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第9話 本と憧れ


 盗難事件の翌日、アルフレッド殿下から呼び出しを受けた。


 王城警備任務に就く騎士から伝達されて以降、俺の心臓はドンドコと鳴りっぱなし。


「……やはり、外に連れ出すのはまずかったか」


 彼女が傷付くことはなかったとはいえ、危ない場所に連れて行ったのも事実。


 発端はユナさんからの提案だったとしても、護衛騎士として断るべきだったか。


「軽率すぎた」


 自分の判断に後悔しつつも、アルフレッド殿下の執務室に到着。


 扉の近くで待機する近衛騎士に会釈しつつ、扉をノックして入室の許可を得た。


「やぁ、ご苦労様」


 アルフレッド殿下の顔には笑みが浮かぶが、あまり信用はできない。


 貴族という生き物は笑顔で「死ね」と仰るし、貴族よりも上な王家の人間ならば猶更――


「君は良くやってくれているね。想像以上の働きだ」


「……え?」


 あれ? お叱りの呼び出しじゃない?


 一度褒めてから「やっぱり処刑しまーす!」って言われない?


 上げてから叩き落とし、極上の絶望顔を肴に酒を飲むタイプのサディストじゃないよな……?


「どうしたんだい? 何か不満があるのかい?」


 俺の怪訝な表情を見てか、アルフレッド殿下も不思議そうな表情を浮かべる。


「いえ、そんな。不満はございませんが、自覚がなかったもので……」


 慌てて否定すると、殿下は「ははは」と笑いだす。


「もしかして、彼女を外に連れ出したことかい?」


「はい。しかも、事件現場でしたから」


「でも、それは彼女から言い出した提案だろう? 魔導具の試験も兼ねていたからね。君に非はないよ」


 むしろ、外に出ての試験には積極的に賛成したいと殿下は仰る。


 安全性に関して……ちょっと緩い気もするのだが。


「もちろん、彼女が傷付く恐れがあることも承知しているよ。しかし、塔に篭っているだけでは魔導具の試験はできないからね」


 ある程度の危険性やリスクは許容しないといけない。


 それが特別開発室だ、と殿下は苦笑いを浮かべた。


「それにね、妻にも言われているんだよ」


「奥様からですか?」


「ああ。彼女は根っからの引き籠り体質で、放っておくと一生外に出ないとね」


 彼女は実家のあるクレデリカ王国にいた頃から研究室に引き籠りっぱなしだったという。


 そんな彼女を積極的に外へ誘っていたのは、アルフレッド殿下の奥様である元第二王女様だったらしい。


「最近は屋敷にも帰って来ないし、私達夫婦にもあまり頼ってもくれない。そんな状況を妻が憂いていてね」


 言えない。


 屋敷に帰りたがらないのは殿下夫婦が所構わずイチャイチャしているからだ、なんて。


「とにかく、妻に代わって彼女を外へ連れ出してくれる存在は貴重だ。今回の件は状況が状況だったものの、彼女が外へ出るようになる切っ掛けにもなっただろう」


 殿下は「君が守ってくれる、と彼女も認識しただろうしね」と言葉を続けて笑みを浮かべた。


「あまり事件に首を突っ込むのはよろしくないが、とにかく外へ連れ出すという行為は推奨している」


「承知しました。危険性の低い状況でしたら、自分も積極的に外へ誘ってみます」


「そうだね。貴族令嬢らしく、買い物なんぞに出てくれるのが望ましいかな」


 買い物か。


 ユナさんの好きな物ってなんだろう?


 というか、彼女が外に出てまで買いに行きたい物ってあるのだろうか?


「これからも頼むよ。君には期待している」


「ハッ! 承知致しました! 全力を尽くします!」


 俺は騎士礼を行い、殿下の執務室から退室した。



 ◇ ◇



「ユナさん、また外出しませんか?」


 というわけで、塔に戻った俺は研究室で難しい顔を浮かべていた彼女を外出へと誘ってみたのだが……。


「…………」


 すっごい嫌そう。


 ユナさん、すっごい嫌そうな顔してる。


「……また疲れちゃいます」


 また途中で休憩が必要になる、と。


「昨日、たくさん歩いたせいで足が痛いです」


 加えて、今は筋肉痛だと。


「筋肉痛は運動不足なだけでは?」


「…………」


 すごい。無視だ。


 俺の指摘に対して嫌そうな顔を浮かべ、スルーすることでなかったことにしようとしている。


「先日はユナさんから外に行くと言ってくれたじゃないですか」


「あ、あれは魔導具の試験も兼ねていたからです。き、今日は試験、ありません」


 なるほど。


 興味があることなら外に出ることも厭わない、というスタンスか。


「なら、買い物はどうでしょう? ユナさんが欲しいと思っている物を買いに行くのはどうですか?」


「ほ、欲しい物……」


 おや、悩み始めたぞ?


「ほ、本屋さんに行きたいです」


「本屋ですか? いいですね、行きましょう!」


 何を買うんだろう?


 技術的な本かな? 


 とにかく、外出することが決定したが……。


 念のため、もう一押ししておくか。


「ついでに今夜の夕食を買うのはどうですか? いつもと趣向を変えて、屋台通りで食べたい物をいくつか買うのなんて面白いと思うのですが」


「や、屋台」


 よしよしよし! 食いついた!


「い、行きます! や、屋台のご飯、憧れでした」


「そうでしたか。では、準備して向かいましょう」


 先日と同じくユナさんはお清楚なエルフ貴族令嬢に変身。


 筋肉痛もあって昨日より歩みは遅いが、本屋のある街の東区に向かって歩き始めた。


「大丈夫ですか? 休憩しますか?」


「ま、まだ大丈夫」


 これはもう脱・引き籠り生活の第一歩と言ってもいいのではないだろうか?


「ほ、本屋さん、や、屋台ご飯」


 すごい原動力だ。


 これからも誘い文句に使わせて頂こう。


 そうして俺達はまず最初の目的地である本屋に辿り着く。


 今回利用する本屋は王都一の大きさを誇る店舗。大陸中の国々から本を輸入している大商会が経営している店だ。


 世界中で印刷用の道具が普及してきたとはいえ、それでも店いっぱいに本を仕入れるのはなかなか手腕のいる行為だと思う。


「んふ」


 店に入るなりニチャッと笑ったユナさんは、先ほどとは打って変わって足取りが軽やかになる。


 店内に並ぶ本棚をいくつか抜け、辿り着いた先は――


「恋愛小説ですか?」


 意外にも恋愛小説を積み重ねたコーナーだったのだ。


「こ、この著者さんのシリーズが好きで」


 ユナさんは平積みされていた本を手に取ると、その表紙を俺に見せつけてきた。


 著者『ツンデレーナ・ヴィラン・レディ』が描く、追放令嬢と騎士の愛物語――追放令嬢と護衛騎士の旅 第十三巻 ~赤き竜と古代の秘宝~ というタイトルであった。


「さ、最近出版されたって聞いて」


 俺を通じて殿下に購入を頼もうと思っていたが、今回の機に自分で購入することにしたらしい。


「十三巻も続いているんですか。人気の小説なんですね」


「最近の女性読者から圧倒的な支持を得ていますから!」


 フンスと荒い鼻息を吐くユナさんは饒舌モードに。


 本棚の前で十分ほど「どれだけ面白いか」という講釈が始まってしまった。


「……他に欲しい本はありますか?」


「特には。ニールさんは無いんですか?」


「自分ですか」


 そうだ。


 ユナさんに出す料理のレパートリーを増やすためにも料理本を買って行こう。


 料理本コーナーに向かい、俺も平積みされている中から一冊をチョイス。


 著者マダム・ウエストが出版する『今日の晩御飯』だ。


 パラパラと中を捲ってみると、貴族向けの料理まで紹介されている。


 良いじゃないか。


「購入しましょうか」


「はい」


 本を購入した後、続けて市場近くにある屋台通りへ。


 その名の通り、ここは屋台が数多く並ぶ場所だ。


「屋台は平民向けの料理しかありませんが、なかなか馬鹿にはできませんよ」


 屋台なだけあって大雑把で豪快な料理が多いものの、高級な料理とは違った美味さがある。


「わ、私! ひ、羊肉! 骨付き羊肉が食べてみたいんです!」


「骨付き肉ですか?」


「ほ、本の中で登場して」


 愛読する恋愛小説の中でヒロインが戸惑いながらも骨付き肉に齧り付く、というシーンがあったらしい。


 それを読んでから憧れていたんだとか。


「いいですね。今日は憧れを叶えましょう」


「は、はい!」


 早速屋台へ向かおうとするも、服を優しく引っ張られる感触に振り向いた。


 俺の服を引っ張っていたのはユナさんだ。


 服の端をちょこんと摘まみ、モジモジしながら何か言いたそうで。


「どうしました?」


「あ、あの……。こ、今夜は一緒にご飯を食べませんか?」


 まるで勇気を振り絞ってワガママを言った子供のよう。


 俺の顔を見ることができず、視線を外しているあたりがまさに、といった感じ。


「いいですよ。一緒に骨付き肉食べますか?」


 俺がそう言うと、ユナさんの顔がパッと輝いた。


「はい! 一緒に食べます!」


 嬉しそうに笑った彼女は俺の腕を掴むと「早く行きましょう!」と歩きだす。


 彼女の憧れを叶えるべく、骨付き肉を二人分買って。


 本と夕飯をそれぞれ持ちながら、塔に帰って一緒に食事を摂ることに。


 初めて骨付き肉に齧り付くという行為にチャレンジしたユナさんは、最初こそ苦戦していたが……。


「美味しい!」


 口の周りを油でベタベタにしながらも、満面の笑みを浮かべた。


 ただ、美人が骨付き肉を握っているという状況にギャップがありすぎる……。


 美人なのにワイルド。相反する組み合わせに俺の脳がおかしくなりそうだ。


「あの、ニールさん」


「どうしました?」


 俺はナプキンを差し出しながら返事を返すと、ユナさんはナプキンを受け取りながらもまたモジモジし始めてしまった。


「あ、明日からも一緒にご飯を食べてくれませんか?」


 彼女の要望に少し考えを巡らせてしまった。


 護衛や任務うんぬんじゃなく、ただ単に彼女は「寂しかったのかな?」と思ってしまったから。


 気を遣っているとはいえ、親族のいる屋敷には戻らず塔で一人暮らしているのだ。


 寂しい、と感じてしまってもおかしくはない。


「……ニールさん?」


「あ、ああ、すいません。意外な要望でしたので……。もちろん、構いませんよ。明日からは一緒に夕食を食べましょうか」


「本当ですか? 嬉しいです」


 彼女は本当に嬉しそうに笑っていて、俺は内心で「推測は正しかったのかも」と思った。


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