第45話 第一部隊 結晶化個体討伐任務
時間は少し遡り、ニール達が塔の隣で試験を行っている頃。
王国西部にあるクーデット伯爵領は大嵐が通過したかのような、悲惨な状態になっていた。
建物は破壊され、未だ燃えているものさえある。
道には崩れて飛び散った瓦礫が散乱し、誰がどう見ても『廃墟となった街』としか思えない惨状だ。
隣接する騎士団の駐屯所も大きなダメージを負い、駐屯所内にあった建物もほぼ壊滅。
現状ではタープやテントを張って凌いでる、という状態だった。
怪我した騎士も多く、臨時で作られた医療所の外には多数の人間が寝かされている状況。
少し離れた場所では死亡した騎士の遺体を手厚く扱う騎士達の姿も見られた。
「……こりゃひでえ」
悲惨な現場にやって来たのは、シエル率いる第一部隊と特別編制された魔法使い部隊。
彼らは現実を目の当たりにすると、一様に表情を歪ませる。
「私は指揮官に状況を聞いてこよう。お前達は討伐準備を始めておけ」
シエルは部下と魔法使い達に指示を出し、駐屯地の騎士に指揮官の居場所を聞く。
そして、キルシーと共に指揮官の元を訪ねた。
「……酷いもんだった。まるで大嵐がやって来たような状況だったよ」
彼女にそう語るのは、片腕と片目を失くした中年の騎士だった。
顔も唇も青くした彼は肩を震わせながら語る。
「やつらは人を殺そうとも思っちゃいなかっただろう……。ただ、進行方向に街があったから……。邪魔だったら……」
曰く、街を破壊したのは結晶化個体となったサンダーディア達。
はっきり見えた数は四体であり、それらは街に向かって真っすぐ走って来たという。
住民を逃がした後、街を防衛するべく残った騎士達は徹底的に応戦するつもりだった。
ありったけの武器を用意して、ありったけの資材でバリケードを作って、ありったけの人数をかき集めて。
しかし、結果はご覧のあり様。
「そこら中に雷が、雷が落ちて……! 街も、人も……! 焼いていきやがったんだ……ッ!!」
まさしく、大嵐。
人が制御するには難しすぎる、自然災害と言っても過言ではないほどの猛威を奮った。
「……承知した。あとは我々に任せて欲しい。貴方と隊は近くの街まで避難するんだ」
シエルは短く指示を下したあと、キルシーと共に彼の元から立ち去った。
そのまま部下達の元へ戻ると、準備を終えている彼らへ告げる。
「我々は領内を徘徊しているであろう結晶化個体を撃滅する。一体も残らずだ。殺しきるまで王都には帰らん」
怒りに満ちた表情を浮かべるシエルは部下達の顔を見回す。
「キールとマリーは私と来い。キルシーと残りは魔法使い部隊を率いて捜索。以上だ。行け!」
部隊を二つに分けたシエルは結晶化個体の捜索を開始。
先行して領内を捜索している隊から情報を貰いつつ、結晶化個体の発見と殲滅に動き出した。
「しかし、隊長よ。結晶化個体が複数体も現れるって異常じゃねえか?」
捜索中、そう言ったのはモジャモジャの髭とモヒカン頭が特徴的なドワーフだ。
グレンが『モジャ公』とあだ名をつけた人物であり、本名をキールという。
彼は自分の身長に合った魔導鎧を装着しながらも、左腕には杭デール君が装着されている。
「大陸中央なら日常の範疇なんでしょうけど、だいぶ離れていますしね」
彼の言葉に頷きながら答えたのは熊獣人の女性であるマリー。
彼女も魔導鎧を装着しているが、彼女の装着する魔導鎧には兜が無い。
加えて、一番の特徴は彼女の使用する武器だろう。
バリスタのような巨大ボウガンを肩に担ぎ、極太な矢を入れた矢筒を反対側の肩に引っかけている。
兜が無いのは射撃時に邪魔だ、と感じるからだろうか?
「異常も異常だ。私も王都近郊で遭遇したからな」
部下の問いに答えるシエルも完全装備。
専用の魔導鎧を装着しつつ、手には白銀の槍が握られていた。
「ああ、例の……。何でしたっけ? 隊長が発情しちゃった男の人と新型兵器のテストに出た時ですよね?」
「そいつ、結晶化個体に殴り掛かったんだろ? 最後はワイヤー使って絞め殺したとか言ってたが、本当に人間かよ……?」
第一部隊で特攻隊長を自称するキールもびっくりな戦いっぷり。
最強と名高いシエルが気に入るのも納得しつつも、同時に「野郎は本当に人間なのか? オーガじゃなくて?」と未だ信じられないようだ。
「嘘じゃないさ。彼はやり遂げた。だから、彼が必要なのだ」
兜の中からシエルは「フフ」とどこか艶めかしい声を漏らす。
「ありゃー、こりゃ本気だ。シエル隊長も女だったんだねぇ」
マリーはどこか安心したような表情を見せると「あとで恋バナしようね?」とお気楽な様子まで見せた。
これから結晶化個体を討伐しに行くとは思えないほどリラックスしている三人だったが、前方から馬に乗った騎士が走って来るのを見て雰囲気が変わる。
シエル達の元までやって来た騎士は焦りながら道の先を指差す。
「む、向こう! 向こうに二体の結晶化個体を確認! サンダーディアです!」
「了解した。ゴムフロッグの結晶化個体もいたと報告があったが、そちらはどうだ? 見つかったか?」
「いえ、私は……。ただ、別の隊が川沿いに進んでいます。見つかるならそちらかと予想されますが」
騎士の報告を受け、シエルは彼に捜索を続けるよう指示を出して見送る。
「よし、殲滅するぞ」
「「 了解 」」
程良い緊張感を纏いつつ、シエル達は道を進んで――
「見つけた」
結晶化個体となった二体のサンダーディアは、角をバヂバヂと帯電させながら草原に立っていた。
独特の鳴き声を空に向かってあげており、二体で何かしらのコミュニケーションを図っているように見える。
「気付かれていないな。マリー、先制攻撃だ。着弾後、私とキールが仕留める」
「了解」
マリーはその場でボウガンを地面に置くと、矢筒の中から先端が膨らんだものを二本取り出す。
一本目をボウガンにセットし、二本目はすぐ傍に置いて。
自身も腹這いになりながらボウガンを握り、取り付けられたスコープをいじって準備完了。
「いつでも」
マリーがスコープを覗き込みながら言うと、シエルは小さな声で「撃て」と言った。
「…………」
マリーは小さく息を吸った後、矢を発射。
ピシュッと風を切るような音が鳴ると、先端が膨らんだ矢は一体目に着弾。
矢が着弾すると、強烈な爆発が起きる。
彼女が放った矢は先端に爆弾機能を搭載した特殊矢だ。
「キルルルッ!?」
胴体に直撃を受けたサンダーディアは鳴き声を上げながらたたらを踏む。
着弾した箇所は真っ黒に焦げており、血が噴き出していても即死には至っていない。
「行くぞ!」
「おう!」
一体目に着弾した瞬間、シエルとキールが飛び出す。
距離を詰める二人の間をマリーが放った二本目の矢がすり抜けていき、二体目の個体に命中。
二体とも怯んだ隙にシエルとキールの追撃が始まる。
「どせえええいッ!!」
最初はキールだ。
足が短く低身長なドワーフとは思えないほど機敏な動きを見せる彼は左腕の杭デール君を振りかぶり、魔獣の頭部へ強烈な一撃を見舞う。
射出された杭はサンダーディアの頭部を破壊し、その場で肉と血をぶちまけながら地面に沈む。
「フッ!」
続けてシエル。
彼女は槍をくるりと回すと、最初の一撃で首を捉えた。
手首を回転させて相手の首を破壊し、引き抜いた次の一手で脆くなった首を落とす。
槍を一度引き抜いてからの一撃は凡人の目には見えないほどの速さであり、ほとんどの者は「気付いたら首が落ちていた」と感想を漏らすだろう。
それほどの早業だ。
「隊長! 二時方向! 一体!」
後方からマリーの叫び声が聞こえてくる。
シエルが顔を向けると、帯電した角を前に向けながら突っ込んで来る結晶化したサンダーディアの姿があった。
直後、マリーの放った矢がサンダーディアに迫るが躱されてしまった。
矢が着弾した地面が爆発する中、突進してくる個体の狙いはシエルだったようで――彼女との距離は残り百メートルほどにまで詰まる。
「…………」
ただ、シエルは焦る様子を見せない。
くるんと槍を回転させると、そのままステップするように前へ。
トン、と前に出た彼女は直後に横へ小さく飛ぶ。
飛んだ瞬間、突撃してきたサンダーディアと丁度交差する。
交差中に腕を動かし、槍の柄で横っ腹を突く。
不意に衝撃を受けたサンダーディアは態勢を崩しそうになるが、強化された脚力でぐっと耐える――のだが、次は長い槍がその足を払うように振るわれた。
今度こそバランスを崩したサンダーディアは鳴き声を上げてフラつくが、既に運命は決まっていた。
大きくジャンプしたシエルはサンダーディアの頭上を取り、上から槍を首目掛けて突き刺す。
着地した彼女は貫通した槍を強引に引き抜き、くるんと体を回転させながら刃の部分で首を断つ。
乱入してきた三体目もあっという間に討伐してしまった。
「ふむ。綺麗に首を落とせたな。これなら特別開発室も喜ぶだろう」
シエルは討伐した結晶化個体の数体は特別開発室へ土産として持ち込もうと考えているようで。
自分が討伐した魔獣の状態を見下ろしながら満足気に頷く。
「こっちの武器もなかなか良いじゃねえか。こういうのを待ってたんだよ」
杭デール君を始めて実戦で使ったキールにも笑顔が浮かぶ。
「そうだろう? 特別開発室とは懇意にしておいた方がいい。優先的に強力な兵器を回してもらうためにもな」
一息ついた三人は信号弾を上げ、それを見て駆け付けた騎士に死体を回収させる。
「よし、次を探すぞ」
第一部隊の討伐任務は二日ほど続き、最終的に結晶化サンダーディアを六体、結晶化ゴムフロッグを四体という討伐結果になった。
「どう見ます?」
任務完了後、半壊した駐屯地で合流したキルシーはシエルに問う。
「どう考えても異常だ。我々は一足早く王都へ戻るぞ」
早急に対策を行わねばならない事態だ。
シエルは王城へ直接伝えるため、急いで王都に帰還した。




