第47話 角の出力検証
杭デール君の増産が始まってから三日が経過した。
内部パーツの核である魔導回路を製造するユナさんは連日研究室に籠りっきり。
どうやったらそんなに集中できるんだ、と驚愕するほどの集中力を毎日長時間維持し続けている。
「ユナさん、紅茶をお持ちしましたよ」
研究室に紅茶を持っていくと、ユナさんは相変わらず集中しっぱなし。
俺の声にすら気付いていないようだ。
材料が散乱する机の上じゃなく、サイドテーブルの上に紅茶を置く。
集中しているようだし、このまま静かに立ち去ろう――と考えたのだが。
「んにぃぃぃぃ~!」
ユナさんは急に変な声を上げながらも体を伸ばす。
体を伸ばしながら椅子を回転させ、大あくびをしながら……俺と目が合った。
最近は研究室に籠りっきりということもあり、ユナさんはだるんだるんなキャミソールにカーディガンを羽織っているだけ。
ぐっと伸びた体が元に戻ると、彼女の大きな胸がぶるんと弾む。
しかし、本人はそれよりも大きなあくびを見られたことが恥ずかしいらしい。
サッと口を手で覆いながらも顔が赤くなっていく。
「い、いたんですか」
「ええ、すごい集中力でしたね」
先ほどの声と伸びは長時間集中してた代償なのだろう。
「進み具合はどうですか?」
「も、もう少しで終わりそうです。遅くても今日の夜には終わります」
進捗も想定より早く、予定している納期には間に合いそうだという。
「で、でも、ちょっと気分転換したいです」
とは言え、休憩も大事。
ユナさんの気分転換したいという要望は出来る限り叶えて上げたいところだ。
「買い物に出ますか?」
「い、いえ、買い物よりも結晶化素材の検証をしたいです」
仕事熱心と言えばいいのか、何というか。
いや、ユナさんらしいか。
「しかし、王都の外にでは出れませんよ?」
度重なる結晶化個体の出現により、現在は騎士団と王城から全国民に『警戒警報』が出されている。
国民に「絶対に外へ出てはいけない」と強制するレベルじゃないが、街から街への移動には要注意。自己責任で、といった感じの警告だ。
ただし、ユナさんは別。
アルフレッド殿下から「しばらくは安全のため外に出ないように」と厳命されているからだ。
二度も結晶化個体と遭遇しているので当然と言えば当然だが。
「だ、大丈夫です。今回は角の出力検証ですから」
塔の脇で出来ます、とユナさんはピカピカに掃除された魔導鎧へ近付く。
左腕に装着された射出機からサンダーディアの角を外し、それをポケットにしまった。
「この装置を外の作業台へ運んでくれますか?」
やや大型の装置を運搬するよう頼まれる。
大きさとしては小型の木箱くらいだろうか? 両手で抱えて持ち上げないと厳しいサイズだ。
それを外の作業台まで運ぶと、ユナさんは検証の準備を始める。
「は、運んでもらった装置はマナジェルを魔力へ変換するものです」
魔導鎧や魔導具などに搭載されている物より遥かに大型だが、その理由は昔に作られた機材だかららしい。
ユナさんが小さい頃から使っている物で、元は彼女のお爺様から譲り受けた愛着ある品なのだと説明された。
因みに現在の魔導具に搭載される物は小型化に成功されており、ユナさんの持つそれは『骨董品』の部類に入るものらしい。
それでも使い続けるのは、検証するにあたって必要な細かな出力調整が可能なところ。
加えて、先ほど語ってくれた通りお爺様との思い出が詰まった品だからなのだろう。
「ここにマナジェルの入ったカートリッジを差します」
装置の側面にある挿入口にマナジェルカートリッジを差し込み、その後に起動スイッチをオン。
ウォンウォンと独特な音を鳴らす装置に取り付けられたランプが赤から緑に変わった。
「準備が完了したら、素材を装置に装着させます」
ポケットから取り出したサンダーディアの角。
既に射出機へ搭載できるよう加工が済んでいるので、角のお尻に取り付けられた金属ソケットの位置を合わせて装置へ押し込むだけ。
魔力供給口のオスとメスが噛み合い、これで素材に魔力が流れる。
昔も今も魔力供給用のソケットは規格が変わっていないんだな、と感心してしまう。
「こ、このツマミで魔力供給量を調節できるんです」
ユナさんが指差したツマミとその機能は、魔導鎧の胸部パーツ内にある物と同じだ。
ただ、こちらの装置は『0.1』ずつの調整が可能。
魔導鎧の方よりも細かな調整が利くようで、さすがは専用装置といったところか。
「確か、魔導鎧側での設定は『二』でしたっけ」
既に行った検証で使用している供給量の設定は『二』である。
それ以上にすると、角は徐々にカタカタと振動を起こしてしまうからだ。
「そ、そうです。その振動が気になっていて」
最初に見た素材の振動。
ユナさんはあれがどうにも気になっているらしく、初めて見た日から今日までずっと頭から離れなかったと語る。
そんなに? と思う一方、この好奇心と興味への渇望が優秀な技術者へ成長させる秘訣なのかとも感じてしまう。
「ちょ、ちょっとずつ上げていきましょう」
初期設定の『二』から徐々に供給量を上げていく。
供給量が『三』の時は小さくカタカタと鳴る程度だったが、数値を『五』まで上げると本格的に振動を開始。
倍の『六』まで上げてみると、今度は角が強く発光を始めた。
更に『七』まで上げると、発光する角の先端がバヂバヂと鳴り始めて、帯電する雷が徐々に角の先端へと移動していくのが分かった。
「だ、大丈夫なんですか!?」
供給量を上げていないのに、角の光は徐々に強くなっていく。
「あっあっ」
ユナさんは慌ててツマミを戻していくが、角の起こす現象は止まらない。
これはマズそうだと判断し、俺は慌ててユナさんを抱き寄せる。
その瞬間だった。
ドンッと強烈な音が鳴ると共に凄まじい光が天へ向かって放たれる。
いや、光じゃない。
空に向かって放たれたのは雷だ。
「う、うわあ……」
「…………」
ユナさんは俺の腕の中で驚きの声を上げ、俺は空を見上げながら言葉を失ってしまう。
「な、何事ですか!?」
驚きの事態に敷地内を警備する騎士までやって来てしまい、俺は慌てて事情を説明。
若干ながら怒られながらも、騎士は「気を付けて下さいね」と注意喚起して去って行った。
「あれは? 雷が放たれたように見えましたが」
「は、はい。その通りだと思います」
ユナさんはここで一つの仮説を口にする。
「結晶化したサンダーディアは角から雷を放てるんじゃないでしょうか?」
通常個体のサンダーディアは帯電した角を武器に突進してくることがある。
雷を魔法のように飛ばして攻撃する、といった行動は見たことも聞いたこともない。
ただ、全体的に能力が向上した結晶化個体ならどうだろう?
あり得る話じゃないだろうか?
「しかし、自分と戦った個体は雷を飛ばしてきませんでしたよね?」
ただ、戦闘時に『雷を飛ばされた』という経験はない。
たまたまその手段を使ってこなかっただけだろうか?
「たぶん、チャージに時間が掛かるんじゃないでしょうか? 今回の実験でもかなりの魔力量を角に流しましたし」
結晶化したサンダーディアがどれだけの魔力を体に蓄積されているかは不明であるが、一秒二秒そこらで溜まる量じゃないのも実験が証明している。
一定量を休まず供給する装置を用いて、供給量を徐々に上げながらも十秒以上の供給が必要だった。
これを生き物が行うとしたら、どれくらいの時間が掛かるのか。
「なるほど。魔獣といえどそう簡単にはできないこと、というわけですか」
「は、はい。魔導具ならではことかもしれませんね」
待てよ?
この現象、ユナさんが目指してる「誰でも使える魔法」に利用できるんじゃないか?
「ユナさんっ! これって大発見じゃないですか!?」
俺は興奮気味に利用できるんじゃないか、と問うも、ユナさんは苦笑いを浮かべながら角を指差す。
「ちょっと難しいかもしれませんね」
装置に取り付けられた角は先端が溶けていた。
雷を一撃放っただけで、素材はオシャカ。こうなっては少々厳しい。
一撃毎に素材を交換しなきゃいけないし、そうなればコストがかさむ。そもそも結晶化個体の素材なので希少性が高すぎる。
「ダメか……」
ガックリと肩を落とすが、反してユナさんは落胆する様子が見られない。
「でも、良い検証でした。結晶化素材とはいえ、魔獣の素材で雷魔法を――魔法に似た現象を放つことができたんですから」
可能性はゼロじゃない。
他の魔獣素材にも同じ効果を起こすモノがあるかも、と前向きな姿勢を見せる。
「な、何事も一歩ずつ! ですよ、ニールさん!」
「……そうですね。諦めずに頑張りましょう」
ユナさんと一緒に頷き合いつつも、俺は『小さな一歩』を感じ取った。
 




