zは角を26回も描かなくてはならないな」

「そこが面白いところなんです。この文字を作った人は、階乗という数が爆発的に増える計算に着目しました。五角形の右上に小さくホッチキスの針が描かれています。

5の2乗で25。そして、この隣に漢字の旁の如く存在する折れた縦棒。

ローマ数字ならば、25+1と解釈して26。こうすれば、たかだか26までの数字なんぞ、簡単に表現することができます」

卑口はついに笑いを声に出した。

「そこまで分かったというのか。嬉しいな、君のような聡明な人に会うのは、実に10年ぶりだ」

「教授、貴方は一応てんとう虫の研究をしていることになっていますが、何故ゴーレムの研究資料を持っているのですか。そして、何故わざわざ資料を手書きの暗号にする必要があったんです?」

12年前に国家が認めた新たな災害、迷宮化。

土地、建物が迷宮になる怪奇現象。

もっとも、『特定の時間に入れば神隠しに合うトンネル』のような噂は、それ以前から存在していた。

しかし、所詮は都市伝説でしかない。

その延長線上にあるものを国家が災害として認めたのは、それほどまでに事態と被害が深刻だからである。

迷宮化すると、どこから湧いて出てきたのか不明だが、魔物が配置される。

一度迷宮化したことで変化した地形は戻らないが、住み着いた魔物は全滅させることができる。

国家は迷宮の調査と攻略を目的とした組織をつくり、迷宮化の原因究明と解決への道を模索していた。

そして、迷宮内で発見されたものの一つがゴーレムである。

迷宮内に生息する、高度な知性の魔物が作り出した人形。

一般人が知っているのはその程度だ。

学生が見た資料には、それ以上のことが書いてあった。

ゴーレムの種類、構造、能力。

だが、1番の謎は資料の持ち主しか知り得ない。

何故卑口順一郎(ひぐちじゅんいちろう)がその資料を持っているのか。

「知りたいならば、私の研究室に来なさい」





「この部屋には君と私の二人しかいない。これで安心して話ができる。幸仁学生」

西城幸仁(にしじろゆきひと)は頷いて話を待った。

教授は本棚から分厚い一冊を取り出した。

「ゴーレムを動かすエネルギーは不明だ。心臓部にエンジンと同じ役割を果たすものが埋め込まれているようだが、電気で動いているわけでも化石や石炭で動いているわけでもない。我々には測定できない何かが関係しているようだ」

「資料にありましたね」

「政府はその新技術に興味を持って、迷宮内に出現したゴーレム工場を詳しく探索してね。見つけてしまったんだ、大量破壊兵器の設計図を」

「それが?」

「とんでもない大量破壊兵器らしくてね。現代の戦争でも十分に使える。核爆弾並みの出力に核爆弾にも耐える耐久力。国家間のバランスを崩壊させかねない。

しかも、ゴーレムは命令に従って動く。戦争屋には喉から手が出るほど欲しい最強の兵士だ」

「政府は設計図に従って大量破壊兵器を作成しようとしているわけですか」

「いや、それは無理だね。未知の技術の再現は、設計図があるだけでどうにかこうにかならないよ。

現代の技術では説明できない、超常的な理論をもとに動いているみたいなんだよね。

「特にその動力源(コア)『終末の心臓』は別次元の存在と言っても差し支えないよ」

卑口は複写された設計図を見せ、『終末の心臓』を指差した。

一見したところ歯車で動く時計であるが、時計として鑑賞するには落ちつかないであろう仰々しさ、禍々しさを感じさせる。

「設計図にn -000とあるだろう。そして、ゴーレム工場にはn -001からn -008までのゴーレムが用意されていた。全て未完成だがな。ところで、何故か数字が一番若い零号機が部品の一つすらなかったんだ。

ここで仮説が一つ生じる。誰かがn -000を持ち出したんじゃないかというね」

「迷宮には一般人が立ち入れないはずです。ということは、政府の迷宮探索組織に犯人が?」

「どうだろうね。真相は闇の中だよ。さて、話はここらへんにしようか。続きはまた次回」

「まだ聞きたいことが何一つ聞けていないんですが」

「すまないね。別に裏切るつもりはないんだ。しかし、もう始まってしまうんだ。アニメ機械少女テトラが」

「…」

幸仁はこの状態の人間に何を言っても無駄なことを知っていた。

いずれは話すつもりらしいので、彼は諦めて帰路についた。

幸仁は道中ある事実に気がつき、頭を抱えた。

話し込んでいて遅くなったが、今日は彼が家族全員分の夕飯の支度をする義務を課せられている。

家族になんと言い訳すべきなのか、悩んでもいい案は浮かんでこない。

「ただいま」

潔く罪を認めようとし、飛んでくるであろう罵詈雑言に備えた。

しかし、家の中は恐ろしいほど静かである。

「あいつら、キレて外食にしやがった…っ!」

以前にもこんなことがあった。

幸仁は母親に電話をかける。

すっぽかしたことに対する謝罪、そして自分を置いて外食に行ったことに対する抗議。

しかし、家の中から電話が鳴るだけだ。

携帯を忘れて外食?

何かが変である。

しかし、全ては杞憂だった。

「幸仁、帰ってきたの?」

玄関にはレジ袋を両手に持った母親の姿。

「翔也夕食が遅いから、怒ってたよ。二階にいるから呼びに行ってきて。夕食は買ってきたから」

「すみません」

幸仁は階段を登って翔也を呼ぶ。

「弟よ、私めの責任に対する不誠実な行為は、どうか寛大な心で許していただきたい」

そのふざけているのか真面目なのかわからない謝罪には、全く返事が返ってこなかった。

「悪かったから翔也、返事くらいはしてくれ」

階段を全て登り終えて、2階の全貌があらわになった。

幸仁は絶句した。

見慣れた廊下、窓、ドアはどこにもない。

そこには、知らない空間が待ち受けていた。

二階が、迷宮化していたのである。


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