第52話 老いぼれ錬金術師
御伽噺の中で登場したアースドラゴンの討伐方法を試みることが決定すると、ユナさんは作戦に必要な魔導具をその場で考え始めた。
「や、槍にしましょう!」
頭の中で完成系が組み上がったのか、彼女はシャカシャカと紙に魔導具の全貌を描いていく。
紙の中に完成したのは原始的な槍だ。
結晶化したサンダーディアの角を槍の穂にした槍形状を作り、穂を魔力伝導性に優れた素材と繋げる。
完成した槍を複数本束ね、ヒートブレードの鞘に搭載される魔力供給機能を有した専用の筒にて魔力を与える。
「……自ら投げる矢? みたいな感じですかね?」
束ねた槍は巨大な矢のように見えてしまうのは、魔力供給機能を有した専用筒が矢筒のように見えるからだろう。
「お、概ねそんな感じです」
現地で急造するのでデザイン的には仕方がない。
しかし、求められている機能はしっかりと発揮できるとユナさんは確信を得ているようだ。
「や、槍形状なら鍛冶師の皆さんも作り慣れていると思いますし!」
手伝ってくれる鍛冶師も、使う素材は違えど槍としての形状にすることには慣れているはずだ、と。
「魔力供給機能も既存のヒートブレード用鞘に内臓されているパーツを移植すればいいだけです」
ユナさんも鞘から取り外した内部機構に調整を加えるだけ。
新規で作るのは魔力を供給するための筒くらい。
「よっしゃ! 任せろ! 俺は先に射出機の換装に取り掛かる! 王宮鍛冶師は槍の柄を作ってくれ!」
グレンの親父は応援に駆け付けた鍛冶師に指示を出しつつ、魔導鎧の左腕にある射出機の換装に取り掛かっていく。
続けて、ユナさんは物資係が届けてくれたサンダーディアの角へ手を伸ばす。
角は全部で十本。
「こ、これを全て使います」
出し惜しみは無し。
現状用意された物は全て加工するようだ。
「ニ、ニールさん、角の半ばをハンマーで叩いて使いやすい長さに折って下さい」
「承知しました」
ユナさんは「これくらいの長さで」と指で指示をしつつ、別の素材を手にする。
「ギ、ギブソン所長はこちらの加工を」
彼女がギブソン所長に手渡したのは、エルダートレントの樹液が入った瓶とブルースライムの粘液が入った瓶だ。
「接着剤を作るのだな?」
「は、はい。こちらは錬金術師さんしか作れませんので」
「承知した。任せなさい」
ギブソン所長は瓶を受け取ると、手際良く作業に必要な道具を揃えていく。
二つの素材を入れる銀の皿、皿越しに粘液を温めるための太い蝋燭、計量スプーンと魔石の粉末。
集めた道具をテキパキと並べていき、作業を始める手付きは現役を引退して重役についた男のものとは思えない。
「意外かね?」
彼の様子を見ていた俺に気付いていたのか、ギブソン所長は顔を向けずに問うてくる。
「……正直に言いますと、既に現役を退いて長いと思っておりました」
「それは当たっている。だが、若い頃に何千、何万とやった作業は体に染みついているものだ」
二つの素材をそれぞれの皿に移すと、火をつけた蝋燭で熱せられるよう専用器具に皿を吊るす。
吊るしている間、計量スプーンで魔石の粉末を必要な分だけ用意。
熱してから数秒で湯気が出てきた両方の素材に魔石の粉末をサッと振りかける。
「ケベック殿、接着剤の強度はどの程度必要だ? 騎士が槍として使えるほどの強度を持たせるつもりかね?」
「は、はい。頑丈に仕上げたいと思います」
「魔力を通すことも加味して……。承知した」
ギブソン所長はユナさんが言わなかったことすらも先読みして、槍に必要となるであろう強度を一瞬で考えたのだろう。
部下に追加の素材を用意するよう指示すると、持ち込まれた新しい素材達を新しい皿に加えていく。
その間、チラチラとユナさんの作業や離れた場所で作業する鍛冶師達の姿を見やる。
恐らく、彼は全体の作業速度を観察しているのだ。
必要なタイミングで最適な状態の物を提供しようとタイミングを読んでいるに違いない。
「そちらも手伝おう。君は角を折ることに集中したまえ。形を整えるのは私がやる」
「承知しました」
ギブソン所長は既に折れている角を掴むと、それを地面に置いて両手をかざす。
「フッ……!」
短く息を吐き、眉間に皺を寄せて。
すると、彼の手からは薄青の光が波状に発生。
それは地面に置いた角に向けられ、徐々に歪だった角の形は真っ直ぐ綺麗な形状へと変化していく。
「け、形状変化技術……」
彼のやっていることを見たユナさんの口からは驚愕の声音が漏れ、同時に表情にも驚きと衝撃の色が乗る。
「む、昔は……! 新人教育の一環として強制されたものだ……!」
今、ギブソン所長が見せる技術は既に過去のものとなった技術だ。
精神的な疲労が強く、効率も良くない。新しい道具が開発されたことで時代遅れになった技術の一つである。
しかし、研究所のように道具が揃っていない場所での素材加工には必要だ。
繊細な魔力の放出に神経を尖らせ、精神的な疲労が汗を呼び、現代に生きる錬金術師からは想像もできないほど泥臭い。
「私も、昔はよく文句を言ったものだよ……! 新人いびりが大好きな先輩達の愚痴で、仲間達と盛り上がっていたな……!」
研究所に配属されたエリート錬金術師だったとしても、配属一年目はこき使われた。
新人達に無駄な作業をさせて日々の鬱憤を晴らす先輩達に怒りも覚えた。
しかし、そんな先輩達への当てつけに若きギブソン所長は『完璧』を示せるよう努力したという。
「だが……! 今だけは感謝している……! あの頃の自分は間違っていなかった……!」
当時、怒りに身を任せて猛練習した自分は間違っていなかった。
何度倒れそうになったとしても、先輩からの無理な要求を完璧にこなした日々は間違っていなかった。
「……完了だ」
全ての角を整えると、同時にグレンの親父も作業に加わっていた鍛冶師組からは「柄が完成した!」と報告が入る。
急造された柄が持ち込まれると、ギブソン所長は完成した柄を作業机に一本置く。
「柄と角はそのまま接着して良いのかね?」
「は、はい!」
ユナさんに確認を取ると、完成間近まで進めていた接着剤を今度こそ完成させる。
それを用いて柄と角を接着させ、ユナさんが紙に描いていた槍を完璧に再現してみせたのだ。
「嬢ちゃん! 筒の外装も組み上げた!」
筒の外装は騎士の鎧を加工したもの。見た目はツギハギになっていて不格好極まりない。
しかし、内部パーツと槍が収納できれば問題なく、ユナさんもギブソン所長に負けじとテキパキ作業を進めていく。
「君、柄を押さえてくれないか」
「はい」
作る槍は残り九本。
ギブソン所長から手伝いを求められ、俺は彼の指示に従う。
「……私は君達が羨ましいよ」
「え?」
「私は錬金術師になどなりたくなくてね。だが、家には逆らえなかった。私の生まれた家は錬金術でのし上がった家だったからな」
ギブソン所長は幼少期の頃、親から錬金術の技術を叩き込まれて育ったらしい。
その結果、彼は研究所の所長にまで登り詰めたのだ。
「……現状には満足している。技術を叩き込んでくれた親にも感謝している。しかし、本当の自分は別の道を目指すべきだったんじゃないかと自問自答することが未だにある」
これで本当に良かったのか、と。
今の自分で本当に自分は満足しているのか、と。
「……夢がございましたか?」
「ああ。私は子供の頃、騎士になりたかった」
錬金術師としての将来を決められて勉強に励む傍ら、友人と毎日のように『騎士ごっこ』をしていたらしい。
将来を期待される重圧と束の間の解放感、それもあって騎士になりたいと夢見るようになったようだ。
「私も国のために戦えるような、そんな男になりたいと思った頃もあったのだ」
今の自分にフッと笑うギブソン所長だったが、俺は彼の漏らした言葉に首を振った。
「今、救っている最中ではないですか」
俺は彼の目を真っ直ぐ見つめて言葉を続ける。
「貴方が軟弱者であれば、この場にいません。上に命令されても何かしらの理由をつけて断るでしょう」
しかし、彼はこの場にいる。
「貴方は戦いの場に赴いて戦っている。技術者として、皆の背中を支えながら戦っているのです」
彼がこの場にいなければ、彼のような技術者がいなければ、今作っている魔導具は完成しなかっただろう。
ここまでスムーズに作業を進められなかっただろう。
「貴方は今、錬金術師として国を救っている」
俺がそう告げると、彼は再びフッと笑う。
その時、ユナさんから「こっちも完成しました!」と声が上がった。
「……私も国を救えるか」
「ええ。間違いなく」
頷くと、彼は最後の槍を仕上げる。
最後の一本を手にすると、彼は俺に差し出した。
「ならば、老いぼれ錬金術師の人生も――共に戦場へ連れて行ってくれ」
俺は彼の差し出す槍をガッチリと握り、大きく頷きを返す。
「お任せ下さい。技術者達が込めた力、存分に振るってみせましょう」




