第51話 御伽噺の中
「グオオオオオッ!!」
ドスンドスンと大地を踏み潰すように進行するアースドラゴンの幼体は、目を充血させながら北上を続ける。
「撃て! 撃て!」
それに対し、並走するのは馬に乗った魔法使い達とそれを守るように囲む騎士達。
狙うはその巨大な足。
魔法使い達はアースドラゴンの足を止めようと必死になって魔法を撃つ。
しかし、アースドラゴンの体には何重にも重なる白い『殻』が纏わりついている。
これは生まれてから摂取し続けている土や岩、鉱石などを体内で分解しつつ、人の汗のように分泌しながら纏っていくアースドラゴン特有の皮膚だ。
硬度は希少金属の一種であるアダマンタイトを超えており、ちょっとやそっとじゃ傷もつかない。
並走しながら魔法を連射する魔法使い達が五十人いても、皮膚にできたのは小さな亀裂だった。
亀裂が入ったのならあと少しではないか? と思うかもしれないが、何重にも重なった殻は小さな亀裂が入ったくらいじゃ壊れない。
「撃て! 撃ち続けるんだ! 魔力が枯れて死ぬまで撃ち続けろ!」
それを知っていたとしても、知らなかったとしても、魔法使い達は諦めるという選択肢を取れない。
ここで諦めれば故郷の土地が踏み潰されてしまう。ここで諦めれば自分達が存在する意味がなくなってしまう。
国への忠誠心と愛国心、それに魔法使いとして生まれたが故のプライド。
それら全てを以て、この巨体を止めねばならないのだから。
「隊長殿! 一人気絶しました!」
背中に乗せた魔法使いが魔力切れで気絶したことを伝える騎士。
彼の報告を聞きながらも、魔法使い部隊の隊長は舌打ちを鳴らす。
「もう少しで砲台列車の射程内だ! そこまで踏ん張れ!」
魔法使いとしてのプライドを持ちながらも、現実も思い知っている魔法使い部隊の隊長は最新技術の結晶に期待する。
列車からの一斉射撃、並走しながらの連射、これらに合わせて再度魔法攻撃を仕掛けるつもりだ。
「見えた!」
線路の終点に停車している列車が見えた。
アースドラゴンが変わらぬ速度で進行する中、列車は少しずつ速度を上げながら逆走を開始。
そして――
「撃てえええ!!」
列車に乗車したベテラン騎士が合図を出すと、列車に積まれた砲台が一斉に放たれた。
百を超える大砲。百を超える大型バリスタ。
それらが一気に放たれ、アースドラゴンに命中する。
「グオオオオッ!!」
大量の攻撃が当たったことで、アースドラゴンの体は少しだけ傾いた。
だが、それだけだ。
空に響く鳴き声の質は変わらず、傾いた体は次の一歩で正常な態勢へと戻ってしまう。
着弾箇所を見れば、硬い殻は少々黒ずんだだけ。
「並走しながら続けろ! 撃ちまくれ!」
列車はアースドラゴンと並走を始め、同時に絶え間なく攻撃を続けていく。
「こちらも攻撃を続けろ! 撃てえええッ!!」
魔法使い部隊の隊長も部下達に激を入れ、自身も肩で息を繰り返しながら魔法を放ち続ける。
こうして長い攻撃の連打が始まったのだが――
「クソッ! 止まらないッ!!」
ニール達のいる防衛ラインまで半分を切った。
この時点で列車に乗る騎士は信号弾を打ち上げるよう部下に指示を出す。
「こんなもの、どうやって倒せばいいんだ……」
御伽噺とは違う。
これは現実だ。
列車の窓から巨体を見上げる騎士は絶望しながら言葉を漏らした。
◇ ◇
「御伽噺ですか?」
「ええ。我が国で最も人気ある御伽噺です」
俺の質問「どうやってアースドラゴンを倒すんですか?」に対し、答えてくれたのはダーレス王国から派遣されたドラゴン研究者さんの一人だ。
「アースドラゴンは硬い外殻の機能を有した分厚い皮膚を纏っています。これを突き破って攻撃するのが最も楽なんでしょうけど……」
実際、ダーレス王国では皮膚の一部を突き破って、下にある肉体を攻撃した経験があるという。
それを成し遂げたのは、二百を超える魔法使いが三日三晩交代しながら魔法を撃ち続けた――というもの。
ダーレス王国に所属する魔法使いと傭兵として生きる魔法使いを招集してようやく成し遂げた実績である。
「運良くアースドラゴンは進路を変えてくれましてね。街は無事でした」
ダーレス王国は巣立ちを行ったアースドラゴンに対し、進路を変更させようと攻撃を行った。
しかし、攻撃対象となったのは今回暴走しているアースドラゴンよりもずっと小さな個体。
纏っている外殻もまだまだ脆く、だからこそ成功したと言えるだろう。
話を振り出しに戻すが、今回の場合はどうすればいいのか? 確実にアースドラゴンを無力化する方法はないのか?
その質問に対し、学者さんは「これは御伽噺の中でも登場した方法なのですが」と前置きして語る。
「我が国の英雄、英雄オーリオンが御伽噺の中でアースドラゴンを討伐しているんです。背中にある穴を攻撃してアースドラゴンを倒しました」
アースドラゴンの背中には食べた土や岩のカス――体内で消化しきれなかったものを外に噴出させる『排出口』があるという。
「それって御伽噺を作った人が創作した器官じゃないんですか?」
「いいえ、実際にありますよ。寝ているアースドラゴンの背中に登って調べましたから」
ドラゴン研究を行う研究者達の熱意にも驚いてしまったが、彼の言う御伽噺を書いた作者も元はドラゴン研究者の一人だと種明かしされる。
「この御伽噺は八十パーセントが事実だと言われています」
英雄オーリオンは実在した人物だし、作者が描くアースドラゴンは実際に研究して得た情報が使われている。
御伽噺の元となった話は二百年以上前の話らしいが、ダーレス王国の前身にあたる国の記録には公式記録として『アースドラゴンを討伐』と残されていたそうだ。
「つまり、倒せなくはないと?」
「ええ。八十パーセントが事実という部分を信じるなら」
「残りの二十パーセントは?」
「アースドラゴンが王国の姫を番にするべく攫ったという件の部分ですね」
アースドラゴンは人間に興味はないし、人間の中から『お姫様』を見分けることもないだろう、と。
「しかし、排出口が弱点になり得るという話は可能性が高いと思うんですよね。実際、背中に開いた穴はアースドラゴンの体内に繋がっていると思いますし」
ただ、これは彼個人が提唱する『仮説』に過ぎないのだ。
アースドラゴンを解剖した経験は国単位で存在しないので確証は持てないのだろう。
「私も事前にこの説を提唱したんですけどね。確証がないので拒否されました」
結果、確実性と実績のある『外殻破り』が採用されたという。
「まぁ、そもそも動いているアースドラゴンの背にどうやって乗るんだって話もありますが」
自分で言っておきながら難しい話ですよね、と彼は苦笑いを浮かべる。
「なるほど、背中に……」
彼の話を聞いた俺の感想としては「やれなくはない」だ。
御伽噺の中で採用された戦い方だとしても、実際にその排出口は背中にあるわけだし。
弱点になり得るかどうかは不確定だが、手段の一つとして採用するに値すると俺は思う。
アースドラゴンの背中に乗る手段も――俺には心当たりがあるしな。
「貴重なお話、ありがとうございます」
「いえいえ」
研究者さんと別れたあと、俺はユナさんと親父の元へ戻った。
そこで先ほど聞いた話を二人に聞かせる。
「ア、アースドラゴンの背中に?」
「その話を実際にやろうってのか?」
ユナさんは動揺、親父は呆れているって感じの表情だ。
「試す価値はあるだろう? 列車での攻撃と魔法使い達が奮闘しても無理なら次の手を実行するしかない」
その次の手が「背中に登って弱点を直接攻撃する」だ。
「いや、そうかもしれねえけどよ……」
親父がハゲ頭をポリポリと掻く間、遠くからボンと音が聞こえてきた。
振り返ると二度目の信号弾が空に上がっている。
「……無理だったか」
二度目の信号弾、それの意味は『失敗』の合図だ。
こちらに向かってくるアースドラゴンの進路は変わらず、また停止させることも叶わず。
「このままでは防衛ラインでの迎撃が始まる。その前にやれることは試したい」
故に俺は魔導鎧の左腕にある射出機の換装――初期に考案されたフックタイプにするよう申し出る。
「あれなら高い位置に登れるだろう? アースドラゴンの体に引っかけて背中まで登ろう」
「だが、決め手はどうする?」
親父は弱点を攻撃する手段は? と問う。
攻撃対象は背中に開いた「穴」だ。
杭デール君が向いているとは言えないし、ヒートブレードでも難しい。
しかし、俺は知っている。
新素材の威力を。
「ユナさん、結晶化個体の角を使いましょう。あれなら杭デール君並みの威力を出せるはずです」
結晶化したサンダーディアの角、あれを使う。
「確か研究所に運び込まれた分も持ってきていると研究者が言っていましたよね?」
何が起こるかわからないが故に、未だ使用用途が決まっていない希少な素材も現場にいくつか持ち込まれていることを列車の中で聞かされていた。
「複数の角へ一気に魔力を流して強力な雷を撃ち込めれば、アースドラゴンの体内へ直接攻撃を仕掛けられるんじゃないでしょうか?」
短く小さな角一つでも強い雷を発生させるのだ。
それが束になったらどうなる? 杭デール君とは違った、高威力な兵器になり得るのではないだろうか?
「……ありかもしれません」
思案していたユナさんも可能性を感じている様子。
「ならば、それでいきましょう」
「何をする気だ?」
背後から声を掛けられ、振り返るとそこにはシエル隊長とアルフレッド殿下、それにギブソン所長まで。
「二度目の信号弾が上がった。我々はこの場で迎撃の準備を始める。殿下や魔女殿には王都まで下がってもらうつもりなのだが」
そう語るも、シエル隊長の目には俺達へ何かを期待する色がある。
「実は――」
俺は三人に考案した作戦を語る。
意外にも三人は呆れるのではなく、真剣に俺の案に対して熟考してくれた。
「……やれるのかね?」
最初に問うてきたのはアルフレッド殿下。
「確証はありません。御伽噺と同じ方法ですから。しかし、やらないよりはマシかと」
この状況、全ての手を尽くさねば覆せない。
ならば、やる以外に選択肢はないはずだ。
「面白い。私は君達の案に乗ろう」
シエル隊長は目を爛々と輝かせながら頷く。
「……やるかどうかの判断は殿下にお任せしますが、使用する素材は持ち込んでおりますね」
ギブソン所長は判断を委ねるも、声音からは乗り気だ。
「……よし、やろう。ただし、実行するのは防衛ラインに到達する前だ。時間はあまり無いぞ?」
殿下は魔導具を用意できるか? と目で訴える。
「だ、大丈夫です! か、加工が必要な部分もありますが、協力すれば――」
「加工に関しては問題ない。連れて来た技術者に協力させる」
「れ、錬金術師さんもいますか?」
研究所が連れてきた技師は大砲やバリスタを製造する鍛冶師達が多かったはず。
中には錬金術師と呼べる人もいるのだろうか?
「それも問題無い。錬金術が必要なら私がやろう」
ギブソン所長は自ら立候補。
鋭い目つきに嘘はなく、同時に技術者としてのプライドを感じさせる雰囲気があった。
「やりましょう。国を救うために」
俺の言葉に全員が頷いた。




