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【短編】ミステリ短編シリーズ

薔薇色の殺人者

作者: 烏川 ハル

   

 新進気鋭のイラストレーター、栗宮(くりみや)幸太郎(こうたろう)が自分の部屋で刺し殺された時。

 彼の別荘には、三人の友人が滞在していた。榊原(さかきばら)空由季(そらゆき)吾妻(あづま)美智恵(みちえ)田所(たどころ)絵梨花(えりか)の三人で、三人とも栗宮のイラストレーター仲間だったが……。


――――――――――――


「いやいや『イラストレーター仲間』だなんて烏滸(おこ)がましい。しょせん僕たちは、まだイラスト一本で食べていけるほどじゃないんでね」

 別荘の大広間に集められた三人のうち、最初に榊原(さかきばら)空由季(そらゆき)が自嘲気味に笑う。


 担当の紀川(きかわ)刑事にしてみれば、なんと反応して良いか、コメントしづらい発言だった。

 それよりも紀川刑事の注意を引いたのは、榊原の格好だ。

 薄茶色のスーツの上下に、水色のネクタイ。イラストレーターというより、ビジネスマンみたいな(よそお)いだった。

 本人の言う通り「まだイラスト一本で食べていけるほどじゃない」、つまりイラストレーターは副業に過ぎず、本業は会社員なのかもしれない。しかし仮にそうだとしても、会社ではなく友人の別荘で過ごす際に、仕事着で来る必要はないだろう。

 ならば、これは単なる彼のファッションセンスの結果なのだろうか。


 紀川刑事がそんなことを考えている間に、榊原は他の二人を見回しながら、同意を求めていた。

「そうでしょう? 美智恵さんも絵梨花さんも、そう思いますよね?」

「あら? 私たちの中で成功してるのは栗宮くんだけ……とでも言いたいのかしら?」

 質問に質問で返したのは、吾妻(あづま)美智恵(みちえ)だ。

 鼻筋の通った、整った顔立ちに、長い黒髪。ノースリーブの濃緑色のワンピースに包まれているのは、服越しにわかるほどスレンダーな体型だが、出るべきところはきちんと出ている。


「まあ実際、私もイラストより、別の仕事の方が盛んですものね」

 と彼女自身が認めた通り、美智恵はモデルとしても活動しており、むしろそちらでそれなりに名前が売れていた。

 紀川刑事も彼女がイラスト描きなのは初耳だったが、モデルとしてテレビに出ているのを見たことあるくらいだ。その際、彼女は公称として「バスト82、ウエスト42、ヒップ80」と発言、他の出演者に「『ウエスト42』って、そんな細いわけないやろ!」とツッコミをくらっていた。

 そんな場面を思い出しながら、紀川刑事は心の中だけで苦笑する。こうして改めて実物を目にしても「ウエスト42」が嘘、あるいは冗談やネタの(たぐ)いなのは確実だな、と。


――――――――――――


 三人と対面するより前に、紀川刑事は「三人が栗宮幸太郎を妬んでいたらしい」という噂話を、情報として仕入れていた。

 それを念頭に置いた上で、三人の容疑者のうちまだ発言していない残り一人に視線を向ける。


 田所(たどころ)絵梨花(えりか)は、美智恵とは正反対で、とても地味な女性だった。

 クリーム色のセーターに、灰色のエプロンスカート。なんとなく野暮ったい感じの服装であり、事前の情報がなければ紀川刑事は、彼女を被害者の友人でなくこの別荘の家政婦か何かだと誤解していたかもしれない。

 ふんわりしたボブカットの髪型や、すらりと細い目付き、丸みを帯びた鼻の形、やや肉厚な唇なども、よく言えば「愛嬌があって可愛らしい」だが、あくまでも「よく言えば」の条件付きだった。

 そんな中、特徴的なのは頬の赤さ。ひと昔前に流行(はや)ったという、林檎病を思わせるほどで……。


「顔が赤いようですが、大丈夫ですか? 熱でもあるのでしたら、お話は、また(あと)ででも……」

 紀川刑事が声をかけると、絵梨花はビクッと肩を震わせた。

 それまで彼女は、榊原と美智恵の二人をオドオドと見比べており、自分が刑事から注目されるとは思ってもいなかったらしい。


「大丈夫よ、絵梨花ちゃん。とって食おう、ってわけじゃないから、そんなに怖がらなくても……」

 振り返って彼女に声をかけてから、美智恵が紀川刑事の方に向き直る。

「わざわざ心配してあげるなんて、刑事さん、絵梨花ちゃんみたいな女性が好み? 彼女だけ特別待遇とか、やめてよね」


 ニヤニヤ笑っているので、これも冗談なのだろう。

 そうは思っても、刑事の立場上、紀川刑事としては真面目に対応する必要があった。

「いや、心配というだけでなく……。『赤い』という顔の色には、体の具合云々よりも、もっと気になる点があったからです」

 と言いながら、三人の前に一冊の本を広げる。

「栗宮さんが殺された現場に、これが落ちていたのです」


――――――――――――


 それはA4サイズの植物図鑑だった。

 正確には現場にあった実物ではなく、それと同一の書籍を別に用意したのだが、そこまで告げる必要はないだろう。貴重な証拠物件を容疑者たちに差し出したり、素手でペタペタ触ったりするはずもないのだから。

 そう思いながら、紀川刑事はさらに説明を続ける。

「このページが開かれていて、指し示すかのように、その上に栗宮さんの右手が置かれていたのですが……。どう思います?」


「おお、凄い。まるでミステリー小説じゃないですか。ダイイングメッセージってやつでしょう、これ?」

 他人事(ひとごと)のように面白がる榊原。

 その横では、美智恵が顔をしかめていた。

「笑ってる場合じゃないわよ、榊原くん。あなた、自分が告発されてる、って自覚ないの?」

「……えっ?」

「だって、ほら! 栗宮くんが指差した花、よく見てご覧なさいよ!」


 今さら言われるまでもなく、紀川刑事にはわかっている。しかし榊原は、ようやく真顔になったところを見ると、指摘されるまで気づいていなかったのだろう。

「これは……。どう見てもバラの花……」

「そうよ。『榊原(さかきばら)』の『ばら』。そうでしょう、刑事さん?」


 同意を求められて、紀川刑事は苦笑いを浮かべた。

「確かに、このページに載っているのはバラですが……」

 三人の容疑者の名前は、榊原(さかきばら)空由季(そらゆき)吾妻(あづま)美智恵(みちえ)田所(たどころ)絵梨花(えりか)。その中で「バラ」という言葉が少しでも含まれているのは、榊原ただ一人だった。

 そこまでは、確かに美智恵の指摘通り。それでも、紀川刑事は首を横に振ってみせる。

「……でも榊原さんを訴えたいのであれば、バラは少し紛らわしい。バラよりも、こちらの方が直接的でしょう?」

 と言いながら、彼は別のページを開く。

 そこに掲載されていたのは、花ではなく緑の葉。神棚へのお供えなどにも使われる、(さかき)の葉だった。


――――――――――――


「ああ、なるほどね。バラみたいに読みだけでなく『榊』なら漢字も一致するし、榊原くんって言いたいなら、確かにそっちの方が相応しいわね」

 と、美智恵が自説を取り下げた瞬間。

 二人の後ろで、絵梨花が「あっ!」と叫び声を上げた。


 他の者たちの視線が、一斉に彼女の方に向けられる。

 絵梨花は恐々(こわごわ)と、両手で口を覆いながら、小さく呟いていた。

「刑事さん、私を疑ってるの……?」

 彼女は思い出したのだろう。この植物図鑑を取り出した際、紀川刑事が話題にしていたのが、彼女の赤い顔だったことを。


「いや、疑っているというわけではないですが……」

 口ではそう言いながらも、紀川刑事の視線は改めて、図鑑の写真に向けられていた。

 薔薇の花には様々な色があるけれど、最も代表的なものとして採用されたのだろう。そこに掲載されていたバラは、全て赤色だったのだ。

 そして、この場の三人の容疑者の中で、少しでも『赤』をイメージさせるのは、絵梨花ただ一人であり……。


「ハハハ……。刑事さんから見れば、バラは赤色なんですね」

 紀川刑事の考えを笑い飛ばすかのような、榊原の言葉。

 いや榊原だけでなく、美智恵も彼に続いていた。

「だいたい絵梨花ちゃんを示すつもりなら、バラよりリンゴよね。絵梨花ちゃん、一時期『林檎ちゃん』って呼ばれてたくらいだし」


「おや、そうなのですか?」

 努めて冷静な声で対応しながらも、心の中では「そういう話は先に知っておきたかった」と思う紀川刑事。

 その情報があれば、彼も絵梨花を疑うような発言は、する必要なかったのだ。

 そもそも彼にしてみても、彼女を見て林檎病を連想したくらいではないか。それほど林檎のイメージが強いのだろう、絵梨花という女性は。


「なるほど、この図鑑にはリンゴのページもありますからね……」

 改めて呟きながら、紀川刑事はそのページを開いてみせる。絵梨花の()っぺたみたいな、真っ赤なリンゴの写真が何枚も掲載されていた。

 そんな紀川刑事に対して、榊原がさらに言葉を続けていた。

「刑事さんは忘れてるかもしれないけど、僕たちはイラストレーターですよ? 僕たちにとってバラは赤色じゃなく薔薇色なんです。赤を示すためにバラを使うなんて、ありえないんですよ」


――――――――――――


 少し馬鹿にするような響きにも聞こえたが……

 それでも紀川刑事は、特に立腹もせず、真摯に教えを乞う立場に徹する。

「どういう意味ですか? 『薔薇色』とは……?」

「ほら、これです」

 榊原はスマホを取り出して「薔薇色」と検索。

 出てきたwebページは、赤い色。下の方には、少し専門的な情報も書かれていた。


「これが僕たちにとっての薔薇色。さらに言えば、僕や美智恵さんの薔薇色と、栗宮くんの薔薇色は、また少し違っていて……」

 榊原が二つのページを出して、紀川刑事に見比べさせる。

 しかし、どちらも同じような赤であり、紀川刑事には違いがわからなかった。

 そんな刑事の様子に、横から助け舟を出したのが美智恵だ。


「カラーコードの指定方式が違うのよ。私たちの薔薇色は、webcolorで言えば#e9546bだけど、栗宮くんのは#e94e66」

「そういう微妙な違い、彼は拘っていたからなあ」

「……うん、うん」

 美智恵と榊原だけでなく、無口な絵梨花まで加わって肯定している。

 そんな三人のイラストレーターに対して、紀川刑事は改めて質問した。

「……ええっと、その#e9546bと#e94e66、具体的には何が違うのですか?」


「ほら、見てください」

 #e9546bの方を使って、榊原が懇切丁寧に解説する。

「ページ下の方に、RGBとかCMYKとかの項目があるでしょう? 赤緑青の三要素だったり、シアン(C)マゼンダ(M)イエロー(Y)ブラック(B)の四要素だったりをどう混ぜ合わせるか、その割合で色は変わってくるから……」

 榊原が最初に見せた#e9546bのページには「R233、G84、C107」とか「C9、M81、Y44、K0」とか書かれている。

 しかし#e9546bは、あくまでも榊原たちにとっての薔薇色だ。それよりも重要な栗宮の薔薇色、つまり#e94e66の方は……。


「なるほど。これが被害者の拘っていた方ならば、図鑑で示したのも、こちらの薔薇色だったのですね。では……」

 ページ下部に書かれた数値に目を向けると、RGBは三つあったが、CMYKは二つしかなかった。#e94e66の薔薇色では、シアン(C)ブラック(B)が0になっていたのだ。

 そして残り二つ、すなわちマゼンダ(M)イエロー(Y)は、見覚えのある数字になっていた。それは……。

「……栗宮さんのダイイングメッセージが告発しているのは、美智恵さん、あなたですね?」

 M82、Y42。美智恵がモデルとして公表している、バストとウエストの数値だった。


――――――――――――


 その後、美智恵が犯人だという物証も見つかった。

 凶器のナイフから、彼女の指紋が検出されたのだ。

 彼女としては指紋を拭き取ったつもりでも、(ぬぐ)い方が不十分だったらしい。ある意味、警察の指紋採取能力を甘くみていたのかもしれない。


 最初は否認していた彼女も、殺害を認めるようになったが……。

「でも、あれは正当防衛よ! 前々から私を口説こうとしてた彼が、あの日、ついに実力行使に及ぼうとして……。それで仕方なく、身を守るために殺したの!」

 と言い出した。

 しかし、新たな彼女の主張を裏付けるような証拠は一切、見つかっていないという。




(「薔薇色の殺人者」完)

   

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