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第46話 協力要請


 結晶化個体と変異したブラウンボアを研究所に運び込むと、研究者達は「またですか!?」と声を上げた。


 さすがに彼らも短いスパンでの出現に驚きを隠せないようだ。


「やはり、異常だと思いますか?」


 研究室の主である中年研究者に問うてみると、彼は伸びっぱなしになった無精髭を撫でながら唸る。


「うーん、前例がありませんからね。そもそも、フォルトゥナ王国内では結晶化個体の出現自体が稀ですし」


 出現自体が稀であり、魔獣の結晶化に関するプロセスや原因も判明していない。


 研究室では前回運び込まれたサンダーディアを解剖しながら調べているが、今のところは何もわかっていないという。


「ただ、一番面白いのは魔力袋が完全に結晶化している点だね」


「魔力袋?」


「そう。魔獣が持つ魔力を貯める器官。それが真っ先に結晶化しているみたいなんだ」


 魔獣の結晶化は、その名の如く体が徐々に結晶化していく現象だ。


 その過程で魔獣の身体能力や種類による特徴が強化されていくことで、通常個体よりも強力な戦闘能力を発揮する。


 結晶化が進行していく中でも、真っ先に結晶化すると推測されているのが『魔力袋』と呼ばれる器官であるようだ。


「経過によって他の臓器も結晶化していくんだけどね。君が運び込んだ個体の魔力袋は既にカッチカチに結晶化していたよ。見た目は魔石みたいになってたね」


 まずは魔力袋が結晶化、その後は他の臓器や肉が結晶化していくのではないか? と彼は推測を口にした。


「どうして魔力袋が先に結晶化するんでしょう?」


「さぁ? そこまではまだ分かっていないね」


 続けて、俺は最も気になる答えを彼に求める。


「結晶化が続いたら、魔獣はどうなってしまうんでしょうか?」


「それも未だに分かっていないねぇ。他の国でも結晶化した個体は優先的に討伐されてしまうからね」


 彼は「まぁ、討伐しないと被害が増大するのだから仕方ないね」と苦笑い。


「ただ、いくつか仮説は学会で話されているよ。最終的に完全な結晶となり、魔獣の形をしたオブジェが完成されるんじゃないか? とかね」


 この仮説は『最も楽観的』らしいが、他にも様々な仮説が研究者の間で囁かれているらしい。


「最も危険な仮説は『別の何かに変貌する』ってやつかな」


「別の何か?」


「そう。結晶化が進む魔獣は体の一部が変異していくわけだろう? それも尚、魔獣は活動を続けている。身体機能が落ちるどころか、強化されているわけだ」


 普通に考えれば逆じゃないか? と。


 肉体どころか臓器までもが結晶化していくということは、生物が持つ生命維持機能が徐々に低下していくと考えるのが通常だろう。


 先ほど挙がった魔力袋が結晶化してしまえば、体内に魔力を貯められなくなってしまうと考えるのが妥当だ。


 しかし、結晶化個体はそれに逆行している。


「どんどん生物として強くなっていっている。強くなって、強くなって、その果ては?」


 我々人間達が考える『魔獣』とは別物の何か。


 現状の生物学の範疇を超える何か。


 結晶化とは、全く新しい生物へと昇華する過程なのではないか? と考える研究者も少なくはないらしい。


「繰り返しになるけど、その結果を見ようにもリスクが高すぎる。結晶化が進んだ個体はどんどん凶悪になって、我々人間を簡単に殺す存在になるのだからね」


 研究者として興味はあるが、人の命を天秤には乗せられないと彼は首を振って否定する。


「まぁ、地道に一歩ずつ進めていくしかないさ」


「そうですね」


 少々の雑談を終えたところで、俺は研究室をお暇することに。


 また何か分かったら教えて下さい、と告げて研究室を後にした。


「さて、次は……」


 また結晶化個体と遭遇した件を殿下にも伝えた方がいいか。


「……いや、その前に魔導鎧を脱ぐか」


 研究所の敷地を出たところで、俺は自分の状態を改めて確認する。


 装着している魔導鎧は血まみれだ。


 街中を歩いている時も小さな悲鳴が上がったくらいだし、この状態で王城に足を踏み入れるのもよろしくはないだろう。


「報告が終わったら洗わないとな」


 魔導鎧の洗浄を心に決めつつも、塔に向かって歩き出す。


 王城の敷地に入り、塔に向かう道を歩いていると――先に見覚えのある後ろ姿が二人分あることに気付いた。


「シエル隊長? それに……ギブソン所長?」


 二人の名前を口にすると、二人は同時に振り返る。


「ああ、丁度良かった。君達を訪ねに――って、どうしたんだい? その恰好? 魔獣と戦ってきたのか?」


 シエル隊長は用件を口にしながらも、やはり血まみれな俺の状態に首を傾げる。


「ええ、実は――」


 シエル隊長とギブソン所長に結晶化個体の件を伝えると、話が進むにつれて二人の顔が険しくなっていくのが分かった。


「また王都にも現れたのか」


 そう言って眉間に深い皺を作るギブソン所長だったが、俺は彼の言葉に引っ掛かりを覚える。


「王都、にも? 別の場所でも結晶化個体が?」


「ああ。西部に現れてね。クーデット伯爵領の領主街は壊滅した」


「は?」


 シエル隊長が口にした言葉を俺は上手く認識できなかった。


「壊滅? 街が?」


「そうだ。出現した結晶化個体はサンダーディアが六体。ゴムフロッグは四体だ」


「じゅ、十体も? 一度にですか?」


 未だ信じられない俺にシエル隊長は無言で頷く。


「報告のために我々第一部隊は一足早く帰ってきたのだが……。私達の報告を聞いた騎士団も王城も異常事態だと決定を下した」


「そこで、特別開発室に協力を願うことにした」


 シエル隊長が語ったあと、ギブソン所長は険しい顔で言葉を続ける。


「例の新型試作兵器、あれが結晶化個体に有効だと判明してな。急遽増産することになった。そこで彼女に頼みたいことがある」


「……なるほど。なので、塔へ」


 ギブソン所長は無言で頷く。


「承知しました。参りましょう」


 俺は二人と共に塔へ。


 塔に戻るとまだグレンの親父もいてくれて、丁度良いと彼も交えながら話すことに。


「例の試作兵器をまずは二十機ほど増産したい。うちの技師に魔導回路を学ばせる時間がないので、今回は特別開発室で用意できないだろうか?」


 複雑な魔導回路を複製製造するにも時間は掛かる。


 全て手作業だし、複製するために回路自体を理解する時間も必要だ。


 しかし、現状はその時間もない。


 また結晶化個体が出現する可能性は高いし、クーデット伯爵領と同じように複数体が一気に出現する可能性もある。


 即座に対応できるよう、杭デール君の量産はなるべく急ぎたい。


 そこでユナさんだ。


 設計・開発を行ったユナさんなら魔導回路を難無く量産できるだろう。


「他にも複雑な技術を必要とするパーツはあるかね? そちらは――」


「そっちは俺がやってやるよ」


 名乗りを上げたのはグレンの親父だ。


「研究所から腕の良い鍛冶師を二~三人貸してくれ。そうすりゃ、三日で仕上げてやる」


 親父は迷うことなく納期を宣言した。


 自信たっぷり。出来ないわけがない、と言わんばかりに。


「承知した。三人用意して向かわせよう。材料もこちらで用意する」


「そりゃ助かるね。請求書を作る手間が省ける」


 ニヤリと笑った親父はやる気満々だ。


「ケベック殿の方はどうかね?」


「わ、私の方は四日で用意します。材料を用意して頂けるなら……」


 チラリとギブソン所長の顔色を窺うユナさん。


 ギブソン所長は「もちろん」と頷く。


「装着に必要な魔導鎧の専用腕部は研究所で製造しよう」


 これは既に研究所が魔導鎧の製造に慣れているからだろう。


「話は纏まったな。治安維持のためにも協力してもらいたい。状況によってはニールも借りるかもしれん。結晶化個体との戦闘経験を持つ人員は貴重だからな」


 最後にシエル隊長は俺に向かってニヤリと笑う。


「それは勿論構いません」


「そうか。では、その時が来れば遠慮せずに要請しよう」


 その時は来るのだろうか?


 来ない方が――いや、増産する杭デール君も「結局は使わなかったね」くらいの方が良いのだろうけど……。


 結晶化したブラウンボアとの遭遇にクーデット伯爵領で起きたこと、両方を考えると現状が杞憂で終わるとはどうにも思えなかった。


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― 新着の感想 ―
フラグが立ちましたね、、、 頑張れ狂戦士ニール♪
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