第55話 二人と一人の想い
アースドラゴンを討伐してから一日が経過すると、その噂は王都の中を駆け巡り始めていた。
「南部にアースドラゴンが現れたって話だけど、もう討伐されたんだろ!?」
「騎士団が倒したのかしら?」
「いや、騎士団勤めの甥っ子が言ってたけどドラゴンスレイヤーが誕生したって!」
などなど。
ここ最近は結晶化個体の出現が続いて王都の雰囲気も暗かったが、アースドラゴン討伐の噂はそんな雰囲気を一気に吹き飛ばした様子。
興奮しながら噂話を語る住民の姿を見ていると、自分のやったことに誇りを感じられる。
命がけで戦って本当によかった、と彼らの笑顔を見て思う。
王城へ続く坂道を気分良く登り、塔の鍵を開けて進入。
その後はいつも通り、ユナさんを起こそうと上の階へ続く階段を登り始めたのだが――
「……ん?」
上の階から物音がする。
ドタドタと忙しない足音が聞こえてくるのだ。
「……まさか」
侵入者?
こんな朝から堂々と、なんて思うかもしれないが、あのユナさんが朝から起きているのは想像がつかない。
だとすれば、彼女や塔の魔導具を狙う敵――アルフレッド殿下が追う敵の一味が侵入したか!?
俺は腰の剣に触れながらも階段を登っていく。
物音がするのはユナさんの寝室だ。
不埒者共め。また彼女を誘拐する気か?
足音を立てないように近付き、敵へ奇襲するために少しでも情報を得ようと耳をドアへ近付けてみると……。
『あっあっ、零れちゃった……! お姉ちゃん、これ難しすぎるよ……!』
おや?
ユナさんの声?
剣から手を離し、代わりにドアをノックする。
「ユナさん? 起きているんですか?」
『え!? ニールさん!?』
中から聞こえたのは本当にユナさんの声。
……既に起きているなんて。
まさか、今日はファイアードラゴンが王都に飛来するってことないよな?
そう思ってしまうくらい稀な出来事だ。
「ニ、ニールさん、おはようございます」
「おは――」
ドアを開けたユナさんの姿を見て、俺は息を飲んでしまった。
美しかったからだ。
胸元を強調するノースリーブにロングスカート、セクシーと清楚が見事に調和した服装。
いつもボサボサな髪はしっかりと整えられており、彼女が動くと花の香りがふんわりと舞う。
今日の彼女はどこからどう見ても『エルフのお嬢様』である。
いつも眠そうでだらしない彼女が朝からちゃんと身支度をしているという激つよ衝撃も加わり、俺の脳は一瞬だけ働くことを止めた。
「ど、どうしました?」
「い、いえ……。その、どうしたんですか? 今日はいつもより早起きですね?」
「は、はい。今日はニールさんとおでかけしますから」
もじもじしながら上目遣いで言ってくる彼女にキュンとしてしまった。
「そ、そうでしたか。ちょ、朝食の準備をしてきます」
俺は熱くなった顔を見られないよう、早足で一階へと降りて行った。
「……久々に攻撃力が高すぎる」
最近はだらしない彼女に慣れてきたこともあって油断していたが、今日の衝撃はアースドラゴンの大きな一歩よりも威力が高い。
久々に自分の理性がギュンと減ったこと自覚してしまった。
◇ ◇
午前中、俺とユナさんが最初に向かったのは本屋だ。
ユナさんが誘拐された時に落としてしまった本を買い直すべく恋愛小説コーナーに向かうと……。
「ありました!」
本棚にあった一冊を抜き取るユナさんは安堵の表情を見せる。
どうやら最後の一冊となっていたようだ。
「あっ! 続編も出てる!」
続けて平積みコーナーに向かうと今月の新刊にユナさんが敬愛する作家の作品が置かれていたようで。
こちらも一緒に購入することにした。
本屋を出ると二冊の本を抱えたユナさんはホクホク顔。
ご機嫌な様子で俺の横を歩きながら「読むのが楽しみです!」と笑う。
「新刊も丁度買えて良かったですね」
「はい!」
そう言いながら次の目的地を目指していると、横を歩くユナさんがもじもじと俺の様子を窺っているのが分かった。
どうしたのだろう? と内心首を傾げていると、ユナさんは意を決したように俺の腕を掴む。
掴んだと思ったらスルスルと手が下に移動していき、彼女は俺の手をぎゅっと掴む。
「え、えへへ。ま、迷子にならないように……」
恥ずかしそうに言った彼女の顔は真っ赤だ。耳まで真っ赤。
俺はどうだろうか?
顔が熱いから俺の顔も赤いのだろうか。
まるで恋人同士のように手を繋ぎながら王都を歩く。
関係者が見たら「護衛騎士失格だ」と言うだろうか? アルフレッド殿下からは「死刑だ」と言われてしまうだろうか?
だが、俺はどうしても彼女の手を離せなかった。
以前の事件と状況が似ているからだろうか? この手を離したらユナさんがまた誘拐されてしまう気がして。
失う恐怖と彼女の手から伝わってくる温もりの心地よさ。
相反する感情が奇妙に混じり合い、俺の手は石のように硬くなってしまう。
「あれ? 次は屋台に行くんじゃ?」
市場の近くにある屋台通りを目指していたはずだが、ユナさんの足は別の場所へ向かっているようで。
「……ちょっと休憩しましょう?」
そう言って連れて行かれたのは、中央区にある広場だ。
ベンチに腰を掛けると、ユナさんは俺の手を握ったまま――
「やっぱり、私はニールさんと一緒にいたいです」
「え?」
「……最近、ずっと考えていました。シエルさんの告白からずっと」
シエル隊長の告白とは、例の「子作りしたい宣言」だろうか?
「ニールさんも今の生活が心地よくて、特別開発室にいてくれると言ってくれましたよね?」
「ええ、そうですね」
「……でも、私はもっと違う意味でニールさんと一緒にいたい」
それって……。
言葉の意味を確かめようと彼女の目を見ようとするが、彼女は恥ずかしそうにふっと視線を逸らす。
「最初は恋愛小説の主人公になったような気分でした。私を守ってくれる騎士様がいて、いつも一緒にいて……。でも、ニールさんと一緒に過ごしていると……」
そこまで言った彼女は俺を上目遣いで見つめてくる。
「しょ、小説とは違うんだって。わ、私は、ニールさんとずっと、この先も一緒にいたいんだって……。誰にも渡したくないんだって……。お、思ったんです」
俺の手を握る彼女の手に力がこもる。
「シ、シエルさんがニールさんを求めた時、こ、怖かった……。ア、アースドラゴンと戦いに行く時も。ニールさんがいなくなっちゃうんじゃないかって怖かった」
俺を見つめる彼女の瞳には確かに恐怖があって、彼女は縋るように俺へ密着してくる。
「ユナさん、大丈夫です。俺はどこにもいきません。特別開発室で過ごす生活が楽しいという気持ちは本当です」
ここまで言って、俺は覚悟を決める。
今まで蓋してきた、ユナさんへ向ける感情を解き放つように。
「自分もユナさんと一緒に過ごす時間が好きです。一緒に食事して、出かけて、他愛ない会話もして、一緒に笑って……。貴女と一緒に毎日を過ごすようになってから、自分の人間味が増したように思えました」
彼女は俺に日常をくれる。
魔獣を殺す騎士としてではなく、人として毎日を過ごす尊さを。
日々、新しい経験と人としての当たり前をくれる。
「それに貴女は無防備で、だらしなくて、放っておけません」
「うっ……」
解放した突然の告白に顔を背けるユナさん。
「だからこそ、守ってみせる」
「え?」
「日常でも、非日常からも、貴女を守りたい。ずっと傍にいて貴女を守ってあげたいというのが俺の気持ちです」
我ながら不器用な言い回しだと思う。
だが、どうしてもこんな言い方しかできなかった。
顔から灼熱を感じながらもユナさんを真っ直ぐ見つめると、彼女は驚いた表情を見せた。
しかし、ユナさんの顔も徐々に赤くなっていく。
顔を赤くしたユナさんは俺から離れるどころか、更に密着してきて――
「じゃ、じゃあ……。ず、ずっと守ってくれるって証拠を下さい」
ゆっくりと赤くなったユナさんの顔が近付いてくる。
このままいけば、俺達の唇は接触してしまうだろう。
身分差のある不相応な関係に発展しかねない。
それを理解していても、俺は止められなかった。
あと少し。あと少し。
あと少しで俺達の唇が重なる――
「白昼堂々とやるではないか」
重なる寸前、俺達の背後にヌッと現れたのはシエル隊長だった。
「どわああああ!?」
「ひゃああ!?」
俺とユナさんは彼女の登場に驚き、縮まっていた距離が一気に離れる。
「これは見過ごせんな」
俺とユナさん両方にジト目を向けるシエル隊長はベンチを回り込むと、俺とユナさんの間へ割って入るように座り込む。
「私を蚊帳の外に置いたまま二人だけで距離を縮めようとしたのか? それは騎士道に反するんじゃないかね?」
騎士道のどこに関係しているのかは不明だが、乱入したシエル隊長は俺の鼻先をポチポチと連打する。
「魔女殿。君がニールを好いていることも察していたし、私を警戒していることも理解している」
今度はユナさんに顔を向けて言うが、続けて彼女は「しかし」と自信たっぷりな表情を見せた。
「独り占めしなくても良いではないか。私は君を尊敬しているし、君となら上手くやれる自信がある」
「え?」
何を言っているの? と言わんばかりにユナさんは首を傾げるが、シエル隊長はニヤッと笑いながら言葉を続ける。
「独り占めではなく、二人占めしよう」
「えっ?」
やっぱり意味が分からなかったようで、ユナさんの首の角度が更に深くなった。
「私達で彼を独占するのだ。私達二人が彼の伴侶となるのだ。私達二人が、彼の正妻になればいい」
うーんと?
彼女は何を言っているんだろう?
「……えーっと、それは自分がユナさんとシエル隊長の両方を奥さんにしろということですか?」
数秒ほど思考がおかしくなって止まってしまうが、意味を噛み砕くとこういうことになるだろう。
「そうだ。嫁入り婿入りのどちらになるかは置いておいて、私達二人が君の妻になるという意味では正解だ」
まだ俺はシエル隊長へ恋愛感情も抱いていないのに?
そう内心で思っていると、彼女は俺の唇に人差し指を当てた。
「分かっている。君はまだ私を愛していない。だが、いずれはそうなるさ。何故なら私が君を夢中にしてみせるからね」
すごい。まるでイケメンでモテモテな男が吐く口説き文句みたいだ。
ただ、彼女の顔には絶対的な自信がある。
「魔女殿、どうだい? 私とも一緒ではイヤかな?」
「ま、まだよくわかりません……。わ、私もシエルさんのことを深く理解していませんし」
「ああ、そうだね。じゃあ、これからお互いに深く理解し合おうじゃないか」
シエル隊長はユナさんへ手を差し出す。
「まずは友達――いや、同じ男を愛する同士として」
「……わ、わかりました」
ユナさんは彼女の手を取り、硬く手を結ぶ。
「ふふ。これから楽しみだね」
シエル隊長はぴょんと飛ぶようにベンチから立ち上がる。
「これからは頻繁に塔へ足を運ぶからね。よろしく頼むよ」
彼女はそう言うと「騎士団の仕事を終わらせてくる」と立ち去ってしまった。
残された俺達は互いに顔を見合わせて――
「これからどうなるんでしょう?」
「わ、わかりません」
今後の生活がどうなってしまうのか。
お互いに困惑を隠しきれなかった。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
2章は今回の投稿で終了です。
続きも考えていますが、賞に応募する物語を書いているので投稿が遅れます。
そちらを完成させ次第、取り掛かる予定です。
最後に面白かったら☆を押して応援して下さると嬉しいです。
よろしくお願いします。




