第48話 悪化していく状況
急遽決定した杭デール君増産計画は順調に進み、遂に初回分の製造が完了。
初回分は第一から第三部隊へ配備され、上位三部隊は最新式の『対結晶化個体用装備』を用いて行動することが可能となった。
特別開発室の一員としては嬉しい反面、あまり嬉しくない知らせも舞い込んでくる。
「やはり、他の領地でも結晶化個体が確認されたよ」
そう告げるのは、塔のリビングで紅茶を飲むシエル隊長だ。
「次はどこに出現したのです?」
「西部と東部だな。どちらも数は十体以上。確実に数は増え続けている」
クーデット伯爵領の壊滅は記憶に新しいが、そこから更に西へ行った地点で十体の結晶化個体が発見された。
隣国との境目にある大河の付近で発見されたらしく、現在は第二部隊が急行しているという。
東部に関しては北東寄りで発見されたようで、東部に向かった第三部隊も駅のある街から結構な距離を行くことになるだろう。
「どちらも領地の奥ですか」
共通しているのは、どちらもフォルトゥナ王国領土内の奥深くに発見現場があること。
隣国との境目に近く、地方領地における魔導列車用線路の普及工事が未だ終わっていない地点だ。
派遣された第二・第三部隊は各地方の中心地にある駅まで列車で移動し、そこから馬で移動することになる。
馬での移動距離も長く、現場に到着するまでは二日くらいかかるだろう。
「現着まで時間が掛かるのは厄介だ。早々に線路を敷いて欲しいよ」
便利な移動手段に慣れてしまったから、ということもあるのだろうけど、騎士団としては移動時間の短縮は非常に有益だ。
今回のような場合も国内隅々まで線路が敷かれていたら、即座に現着して問題へ対処できる。かつ、即座に王都まで戻ってもこれる。
「王都はどうです? 未だ警戒警報が出ていますが」
もちろん、王都近郊も未だ安全とは言えない。
「確実に外を行く者は減ったよ」
近くの街まで馬車移動したい商人の中には多数の傭兵を雇って移動する者もいれば、移動自体を取りやめる者もいる。
今は魔導列車があることで物流輸送に大きな問題が生じることはなくなったが、列車が無くて馬車での移動だけだったら……。食料や生活必需品が行き届かない街も出ていたことだろう。
こういった面から考えても、アルフレッド殿下による魔導技術普及の政策は大成功と言えるだろう。
「ただ、このような状態が長く続くのはよろしくない。国民は毎日不安を抱えて過ごさねばならないし、自由に移動できないことへストレスも感じ始めるだろう」
となると、一部の人間が暴走して下手な被害を出してしまうことも。
そうなると騎士団の仕事も増えるし、更に人手が足りなくなってしまう。
「悪循環ですね。早々に原因を突き止めないと」
「今、うちの隊が研究者達を連れて調査しているが……。どうだろうな」
魔獣研究室の研究者達が原因を探るべくフィールドワークに出ているらしいが、シエル隊長の反応を見るにあまり進捗はなさそうだ。
「ところで、新しい試作兵器はどうだ? 何か作っていると聞いたが」
シエル隊長は天井を見上げるが、彼女の視線は研究室でレポートを書いているユナさんへ向けられているのだろう。
「今は結晶化個体の素材について試験しています。通常個体の素材よりも優秀であることは立証できました」
これらの実験について語りつつ、もう少し素材のサンプルが欲しいことも彼女に伝えてみた。
「なるほど。ならば、うちが討伐した素材を特別開発室へ回すよう伝えておこう」
「良いのですか?」
「ああ。今回の状況を鑑みて、研究所も騎士団もより強力な兵器を求める流れが来ているからな」
あまり期待していなかったのだが、言ってみるもんだな。
ただ、彼女の本音は――
「新しい素材の研究が進めば、それを利用した私の槍が作られるだろう?」
忘れてないぞ、とばかりに自身の要望を口にする。
「ユナさんも忘れてはいないと思いますよ。状況がひと段落したら作ってくれると思いますが」
「楽しみにしておこう」
笑みを浮かべたシエル隊長は紅茶を飲み干して席を立つ。
「そろそろ暇しよう。長居しすぎるとキルシーに怒られてしまうからな」
そう言う彼女を玄関まで送ると、振り返った彼女は俺の顔を見て微笑む。
「状況が落ち着いたら一緒に食事でもどうだい?」
「え? ええ、ご一緒させて頂きます」
「そうか。そちらも楽しみにしているよ」
最後にニヤッと笑ったシエル隊長は塔を後にした。
俺は彼女の背中を見送りつつ、装着していたエプロンの紐を結び直す。
「さて、夕飯の準備に取り掛かるか」
大変な状況だが、日々の仕事もちゃんとこなさないと。
今夜はレポート作りに勤しむユナさんのためにも、彼女の好きな料理を作ろうと気合を入れ直した。
◇ ◇
同日、深夜。
「嘘だろ、嘘だろ!!」
フォルトゥナ王国の南にあるダーレス王国の北部では緊急事態が発生していた。
その知らせを伝えるべく、ダーレス王国の騎士は馬を全力で走らせながら街道を北上。
「頼む、もう少しだ! 頼む!!」
限界を迎えそうな馬を鼓舞しながらも、街道の先にある街へと駆け込んだ。
壁に囲まれた街の門へ到達すると、役目を終えた馬は崩れ落ちてしまう。
「おい、どうした!? 大丈夫か!?」
跨っていた騎士は地面に放り出される形となってしまったが、彼は這いながらも駆け寄ってきた門番へ腕を伸ばす。
「た、大変だ!! 大変なんだ!!」
焦燥感に満ち溢れる騎士の顔を見た門番はただ事じゃないと感じただろう。
彼の腕を掴んで立たせながらも、口から出る言葉を待つ。
「ア、アースドラゴンが、アースドラゴンがこの街へ向かってる……!」
「は?」
だが、待って出た報告は門番達の思考力を一瞬にして奪うものであった。
ダーレス王国内にはドラゴン種の一種、アースドラゴンが生息している。
アースドラゴンはドラゴン種の中でも比較的大人しく、気性の荒いファイアドラゴンなどと違って『共存』できる存在だ。
現に建国当初からアースドラゴンと付き合ってきたダーレス王国は、その生態や性質を熟知している。
長い年月を経て得た経験値から「刺激しなければ問題無い」という結論を得ていたのだが……。
「おかしい、おかしいんだよ!! 大人しかったアースドラゴンが急に暴れるように……! もうコパンの街は踏み潰されちまった!」
大人しいはずのアースドラゴンが急に暴れ始め、暴走するように走り出した。
ドラゴン種の中でも一際大きな体を持つアースドラゴンは、歩き出すだけでも人間達にとって脅威となる。
現に南にある街はアースドラゴンの進行で踏み潰されてしまい、既に街としての機能は失われてしまったという。
「つ、次はここか!?」
ようやく状況を理解した門番は慌てながら問う。
騎士は弱々しく頷き、門番へ縋りつきながら叫ぶ。
「ひ、避難だ! とにかく、街の人を避難させないと!」
門番は仲間に状況を伝え、領主にも伝え、街の人達をアースドラゴンの進行ルートから避難させることになった。
しかし、避難から数時間後――暴走するアースドラゴンは容赦なく街を踏み潰す。
巨大な四つの足で踏み潰し、長い尻尾で瓦礫を吹き飛ばしながら。
『ギュオオオオッ!!』
アースドラゴンは悲鳴のような鳴き声を上げ、更に北上していく。




