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第5話 市場と書いてセンジョウと読む


 特別開発室配属となって一週間が経過した。


 この一週間でユナさんについてそれなりに分かってきたことがある。


 ズバリ、彼女は『だらしない』とうことだ。


 まず、朝になって俺が塔を訪ねると、必ずと言っていいほど彼女は起きていない。


 最初の仕事は寝室のドア越しに彼女を起こすことから始まるのだが、毎度毎度扉を開ける彼女の恰好が酷すぎる。


 だるんだるんのキャミソールかシャツにパンツという恰好で眠そうな目を擦りながら現れるのだ。


 その姿を見た俺は「ユナさんって内股と胸にホクロがあるんだ」と重大な事実を知るはめになった。


 この時点で俺の理性は二割ほど失われるが、なるべく見ないようにして一階へ降りつつも、魔獣との戦闘シーンを思い出して強制的に回復させる。


 次は着替えを終えたユナさんに朝食を出し、そこで毎日のように「美味しい」と笑う彼女の笑顔を見る。


 ここで俺の母性が二割ほど増える。


 朝食を摂った後、彼女は研究室に篭ってしまう。


 研究室から出てくる時は小腹が空いた時か、喉が渇いた時か、トイレに行く時のみ。


 夕食の時間までずっっっっと篭っている。


 一度、紅茶を持って訪ねた際に「外を散歩しませんか?」と問うたが、すっごく嫌そうな顔をされてしまった。


 総じて、彼女は『だらしない引き籠りエルフ』という生活を送っている。


 良く言えば『研究熱心』とも言えるのだが。


「さてと、そろそろ市場へ行くか」


 昼の三時まで塔の中で待機した後、俺は三十分ほど外出するのがルーティーンになりつつある。


 目的地は市場。


 ユナさんの夕食を作るため、材料を仕入れに行くのだ。


 最初は王城の厨房から食材をわけてもらおうとしたのだが、ユナさんに断固拒否されてしまった。


 彼女のトラウマは相当深いらしい。


 原因となった使用人については殿下に報告したが、あれからどうなったのだろう? 進捗がないし、まだ調査中かな?


「ユナさん、今夜は何を食べたいですか?」


 俺は標準装備となったウサちゃんエプロンを身に着けつつ、片手に買い物用のバッグを持ちながら。


 彼女の研究室を訪ねて希望を問う。


 これもルーティーンの一部と言えよう。


「今日は鶏肉が食べたいです」


「鶏肉ですか。では、鶏肉のソテーはどうでしょう? パンに挟んも美味しいですよ」


「お、美味しそう……。そ、それで!」


 ユナさんはニチャッと笑いつつも、口をモニュモニュとさせる。


 これは彼女が料理を想像して我慢できなくなっている顔だ。


 今日は早めの夕食にした方が良さそうだな。


「では、市場に行って参りますね」


「は、はい。いってらっしゃい」


 ユナさんに見送られつつ、俺は王城の敷地内を歩いて行く。


 門番の騎士に「ご苦労様」と言い、向こうも俺を見て会釈してくれる。


 最初は「どうしてエプロンを」なんて言われてしまったが、一週間も経てば見慣れてくれるもんだ。



 ◇ ◇



 王都の東区には全王都住民の台所、巨大な『王都市場』が存在する。


 新鮮な食材が揃う市場では平民も貴族も関係ない。


 いや、正確に言えば平民も貴族に仕える使用人や料理人も、と言った方がいいか。


 貴族が直接足を運ぶことはないが、貴族も市場で購入した食材を使った料理を食べていることには変わりない……はずだ。


「さて、鶏肉と……。野菜もいくつか買っておきたいな」


 この市場は宝の眠る海みたいなものだ。


 新鮮かつ質の良く、更には激安な食材が稀に発見され、それを見つけた購入者達によって戦争が起きる。


 王都の中で日々繰り広げられる戦争を生き延びるには、何より『情報』が必要だとこの一週間で俺は学んだ。


 故に俺はまず情報屋の元へ向かう。


「スチュワートさん。こんにちは」


「あら、ニール君じゃない。今日も買い物?」


 声を掛けたのは歴戦の主婦――肉狩りの狼獣人こと、スチュワートさん(五十六歳 女性)である。


「今日は三時からお肉の特売よぉ」


 スチュワートさんは犬歯を見せながらニヤリと笑う。


 肉に関してスペシャリストな彼女と出会えたのも幸運だが、今日の俺はもっとツイている。


「お隣さんの話によるとね? いつもの農家さんがもうすぐ露店を開くらしいのよ」


 スチュワートさんと共に特売時間を待っていたのは、野菜のスペシャリスト。


 ベジタブル・プロフェッサーこと、ヒューマン種のヘンゼルさん(四十歳 女性)だ。


「それは丁度良かった。今日は鶏肉のソテーにしようと思いまして、肉も野菜も必要だったんです」


「あら~。いいわねぇ~」


 ベジタブル・プロフェッサーは上品に笑う。


 彼女は中流階級の人間であり、家は雑貨商を営んでいるんだったか。


「うちも久々に旦那が帰って来るのよぉ~。だから、今日は奮発してお肉を多めに買おうと思って」


「スチュワートさんの旦那さんは傭兵業でしたか? でしたら、お酒も出してあげると喜びそうですね」


 歴戦の主婦であるお二人に頼ってばかりはいられない。


 俺は俺で男性が好む酒の種類と騎士仲間の間で『優良店』と評判な商会の情報を提供。


「そんなお店があったの! さすがはニール君。助かるわぁ~」

 

 おほほ、あははと俺達は市場の片隅で笑い合っていると――市場の中から「カランカラン」と鐘の音が聞こえてきた。


「来たわね」


「ええ」


 特売の合図。


 音の聞こえ方から察するに野菜農家さんがいつも出店している場所からに違いない。


 それと同時に鐘の音が聞こえた瞬間、お二人の雰囲気が激変する。


「――行くわね」


 そう言い残して最初に姿を消したのは、ベジタブル・プロフェッサーだった。


「ニール君も気を付けて。時間からして、次は肉屋で始まるわよ」


 次に肉狩りのスチュワートが「シャアアアッ!!」と野性味を丸出しにしながら突っ込んで行く。


 俺も負けていられない。


「フッ!」


 力強く地面を蹴り、俺達と同じく露店へ向かう主婦や料理人達の群れへ突っ込む。


「う、うわあああ! 押さないでくれえええ!」


「や、やめろおおお! 私はそっちに向かいたくないいいい!!」


 この市場は弱肉強食。


 足腰の弱い者は真っ先に淘汰される。


 最適なルートを導き出せない新人は人という大波に飲まれてしまう。


「おじさん! ニンジン一本とジャガイモを三つ! あとはオススメも頼む!」


「あいよ!」


 人の波に揉まれながらも、俺は欲しい野菜を入手することが出来た。


 それに加えて、おじさんオススメの葉野菜詰め合わせまで。


 今夜は豪華なサラダも追加だッ!!


『カランカランカラン』


「む――」


 肉屋が始まったか!


 俺はおじさんにお金を払うと、素早く体を翻すが――後ろから押し寄せる主婦達の圧に負けて一時的に動けなくなってしまう。


 すると、視界の端に素早く動く黒い影が見えた。


 肉狩りのスチュワートだ。


「ニール君、こっちよ」


「助かります!」


 彼女の慈悲により、俺は人の波から脱出。


「じゃあ、お先に」


 人助けした肉狩りのスチュワートはクールに走る。


 向かう先は同じく、肉屋だ。


「――集中しろ、ニール」


 カッと目を剥いた俺は人混みを見渡し、最適なルートを算出。


 ここだ。


 俺はスルスルと人混みを抜け、数分遅れて肉屋に辿り着く。


 既に肉狩りのスチュワート、ベジタブル・プロフェッサー両名の姿はない。


 市場の入口に顔を向けると、既にホクホク顔で帰路に着く二人の姿があった。


「さすがだ」


 俺はまだまだ鍛錬が足りないようだ。


「兄ちゃん、何買う?」


「鶏肉下さい」


 二人に比べて鍛錬は足りないが、この一週間で構築した情報網のおかげで無事に買うことが出来た。


 大満足の俺は店を後にするが……。


「何も買えなかった……。商品を見ることさえできなかった……」


 入口へ向かう途中、ガックシと肩を落とす料理人らしき姿が。

 

 適切な準備を怠った者は()を拝むことすらもできない。


 これが王都市場。


 弱肉強食の世界だ。


「……おや?」


 市場を出ると、先に帰路へ着いたはずのお二人が誰かと話している。


 このままスルーして帰るのもよろしくないと考え、俺はその背中に声を掛けた。


 このまま一言二言、買えた食材について話してから帰ろうかと思ったのだが……。


「ニール君、聞いてよ!」


「ニール君って騎士団にいたのよね!?」


 スチュワートさんもヘンゼルさんも興奮気味に話しかけてきて、二人はお話していた方――ドワーフの女性を手で示した。


「こちらは西区にある鍛冶屋の奥さん。彼女の家、盗難に遭っちゃったんですって!」


「盗難ですか?」


 話を聞くと、鍛冶屋を営む家に何者かが侵入。商品である武具を盗まれてしまったという。


 しかも、盗んだ者はよっぽど目利きが利くらしく、店の奥に保管しておいた高額な武器ばかり盗んでいったらしい。


「それは酷い。騎士団に通報しましたか?」


「ええ……。捜査はしてくれると言っていたけど……。最近、王都で盗難が多いんですって」


 ここ一週間の間、何件もの店から盗難届が出されていると現場検証にやって来た騎士が語っていたそうだ。


 俺がまだ騎士団にいた頃は盗難被害など聞かなかったし、転属になったタイミングと重なったようだ。


「連続した盗難被害ですか。王都内に窃盗団が入り込んだ可能性もありますね」


「まぁ、怖い……」


 三人とも「どうしましょう」と怖がってしまった。


 いかん、余計に不安を煽ってしまったか。


「自分の方からも騎士団に呼び掛けておきます。皆さんも戸締りには注意を。出来れば鍵を二重にするなど、対策を施した方が良いと思います」


 何かあれば遠慮なく自分か騎士団に伝えて下さい、と助言をしておきつつ、俺はその場を後にした。



 ◇ ◇



「ということがあったんですよ」


 ユナさんにチキンソテーを出しつつも、雑談のネタとして『窃盗事件』を語って聞かせた。


「王城の敷地内は夜も警備が行われていますが、ユナさんも戸締りには十分注意して下さいね」


「は、はい。でも、ここに来ても盗むものなんて……」


「いや、ありますけど。むしろ、重要な物ばかりですけど」


 もっと懸念すべきはユナさんの身だ。


 仮に犯人が塔の忍び込み、寝ているユナさんの恰好を見てムラムラした末に手を出してしまったら。


 犯人も殺されるだろうが、とばっちりで俺も処刑されるんじゃ?


 夜は護衛任務から外されているとはいえ、管理不足として責任を問われたら……。


「ん?」


 だらしないユナさんのことだ。


 どうしたの? と言わんばかりに首を傾げている彼女が戸締りを忘れることなど容易に想像できてしまう。


 今夜は最後に窓の鍵を全てチェックし、扉の鍵も合鍵を使って絶対に締めた上でダブルチェックを欠かさず行ってから帰ろう。


 そんなことを考えていると、ユナさんが俺をチラチラ見ていることに気付いた。


「どうしました?」


「あ、あの……。ニ、ニールさんは盗難された物、見つけたいですか?」


「え? そうですね。騎士として、悪事は許せませんから」


 それに被害に遭われたのは有益な情報をくれる方々の知り合いらしいし。


「な、なら! いい物があります!」


 ユナさんはフンスと鼻息を荒くしながら前のめりに立ち上がり、俺にズズイと顔を近付けてきた。


 ぷるんと揺れる胸と谷間に視線を奪われてしまい、俺の理性は三割減った。


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