第54話 巨竜討伐
『――ル!』
なんだ? 何か声がするような……。
『――ルッ! ニールッ!!』
馴染みのある声が耳に届き、俺の意識は徐々に覚醒していく。
「ニール! おい、ニールッ!」
完全に声を認識した途端、俺はハッとするように目を覚ました。
「あ、え? シエル隊長?」
「気が付いたか!?」
俺は地面に横たわっており、シエル隊長に呼び掛けられていたようだ。
どうして?
直前の記憶を探りながら思い出していくと……。
ああ、そうか。
俺は雷槍の爆発に吹き飛ばされて――
「アースドラゴンは!?」
アースドラゴンが悲鳴を上げながら倒れていくところまで思い出すと、シエル隊長に状況を問いながらも周囲を見渡す。
真横に顔を向ければ、そこには視界いっぱいに埋め尽くす巨体があった。
よく見るとアースドラゴンも俺と同じく地面に横たわっていたようだ。
「恐らく、死んだ」
「恐らく?」
「ああ。ドラゴンを殺すなんて初めての経験だからな。しかし、君が背中を爆発させた直後から倒れて動かなくなった」
俺が最後に見た光景以降、ドラゴンはピクリとも動かなくなったらしい。
それに加えて、口や目から血を流し始めたという。
「口の周りを見てみろ。大量の血が流れ出して血の池ができあがってしまった」
上体を起こしてから視線を向けてみると、確かに口の周りには赤い血の溜まった小さな池が出来上がっている。
「いたっ!?」
ただ、それよりも背中に鈍痛が走ったことに顔を歪めてしまう。
「背中を痛めたか? 無理もない。とんでもない高さから落ちたからな」
魔導鎧を装着していたとしても、結構なダメージがあるだろうと。
それほどの高さから俺は落ちたようだが。
「あの高さから落ちたら、普通は背骨が折れていそうだがな……」
ゾッとしながらも腰や背中を動かすが、俺の背骨は無事みたいだ。
打撲した時のような痛みはあるものの、感覚的には数日で消えそうな痛みに思えた。
「背中だけじゃなく、前はどうだ?」
言われて初めて気付いたが、魔導鎧の胸装甲が一部溶けている。
たぶん、雷槍の爆風で焼けたんだ。
「……特に問題ありませんね。顔も腹も痛くありませんし、ヒリヒリもしません」
改めて魔導鎧を開発したユナさんに感謝したいところだ。
「まぁ、自分は体が頑丈なことだけが取り柄ですので」
「……君、まさか結晶化個体のように変異した人間じゃないよな?」
驚異的な高さかた落ちても無事、気を失ったのも五分くらい。
シエル隊長もドン引きの頑丈さらしい。
「とにかく、アースドラゴンによる脅威は去ったと考えてもいいだろう。既に防衛ラインには信号弾を送っているが、我々も一時戻ろう」
シエル隊長の手を借りながら立ち上がると、俺達に気付いたキルシーさんが移動砲台化した列車の傍で手を振った。
彼女に歩み寄ると、彼女も「歩けるんですか!?」と驚いていたが。
「ニールさんと隊長は先に戻って報告を。研究者達を呼び寄せて死亡判定もしてもらいましょう」
現場にキルシーさん達や魔法使い部隊を念のため残しつつ、俺とシエル隊長は列車に乗って防衛ラインまで戻ることに。
列車の指揮を行っていた指揮官や騎士達が乗る客席車両に乗り込むと、彼らは俺の姿をチラチラと見てくるのが分かった。
「……何か視線を感じるのですが」
「それはそうだろう。御伽噺の中にしか存在しなかった『ドラゴンスレイヤー』誕生の瞬間を見届けたのだからな」
シエル隊長の言葉を聞いた俺は頭の中で「ふーん」と他人事のように頷いてしまった。
「……え? 自分が?」
しかし、よくよく考えてみるとその対象が自分であることに気付く。
「そう。君が」
何を言っているんだ? と言わんばかりにシエル隊長は頷きを返してくる。
「普通、そういうものは最初から最後まで単騎で戦った者へ与えられませんか?」
今回の場合は騎士団や研究所も参加した共同作戦だ。
俺の行動はその中の一部に過ぎず、誰もが考える「ドラゴンスレイヤー」を成し遂げた者の行動とは思えないのだが。
「詳しい規定は王城に戻って調べてみないと分からないが、確か『討伐を確定させる攻撃を加えた者』という文章が記載されていたと思うぞ」
要は一番活躍した者、ということだ。
そういった意味ではあまり通用しなかった魔法使い部隊は対象外になり、逆に魔導具を用いて討伐を確定させた俺の行動が対象となるらしい。
「いやしかし……」
「謙遜は美徳だが、しすぎるな。嫌味に感じる者も出てくるぞ。どうしてもと言うなら特別開発室の功績にしたらいい」
そっちの方が正しいか、と納得した。
ユナさん達が作った魔導具がなければ成し遂げられなかったわけだしな。
「そろそろ着くな」
「ええ」
窓の外に防衛ラインが見えてきた。
降りる準備をしようと降車用のドアへ近付くと、横に並んだシエル隊長が俺の手を掴む。
「やはり、私は君が欲しい。何としても」
兜を被っているせいで彼女の顔は見えないが、魔道鎧から露出している彼女の尻尾はブンブンと機嫌良さそうに動いていた。
◇ ◇
「ドラゴンスレイヤーの帰還です」
列車を降りたあと、俺達を迎えようとやってきた殿下達。
彼らに対し、シエル隊長は両手を上げながらもわざとらしくそう言った。
彼女がそんなことを言ったものだから、聞き耳を立てていた者達も一斉にワッと盛り上がり出してしまう。
「ニールが?」
「ええ。魔導具を使ってアースドラゴンの背中を爆破させましてね」
問うてくる殿下にシエル隊長は一部始終を語ってみせると、終わりに近付いていく度に聞き耳を立てている者達のボルテージが上がっていく。
「そうか……。よくやってくれた、ニール」
状況を把握した殿下は俺に手を差し出してきて、俺はその手を掴んで握手を交わす。
ただ、これだけは伝えなければ。
「自分は戦っただけに過ぎません。ユナさんを始め、魔導具を作り上げた皆さんの力があってこそです」
ユナさんとグレンの親父、魔導具の製造に関わった研究所の鍛冶師達が誇らしげな表情を見せる中、俺はギブソン所長に向き合った。
「貴方の込めた技術者の魂は強烈でした。ドラゴンに悲鳴を上げさせて、倒すほどに」
「……そうか」
ギブソン所長は自分の両手を見下ろすと、顔を上げて俺を真っ直ぐ見つめてくる。
「感謝する。私も夢が叶ったような想いだ」
「いいえ、叶いましたよ」
騎士の道に進まなかったとしても、彼の技術はドラゴンを倒したのだ。
騎士の道に進まなかったとしても、彼は国を救うという役目を果たしたのだ。
幼少期に夢見た、その大儀を果たしたのだ。
「ありがとう」
ギブソン所長が差し出した手を、俺はガッチリと掴んで握手を交わす。
――その後、防衛ラインではアルフレッド殿下が次々に指示を下していく。
騎士団は現場に待機となったが、緊急招集された魔法使い達は王都へ帰還。
技術者達も後片付けを行ってから帰還することになる。
現場へ赴いていた研究者達は一斉にドラゴンの元へ向かい、死亡判定を下しながらも歴史的な『ドラゴンの解剖』を始めるそうだ。
これにはダーレス王国の研究者達も加わり、二か国で情報が共有されることになっている。
危機が去ったこともあるのだろうが、両国の研究者達が好奇心と学者魂を唸らせながら列車に乗り込んでいる姿が印象的だったな……。
「ああ、そうだ。解剖と共に回収されるドラゴンの素材は全てウチの物になるからね」
殿下は嬉しそうな表情を見せつつ、ドラゴン素材がフォルトゥナ王国の資産になると明かした。
「最初はドラゴン研究のサンプルとして扱われるだろうが、その後は魔導具開発に用いられるだろう。そうだろう? ギブソン所長?」
横に立つギブソン所長に同意を求めると、彼は「もちろん」と即答。
「研究所でも活用させて頂きますが、特別開発室にも素材は回します。……希望の素材があれば後で教えてくれたまえ。優先して回そう」
今回の件で特別開発室の功績が認められたからか――いや、共に強敵を倒すことでギブソン所長と分かり合えたからだろうか?
最初に出会った検討会の時よりも、ギブソン所長の表情が柔らかく見える。
「ド、ドラゴンの骨! ドラゴンの骨で魔導鎧を強化します!」
ユナさんは目をキラキラさせながら言った。
たぶん、昔から「ドラゴンの素材が手に入ったらな~」「何に使おうかな~」などと考えていたに違いない。
「ほ、他にも皮とか、鱗とか……。あ、アースドラゴンに鱗ってあるのでしょうか?」
「どうでしょう? 私が乗った背中は硬い金属の山のようでしたよ」
「わ、わぁ……!」
まさに夢が広がるな~! ってところだろうか?
「……ゴホン。素材の請求は正式な書類に記載してお願いしたい」
ウハウハ状態なユナさんへ釘を刺すように、ギブソン所長の顔には鋭い視線が戻った。
「王都に戻ったらゆっくり考えましょうか」
「そ、そうですね」
話もそこそこに、俺はユナさんを連れて殿下の元を後にした。
その後、片付けを手伝っていたグレンの親父と合流。
他の技術者達も乗る列車に乗車し、王都へと帰還する。
駅でグレンと別れたあと、俺はユナさんと共に塔へ戻った。
ドアを開けて中に入ると、なんだかとても懐かしい場所へ帰ってきた気分になる。
「ニ、ニールさん、体は大丈夫なんですか? ド、ドラゴンから振り落とされたって聞きましたし……」
ユナさんは溶けた装甲に手を這わせる。
「こ、こんな状態になってまで戦って……」
ユナさんの目尻に涙が溜まる。
今になって恐怖を感じてしまった――いや、日常空間に戻ったことで思い出してしまったのだろうか?
「問題ありませんよ。自分の体は頑丈ですから」
どうにか気を紛らわせねば。
そうだ!
「危機も去りましたし、前に約束していた買い物へ行きましょう」
すっかり後回しになっていた買い物の件で彼女の気を紛らわすことにした。
そろそろ本屋に行かないと、同じ本が売り切れになってしまうかもしれませんよと付け加えて。
「頑張ったユナさんには屋台飯のフルコースも必要でしょう?」
ここまで言ってあげると、ようやく彼女の顔に笑顔が浮かぶ。
「は、はい! じゃあ、じゃあ! 明日に行きませんか!?」
「ええ、構いませんよ」
嬉しそうに笑うユナさんの姿を見て、俺達の元に日常が帰ってきたのだと改めて感じた。




