第8話 盗まれた名剣 2
先走った店主を追い、俺達は路地裏へ続く細い道を走る。
「ひぃ、ひぃ!」
「ユナさん、頑張って下さい! ……店主も! 止まって!」
ユナさんの様子を見つつも、先を行く店主に声を掛けるが止まることはなく。
結局、道の先にあったゴッゾ氏の店らしき場所の前まで店主が到達してしまう。
「おい、ゴッゾ! テメェが犯人だってことは分かってんだ! 観念して開けやがれ!」
店主は店のドアをドンドン叩いたり、肩で押し破ろうとしてみせた。
「それ以上は不法侵入に――」
俺がそこまで言いかけたところで、店主のショルダータックルが扉を突破。
金具の壊れた扉が倒れ、店主は「おっとっと」なんて言いながら店の中へ侵入してしまった。
「ああ、もう! ユナさん、大丈夫ですか!?」
「ひぃー! ふひぃー!」
運動不足なユナさんはもう必死の形相だ。
今すぐにでも足を止めないと死んでしまいそうなほど苦しそうな表情を浮かべてらっしゃる。
ようやく俺達も店の前まで到達するも、店主の姿はどこにもない。
既に中へ中へと侵入してしまったようだ。
「ひぃー! はぁ、ひぃぃー……!」
フラフラなユナさんは俺のシャツを掴み、腕にしがみついてきたのだが、その表情に俺はギョッとしてしまった。
肩で大きく息を繰り返しつつ、目はギンギン。口からは嗚咽が漏れ、顔中汗まみれ。
とてもじゃないが、他の人にはお見せできない状態である。
「だ、大丈夫ですか?」
「ぢ、ぢぬ……」
ガクガクと震える足で辛うじて立っている状態だが、彼女はそれでも店内を指差す。
「は、はやぐ……」
「ユナさん……!」
なんて正義感の溢れる人なのだろうか。
もう死にそうなのに犯罪を阻止せよ、と俺に命じる彼女を誇らしく思う。
「は、はやぐ……。す、座らせて……」
違った。
店内に置いてある椅子に座って休みたいだけだったみたい。
俺は彼女を支えつつ、とりあえず店内へ。
奥からは店主の騒がしい声が聞こえてくる。
彼女が指定した椅子に座らせつつも、開け放たれていた扉の奥を確認するべく向かおうとすると……。
「ぎゃわあああ!!」
「うおわああああ!?」
扉の向こう側から店主がゴロゴロと転がって来たではないか。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あんのクソ野郎! やっぱり持ってやがった!」
「持っていた?」
「あいつが犯人だバカヤロ、コンニャローめ!!」
店主は扉の先を指差すことで俺の疑問に答えた。
俺が顔を向けると、廊下の奥にはキラリと光る剣を所持した中年ドワーフが一人。
窓から差し込む陽の光を背中に受け、尚且つ剣の刃もキラリと光る状態はなかなかに怖い。
「ひ、ひひ……! こいつは、この剣は、俺のモンだよぉ……!」
しかも、口から漏れる言葉まで怖かった。
一歩、二歩、と近付いてきた彼の表情が露わになるのだが、目の下には分厚い隈がある上に視線が定まっていない。
完全にイカれていらっしゃる……。
「スパチーノ! スパチーノを取り戻してくれ、バカヤロコンニャロ!」
「いや、その前に騎士団へ――」
「スパチーノは俺モンだああああ!!」
問答している間に向こうが走り出してしまう。
彼は剣を上段に構えて突っ込んできた。
「あぶなっ!?」
俺は咄嗟に店主の服を掴んで引っ張り、彼の体を横へスライドさせる。
問答無用に振り下ろされた剣は先ほどまで店主が尻持ちをついていた場所に落ち、剣先が床にめり込んで止まった。
俺が引っ張らなければ店主の股は今頃オシャカになっていたことだろう。
「ひぃぃぃ! 危ねえな、バカヤロコンニャローめ!?」
店主はそれでも強気な言葉を口にするが、ヌルッと顔を向けてきた相手に「ヒッ!?」と怯えた声を漏らしてしまう。
「ど、どうにかしてくれ! も、元騎士なんだろう!?」
「いえ、今も騎士です」
ただ単に転属しただけであって、俺は今でも騎士だ。
しかも、最近まで魔獣を相手に戦ってきた実績を持つ騎士である。
「魔獣よりも簡単そうだが……」
腰の剣を抜けば勝てる。
確実に勝てるが、ゴッゾ氏を殺すことになってしまうだろう。
出来ればそれは避けたい。
人間は魔獣のように意思疎通が出来ず、問答無用に襲い掛かって来る獣ではないのだ。
窃盗を犯したとはいえ、処刑に値するほどの大悪党というわけでもない。
ならば殺すよりも反省を促すため、出来れば五体満足で逮捕といきたいところ。
「そうか、これからはこういう機会も増えるのか」
今までは単に魔獣を討伐すれば良かった。街道で人を襲う盗賊なら生死問わずで構わなかった。
だが、これからは犯人を確保せねばならない瞬間も増えるだろう。本気を出せない状況も多くあり得るかもしれない。
そう考えると良い経験になりそうではあるが……。
「おいおい、両手に剣を握ってどうする?」
相手は俺が騎士だということに気付いたのか、店内にあった他の剣をもう片方の手で握り締める。
「うわああああ!!」
そして、ブンブンと大きく振り回しながら暴れ回り始めたのだ。
剣術の型もクソもない、ただ単に力任せで滅茶苦茶な剣の振りだが、相手が鍛冶師なだけあってスタミナと筋力は一般人よりも上。
「たちが悪い!」
下手に突っ込めばこちらが被害を被るし、放っておくのも危なっかしい。
間合いを維持しながらも、両方の剣を避け続けてスタミナ切れを待つしかないか?
そんな考えを実行しようとした時――
「ス、スパチーノを手放せば!」
ユナさんが対処法を口にした瞬間、ゴッゾ氏の目がギョロリと彼女に向けられた。
「お前も剣を奪うつもりかああああ!!」
スパチーノという単語に反応したのか、ゴッゾ氏は俺を無視してユナさんに狙いを定めるつもりなようだ。
しかし、それはいけない。
「馬鹿、死ぬぞ!!」
俺もお前も!
お前は高貴な御方を傷付けた罪で首チョンパ。
俺は美人巨乳エルフを守れなかった罪で首チョンパ。
そんな結末、お互いに嫌すぎるだろう!?
「かくなる上は……!」
仕方ない。これは仕方ないんだ。
俺は剣を抜き、ゴッゾ氏の振るった剣を受け止める。
許せ、ゴッゾ! 処刑されるより少々の怪我で済んだ方がマシだろう!
このまま剣を押し返し、腹を蹴飛ばして――という流れを想定していたのだが。
俺が受け止めた剣はゴッゾ氏の打った剣だったらしい。
となると、次に振り下ろされるのは名剣スパチーノの方。
これがとんでもない。
「嘘だろ!?」
騎士団で正式採用されている鋼の剣が負けたのだ。
剣が剣を斬り裂こうと、スパチーノの刀身が鋼の刀身に食い込み始めたのである。
「さ、さすがは名剣……! 匠の剣は鋼をも斬るという噂は本当だったのか!」
「言っている場合か!?」
名剣馬鹿店主め。目をキラキラさせながら言っている場合じゃないだろう!
「剣を奪おうとするやつは、女だろうが子供だろうが容赦しないッ!」
「ひっ」
殺意剥き出し、口の端から泡まで吹いて叫ばれた言葉に対し、ユナさんの怯える声が聞こえてきた。
「どけえええ!!」
剣に体重を掛けてくるゴッゾ氏。
スパチーノを受け止めている俺の剣はメキメキと音を立て始め、あと少しで両断されそうになってしまうが……。
「どくわけが、なかろうがッ!!」
一瞬で切断されないのであればやりようはある。
騎士は対魔獣戦だけが仕事じゃない。対人戦だって念頭に入れて訓練を積んでいるのだ。
俺だって「いつかは貴族に」と伊達に夢見ていたわけじゃない。
積み上げてきた功績、ひたむきに続けてきた訓練、何度も死にそうになりながら生き残ってきた戦闘経験。
それらは確実に名剣に魅了された鍛冶師よりも上だ。
「彼女には指一本触れさせん!」
そして、俺は彼女の護衛騎士なのだから。
「名剣が相手だろうが、必ず守るッ!」
渾身の力を込めて剣を跳ね上げる。
両腕が上がって腹がガラ空きになったゴッゾ氏に対し、姿勢を落としながら体を前へ。
ゴッゾ氏の剣が振り下ろされる前に腹へタックルを見舞い、彼の体を押し退ける。
「ゴフッ!」
たたらを踏む相手の隙を見逃さない。
「フンッ!!」
強い一歩を踏み出し、拳を顔面に叩き込む。
次の瞬間、メキョッとよろしくない感触が手に伝わってくる。
「ヤバッ!」
思いの外力が入りすぎてしまったか!?
拳が顔面にめり込んでしまったし、感触からしてゴッゾ氏は鼻の骨が折れてしまっただろう。
しかし、許してほしい!
いや、鼻の骨だけで済んだと感謝してほしいくらいだ。
下手すればアルフレッド殿下から直々に処刑を言い渡される恐れもあったのだから……。
「ぐ、あ……」
ゴッゾ氏の鼻血が飛散しながら吹っ飛んでいく中、同時に握っていた二本の剣が床に落ちる。
体が壁に衝突してから床に沈み、ようやく彼の暴走は止まった。
「ふぅ……」
「スパチーノ! 俺の剣!」
ゴッゾ氏を無力化した瞬間、さっきまで尻持ちを着いていた店主が飛び掛かるように剣へ向かってくるが……。
「ダメですよ」
俺は名剣スパチーノを足で踏み、店主に渡さないよう阻止する。
「何をする!?」
別に俺まで魅了されたわけじゃない。
「これは窃盗事件の重要な証拠です。まずは騎士団に提出せねばなりません」
正式に事件が解決すれば手元に戻って来るだろう。
だが、それまでは騎士団預かりの証拠品扱いだ。
「ご協力を」
◇ ◇
その後、到着した騎士団に現場を預けることとなった。
もちろん、証拠品である剣も確実に騎士へと預けて。
犯人と店主は今頃事情聴取を受けている頃合いだろうか。
ただ、これで無事に事件は解決へと向かうはずだ。
「しかし、代償は大きかった……」
「な、なんですか?」
俺に背負われているユナさんが耳元で問うてくる。
事件は解決したものの、その代償として俺の理性がギュンギュンと失われていく状況になってしまった。
「……なんでもありません」
「そ、そうですか」
お願いだから体を動かさないで。
ずっと背中に柔らかい感触が……。動くことでその感触が鮮明になってしまうんです!!
「しかも、微妙に温かいのが……」
「な、何か言いましたか?」
「あ、いえ、今夜の食事は何がいいかな? と」
「き、今日は疲れてしまったので……。スープで済ませたい気分です」
「分かりました」
ふぅ、どうにか誤魔化せたな。
その後、塔に戻った俺は食事作り。
ユナさんの食事を見届けた後、戸締りを行ってから塔を後にした。
王城の敷地を出て、坂道を下っている間――俺の視線は西区の奥にある歓楽街へ向かってしまう。
「……行くか」
俺は財布の中身を確認し、明日の理性を回復するべく巨乳専門娼館へと向かったのだった。
◇ ◇
ニールさんが帰宅した後、私は途中だった研究を進めるために研究室へ向かった。
愛用の椅子に腰を下ろし、机の上にあるノートを前にするも……。
「…………」
どうにも胸の奥がモヤモヤして落ち着かない。
何度も集中しようと首を振っても、脳裏に浮かぶ言葉に気を取られてしまう。
「……シャワーあびよ」
これではもう研究にならないと感じ、私は大人しくシャワーを浴びて眠ることにした。
ただ、温かいお湯を全身に浴びても胸の奥はモヤモヤしたまま。
体を拭いて、パジャマを着て、寝室のベッドへ横になる。
「ふぅ……」
濡れた髪をそのままに、ベッドサイドにあった本へ手を伸ばす。
お気に入りの恋愛小説。
国を追放されることになった貴族令嬢と彼女の護衛騎士が安住の地を探して旅をする物語。
その過程で描かれる男女の恋愛模様。
お気に入りのページを開くと、そこには昼間に聞いた言葉と似たセリフが描かれていた。
『お嬢様には指一本触れさせん!』
『誰が相手であろうと、私がお嬢様を守る!』
ヒロインを守るため、護衛騎士は愛剣を振りかざして悪を斬る!
私が一番好きなシーン。
寝る前に何度も読み返し、何度もヒロインを自分に置き換えながら妄想を繰り返したシーン。
「……小説みたいだったな」
ちょっと怖かったけど、それでも恋愛小説のシーンを疑似体験したような感じだった。
思い出すと自分がニヤけているのが分かる。
「ニールさんか……」
優しくて料理が上手な騎士さん。
たまに何故か態勢が前のめりになっている時があるのは不思議だけど、とても親切で良い人だと思う。
「これからも仲良くしたいな……」
これからもこの関係が上手く続いていくといいな。
「明日は一緒にご飯を食べませんか? って誘ってみようかな?」
ニールさんとお話しながら、毎日ご飯を食べられたら嬉しいな。
そんな状況を想像していると、自分の口から笑い声を漏らしてしまっていることに気付く。
「やだ、もう……」
一人で恥ずかしくなってしまい、枕に顔を埋めて「ぁうわぁああ」と声を上げてしまった。
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