第53話 急造魔導兵器
急遽組み上げた対アースドラゴン用魔導兵器の名称は暫定として『試作型雷槍』と名付けられた。
名付け親はグレンの親父だ。
ユナさんは「ビリビリ槍」と小さな声で言っていたが……。聞かなかったことにしよう……。
とにかく、試作型雷槍の総数は十本。
ヒートブレードの鞘を流用して作った魔力供給機が二機。
それぞれ五本ずつ装填し、これを同時にチャージ。
チャージが完了したら手動でぶん投げるという力技で使用するのが今回の仕様だ。
魔導鎧を装着した後、雷槍を装填した供給機を両肩に装着。
これで準備は完了だ。
「アースドラゴンが到達するまでの時間は約一時間。我々はニールを連れてアースドラゴンに接敵。馬で並走しながら彼が対象へ飛び登るのをサポートする」
シエル隊長が第一部隊のメンバーに作戦を告げる。
だが、誰も「本当に大丈夫か?」「無茶苦茶すぎないか?」などといったセリフは吐かない。
むしろ、面白そうに笑うのだ。
「御伽噺を再現しようってのは笑えるぜ。これで討伐できたら、正真正銘の英雄だな!」
キール氏は大笑いしながら「面白い、面白い!」と連呼する。
他の面々も「俺が(私が)やりたかったなぁ」とまで言うのだから、やはり第一部隊に所属する者達はどこか頭のネジが外れているのだと思う。
……いや、やろうと提案した俺もか?
「では、出発するぞ!」
第一部隊の面々が軍馬に歩み寄って行く中、俺はユナさんへと振り返った。
「行って参ります」
「気を付けて……。どうか、無事に帰って来て下さい」
「はい、もちろんです」
ユナさんと会話を交わしつつ、最後はギブソン所長へ顔を向ける。
「…………」
彼は力強く頷くだけ。
しかし、彼の抱く気持ちは十分に伝わった。
「ニール! 乗れ!」
「はい」
俺はシエル隊長の後ろに乗ると、他の軍馬よりも一際大きいシエル隊長の愛馬が嘶きを上げる。
「こいつも気合が入っているようだ。振り落とされるなよ」
「ええ」
彼女が「出発!」と声を上げると、一斉に馬が走りだす。
俺達は進行中のアースドラゴンに向かって走りだした。
◇ ◇
「見えた!」
南下を続けると進行中のアースドラゴンを目視で捉える。
俺達は更に接近するが、完全には接近せずに十分な距離を取った位置で一旦停止。
「作戦が開始されたら並走を続ける。馬を休ませておけ」
馬に休憩を与えつつ、遠目でアースドラゴンの動きを観察。
「……あれが幼体ですか」
まるで小さな山が動いているみたいだ。
あんなものが王都に到達したら……。さすがに王国一大きな街と言えどひとたまりもない。
「作戦の確認だ。まず我々はアースドラゴンに接近して並走。ニールが魔導具を使ってアースドラゴンに飛び登る」
先行しているキルシーさんが現在もアースドラゴンを足止めしようとしている者達へ作戦を伝えに行ってくれている。
俺が登るまでは攻撃を止めてもらい、完全に登りきったら攻撃を再開。
「ニールは背中にある排出口へ移動。そこで魔導兵器を使って攻撃」
ダーレス王国の研究者が言う話では、排出口は背中の半ばよりも頭部寄り――前脚付近にあるようだ。
ただ、登る位置は予め決められないだろう。
臨機応変に対応せねばならず、必要であればアースドラゴンの背中を走って移動することになる。
排出口まで辿り着いたら魔導兵器を起動。
二機の供給機を起動し、雷槍に魔力を充填したら一気に排出口へ投げ入れる。
上手くいけば角の実証試験と同じく、強烈な雷がアースドラゴンの体内で発生するはず。
複数の雷が体内を駆け巡り、アースドラゴンに多大なダメージを与えることになる。
「ニールは全ての雷槍を投入した時点で退避。背中から飛び降りたところを私が回収する」
全て上手くいけば……。
せめて、進路変更くらいは実現したいところだ。
「隊長! そろそろ!」
作戦の概要を再確認したタイミングでキール氏が合図を出した。
先を見ればアースドラゴンの姿が随分と大きくなっている。
それに魔法を連打する音や移動砲台から響く発射音も近い。
「よし! 接近する!」
再び軍馬に乗り、移動を開始。
最初は緩やかに接近していくのだが――
「で、でかい!」
近付けば近付くほど、その巨体がもたらす脅威が体へ伝わってくる。
アースドラゴンが一歩踏み出す度に大地は揺れ、大地を踏みつけた轟音が兜越しに鳴り響く。
一瞬、こんなものに飛び登れるのか? と不安を抱いてしまったが……。
「怖気づいたか!?」
「まさか!」
シエル隊長のいたずら子っぽい声音に否定を叫ぶ。
「並走準備!」
先行していたキルシーさんが馬上で手を上げると、こちらへ向かってくる魔法使い部隊と移動砲台の攻撃が止んだ。
いよいよだ。
俺達は遂にアースドラゴンと並走を始める。
「ニール!」
シエル隊長が軍馬を巧みに操り、前脚付近の位置をキープ。
俺は身を乗り出しつつも、左腕をアースドラゴンの前脚上部へと向けた。
ゴツゴツとした外殻にある突起へ狙いを定め――発射!
「引っ掛かった!」
ぐいっと腕を引いてもフックは外れない。
これならいける!
俺は馬の背から飛び出し、巻き取り機構を使って上昇を開始。
「任せたぞ、ニール!」
下で叫ぶシエル隊長の声を聞きつつも、どんどんと接近していく外殻に腕を伸ばす。
「ぐっ!」
どうにか突起を掴めた!
足を置くスペースも確保!
飛び移れたことに安堵しつつも、引っ掛かったフックを外して上を目指す。
まるでロッククライミングしているような気分だ。
しかも、アースドラゴンが歩く度に大きな振動が起きるので油断ならない。
「ふぅ、ふぅ……! 慎重に……!」
ここで落ちたら全てが水の泡。
慎重に足場と掴むべき場所を見極めながら登っていき――遂に俺はアースドラゴンの背中に到達した。
「よし、次は……!」
大きく上へ伸びた突起を抱きながら現在地を確認。
周囲に穴はない。
だが、その瞬間に前方からブシューッと強烈な空気音が鳴る。
海に住むクジラが潮を吹きだすように、空気の柱が一本立つのが見えた。
「もう少し前か!」
背中の上を移動開始。
揺れる背中の上で転びそうになるが、背中に生える突起を支えに進んでいく。
そして、遂に排出口へと辿り着いた。
「でかい……!」
背中に開いた穴はかなり大きかった。
人が二人同時に落ちても余裕ある大きさだ。
「よし……!」
俺は穴の手前で肩に装着していた供給機のストッパーを外す。
長方形のそれを長い突起に立て掛けつつ、ユナさんから教わった通りに魔力供給を開始するレバーを指で弾く。
弾いた瞬間、内臓された機構が唸り声を上げる。
レバー付近に取り付けられたランプが緑になったら充填完了の合図なのだが……。
「まだか!?」
唸り声が続くも、ランプは緑にならない。
差し込まれた雷槍の状態を確認してみると、装填されている十本が微かに震えているのが分かった。
実証試験で見た現象と同じだ。充填は確実に行われている。
「変わった!」
二機同時にランプの色が変わることはなかったが、片方は充填が完了したと合図が出る。
充填が完了した方の供給機から一本、雷槍を引き抜くと――先端は恐ろしいほど青白く光りながらバヂバヂと音を立てている。
「よし!」
充填完了した雷槍を握り締め、排出口の中を睨みつける。
「食らえ……!」
まずは一本。
力任せに穴の中へ投擲した雷槍は一瞬で暗闇の中へと消えていく。
徐々に青白い光が小さくなっていき、見えなくなったと思いきや奥の方から『バヂン!』と強烈な破裂音と大きな発光が見えた。
「グオオオオオッ!!??」
その瞬間、アースドラゴンは大きな鳴き声を上げながら巨体を震わせた。
身じろぎしているような動きに感じる。
これは効いている証拠か!?
「ならば!」
片手で供給機を掴み、もう片方の腕で雷槍を引き抜いて。
残り四本を続けて投擲していく。
穴の中で連続した破裂音と発光が続くと、再びアースドラゴンの巨体が揺れた。
「グオオオオッ!!」
「うおおお!?」
揺れる、揺れる、揺れる!
今度は大きく身じろぎしたのか、突起を抱きしめないと振り落とされそうになってしまうくらい揺れが大きい。
「まずい!」
同時に立て掛けてあった二機目の魔力供給機が落ちそうになってしまう。
俺はそれに飛び掛かり、どうにか落ちるのを阻止するが。
「ぐ、くっ!」
供給機を抱いた俺の体が徐々に下へスライドしていく。
慌てて小さな突起を片手で掴み、滑り落ちそうになるのを力で阻止する。
「た、立ち上がっているのか!?」
徐々に傾斜が高くなっていく。
どうやらアースドラゴンが前脚を上げた状態になっているようだ。
魔導鎧を装着していなければ到底耐えられないほどの傾斜が続くと、徐々にその角度が緩やかになっていく。
「進行方向は!?」
大きく身じろぎしたアースドラゴンが進行方向を変えたかと期待したが、未だ北上している様子。
「やるしかない!」
残り全てを投擲して変化をもたらすことができるだろうか?
心の中に不安を抱えながらも立ち上がり、再びゆっくりと排出口へと近付いていく。
穴の前に到達し、供給機の状態を見た。
ランプは緑。
だが、どうにも装填されている槍の状態がおかしい。
抱えている供給機越しに大きく震えているのだ。
一本引き抜いてみると、実証試験の時に見た時以上に光を放っている。
素人の俺が見ても「まもなく爆発寸前」と判断できそうなくらい、まずい雰囲気を纏っている。
……もしかして、魔力を供給しすぎている状態なのだろうか?
「いや、むしろチャンスだ」
魔力の供給量で威力が変わるとすれば、今は暴発ギリギリの状態。限界ギリギリまで威力を高めた状態とも言える。
これなら変化を生み出せるかもしれない。
五本の雷槍を引き抜き、供給機を捨てる。
両手で残り全ての雷槍を束ねて――
「アースドラゴンよ、恐れ戦け! これが技術の力だッ!!」
束ねた五本を一気に穴の中へ投擲する。
強烈な光が幻想的な煌めきの軌跡を作り、穴の中にある暗闇を照らしながら落下していき――光が見えなくなった途端、一瞬にして再び大きな光を発する。
光を確認してから一拍遅れ、俺の体を吹き飛ばすほどの爆風が発生。
更に遅れて爆発音が鳴り響いた時には、俺の体は既に宙へ投げ出されていた。
「うお、うおわああああ!?」
空中を舞う自分の体はぐるぐると回転し、もはや制御不可能な状態。
しかし、それでも見えた。
排出口から青白い光と同色の粒子が噴出している瞬間が。
アースドラゴンの大きな巨体が仰け反るように動き、兜越しでも鼓膜を押し破るような大きい鳴き声が聞こえる。
そして、巨大な脚が折れて徐々に地面へ沈んでいく様子も。
「俺の勝ちだ」
兜の中で思わず笑ってしまった瞬間、背中に強い衝撃が走る。
強烈な痛みを認知した瞬間、俺の意識は徐々に失われていった。




