第49話 ドラゴンの脅威
国内は結晶化個体の出現で騒ぎになっているものの、特別開発室の日常はそこまで大きく変わらない……と、思っていたのだが。
早朝に塔へ出勤し、ユナさんを起こして、彼女と一緒に朝食を食べていると玄関のドアが激しく叩かれる。
「ひゃっ!」
音にびっくりしたユナさんは齧っていたパンを皿の上に落としてしまい、さすがの俺もびっくりして肩が跳ねてしまった。
「何事でしょう?」
玄関ドアを開けると、そこに立っていたのはアルフレッド殿下の護衛でもあるランディ氏だ。
「ランディ殿? どうしました?」
肩で息をする彼に問うと、彼は顔に焦りの表情を見せながら言う。
「緊急事態です。至急、殿下の執務室に」
「え?」
ランディ氏に促され、俺とユナさんは朝食を放置したまま殿下の執務室へと向かうことになった。
緊急事態とは何事だろうか?
また結晶化個体が現れたのか? しかし、いつも執務室で殿下とお話するのは俺一人だけだったが、今回はユナさんも一緒に?
頭の中に疑問符を浮かべながらも、俺とユナさんは殿下の執務室へ入室。
殿下は窓の外を眺めていたのだが、振り返った殿下の顔にも若干の焦りが見られる。
「マズいことになった」
開口一番の言葉がこれ。
いつも飄々としている殿下が本気で「マズい」と思っていることが窺える声音だった。
「南のダーレス王国、あそこにアースドラゴンが生息しているのは知っているね?」
「え、ええ」
ダーレス王国は建国以降、アースドラゴンと共存してきた国だ。
国内には多種多様なラプトル種も生息しており、ラプトル種からドラゴン種に関する研究も盛んな国である。
ここまでは誰でも知る常識の範疇なのだが……。
「ダーレス王国のアースドラゴンが動き出した」
「動き出した? 幼体の巣立ちによる移動ですか?」
ダーレス王国に生息しているアースドラゴンのうち、最大の個体は全長十キロメートルにもなる成体個体が二体。番となってダーレス王国内に生息している。
この最大個体が子を産み、幼体が全長五百メートルを超えると親元を離れて独自の住処を探し出す。
これが『アースドラゴンの巣立ち』と呼ばれる行動だ。
ただ、アースドラゴンは五十~五十五年くらいの周期で卵を産み、孵化までの時間は一年以上かかると言われている。
その間にダーレス王国が卵の存在や孵化までの時間を予測し、孵化後も経過を観察しながら巣立ちまでの予測年数を周辺国に伝えているのだ。
巣立ちが近くなればフォルトゥナ王国にも通達され、予想期間内には十分にご注意下さいと全国民にも通達されるはず。
しかし、ここ数年にそういった通達はなかったはずだが。
「巣立ちではない。暴走だ」
「暴走? 外敵が現れたのですか?」
アースドラゴンという種は基本的に動かない。
ドラゴン種の中でも一際大きく育つせいか、普段は力を貯めるかの如く地面に寝そべって静止していることがほとんど。
ダーレス王国に生息する二体のアースドラゴンも隣り合って静止しており、体は地面にめり込んで大地と一体化しているんじゃないか? と首を傾げたくなる状態になっているとも聞く。
そんな大人しく、日頃から動かないドラゴンは一部の間で「ぐーたらドラゴン」とも呼ばれているのだが、そんなぐーたらドラゴンが巣立ち以外で動き出すのは『敵が現れた時』である。
同じくドラゴン種であり、外敵にもなり得るファイアドラゴンなど、自分の身を守る時にアースドラゴンは動き出す。
ただ、巣立ちの通達と同じくファイアドラゴンが現れたという報告はダーレス王国から通達されていない。
次点で考えられるのは、どこぞの馬鹿人間がアースドラゴンに挑んだ場合だ。
人間の攻撃なんぞでアースドラゴンが動き出すのも珍しいのだが、過去には『当たり所が悪くてアースドラゴンの機嫌を損ねた』なんて報告も。
いくら大人しいと言っても、相手だって生き物。それにドラゴンなのだ。
ウザったいとか、邪魔だ、なんて感じにイラつくことだってあるだろう。
「いや、そういった類ではないようだ。既に巣立ちを終えて大人しくなっていた幼体が急に暴れ始めたようでね」
暴走しているのは数年前に巣立ちを終えた幼体らしく、急に鳴き声を上げながら地面を転がるように暴れ出したという。
大暴れした幼体は住処であった森を平らにしてしまい、そこから立ち上がって移動を開始。
「既にダーレス王国内では二つの街が踏み潰されて崩壊している」
暴走している個体は幼体と言えども全長五百メートルを超える巨体だ。
普段は大人しい反面、歩いただけでも人間にとっては大災害になり得る。
「更に問題なのはアースドラゴンが北上していること。このまま北上を続ければフォルトゥナ王国領土内に進入し――」
「……王都にも到達する可能性が?」
アルフレッド殿下は静かに頷く。
「現在、王国南部ではダーレス王国の協力を得て迎撃態勢を整えている最中だ。国境沿いで食い止めることが出来ればいいが……」
アースドラゴンの停止、あるいは進路変更が失敗に終われば南部南端にある街は踏み潰される可能性が高い。
「これは国の存亡を賭けた一大事だ。我々は南部に向かい、第二防衛ラインの構築を行う」
現場を指揮する総大将としてアルフレッド殿下が選ばれた。
殿下は持てる戦力を率いて南部へと移動することになる。
となると、直下の組織である俺達も――ということだろう。
いや、俺だけかな?
「戦力の一人としてニールにも参戦してもらいたい。ユナ君は王都で対ドラゴン用の兵器を考案――」
「わ、私も行きます!」
とんでもないこと言い出しちゃった……。
「対ドラゴン用の兵器を作るにしても、現地で作った方が早いですっ!」
「い、いや、しかし……。さすがに今回は危険すぎるだろう?」
殿下は俺をチラリと見ながら「止めてくれ」と言わんばかりの視線を送ってくる。
しかし、俺が何か言う前にユナさんは覚悟を決めてしまったようだ。
「ニ、ニールさんだけを危険な場所へ向かわせるのは不公平です! わ、私だって特別開発室の一員ですからっ!」
必死に訴えるユナさんは退きそうにない。
そんな態度を見せる彼女に悩む殿下だったが、そこへ助け船を出したのはランディ氏だった。
「殿下、第二防衛ラインの構築予定地には線路が敷かれています。いざとなったら列車で王都まで逃げられますよ」
それはユナさんだけじゃなく、殿下の撤退手段としても用いられるだろう。
つまり、本格的にヤバくなったらご自身で連れて帰れるよ、という提案である。
「現地に優秀な技術者がいるのは強みか……。よし、危険が迫ったら王都へ撤退する。この約束を守れるなら連れて行こう」
「は、はい!」
ユナさんは何度も頷いて了承する。
「二時間後には出発する。その間、使えそうな物は全てかき集めて準備してくれたまえ」
二時間後、塔の前で集合ということになった。
俺達は指示通り準備を始め、塔にある未発表の試作品も含めて魔導具をありったけ木箱に詰める。
それらを塔の外に運びだし、あとは運搬要員にお任せってタイミングで気付いた。
「グレンにも一応、伝えましょうか」
「そ、そうですね」
彼も特別開発室の一員だ。
何も教えずにのけ者にするのはよろしくない。
というわけで、ドラゴン退治に出かけてくると伝えると――
「馬鹿野郎! 俺も行くに決まってんだろ!」
ドラゴン退治は男の夢! なんて、ひと昔前の人間ぽいことを言う。
いや、実際にひと昔前の人間か?
何にせよ、彼はやる気満々で準備し始めたのだ。
「おら、ニール! 運ぶのを手伝えよ!」
ユナさんの魔導具に加え、これまでグレンの親父が趣味で作った大物武器までもが荷物に加わった。




