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第42話 素材検証の準備


 結晶化個体が出現した翌日、俺とユナさんは再びグレンの親父を塔へ招集。


 今回の主題は結晶化個体の素材についてだ。


「これはとんでもなくすごいですっ」


 開口一番、ユナさんは興奮した様子で素材を片手に語りだす。


「この角は魔力の保持力が尋常じゃないんですっ! 通常個体の角よりも二倍以上!」


 まず角の性能だが、こちらは魔力を流すと雷が発生。角の内部に流れた魔力が雷に変換され、発生させた雷を帯電させる性質を持っている。


 この性質は結晶化個体も通常個体も同じであり、サンダーディアの角が持つ独自の性質と言えよう。


 そして、全体的に強化された結晶化個体の角は帯電時間が長い。


 通常個体の角は魔力供給が失われてから五秒ほど効果を維持するが、結晶化個体の方は一分ほど効果を維持するようで。


「つまり、一分以内に再び魔力を流せば常時帯電させておくことが可能ですっ! 魔法効果を維持できるんですっ!」


 俺にはどうしてユナさんがここまで興奮しているのか分からなかったが、隣にいた親父は「なるほど」と相槌を打った。


「ってことは、飛び道具にも使えそうか」


 飛び道具――前にユナさんが言っていた特別開発室が生む魔導具の到達点であり、王立研究所から求められているものの完成か。


「既存の素材では魔力の保持力が弱くて不可能でしたが、この素材ならいけるかもしれませんっ」


 今までは魔力を供給して魔法効果を発動させたとしても、保持力が弱くてすぐに効果が失われてしまう。


 魔法効果を発生させる矢を作って放ったとしても、目標へ到達する前に効果が失われてしまうって話だったが……。


 確かに一分も効果を維持できるなら可能かもしれない。


「ですが、結晶化個体の素材は貴重ですよね? 矢のような使い捨ての武器に使用するのは惜しいのでは?」


 騎士団では消耗品にカテゴリされる矢に貴重な素材を使っては、それこそコスト面で王立研究所に指摘されるだろう。


 もちろん、効果の実証を確かめる試験だけというなら別だが、それでも勿体ない気持ちが強く出てしまう。


「そうですね、矢だと勿体ないです。それにまだ仮説の段階ですので、効果などを検証してから実用化段階に進めましょう」


 まずは結晶化素材の実証試験から。


 効果と威力を確認しつつ、そこから次の試作品に採用するか決める。


 試作の試作ってやつだ。


「繰り返し使える武器を作って実証試験に挑みます」


 そこでユナさんが取り出したのは、先日試験したワイヤー射出機である。


「これの先端を結晶化個体の素材に変えたらどうでしょう!? 帯電した角を鏃にして射出したら遠距離武器として使えそうじゃないですか!?」


 フンス、と鼻息荒くユナさんはドヤ顔を決めた。


「……ありかもしれねえな。射出の威力を上げれば魔獣にぶっ刺さるかもしれねえ」


 ユナさんが考えるプロセスとしては――本体に収納している間に魔力を流す。これによって鏃となった素材に魔力が流れて帯電開始。


 射出することで魔力供給は切れるが、一分ほどの保持力があるので帯電した鏃が魔獣に突き刺さることで雷の効果を与えられる。


 この時点で魔獣を倒せれば良し。倒せなければワイヤーを巻き取って回収。


 その後、再度魔力を流して帯電させる。


 以下、繰り返しってことだ。


「なるほど。これまで考えてきた使い道よりもシンプルで良いかもしれませんね」


 威力のほどはまだ不明だが、現状だとサブウェポンとして使えそう……と考えが過った。


 あくまでも主な武器はヒートブレード。そこにワイヤー射出機が加わって、使用者の隙を埋めたり、最初の牽制に使用するなどの用途が最適なように思える。


 頭の中で対魔獣戦での使用を想像すると、なかなか良い動きが期待できた。


「素材に魔力を流す機構は? もう見当がついているのか?」


「はい、ヒートブレードの鞘に搭載した機構を流用します」


 ヒートブレードに搭載した機構はやや大型だが、こちらは剣の刀身全体を赤熱化させるために大型にならざるを得なかった。


 しかし、今回は鏃状に成型した角を飛ばすだけ。


 そこまで供給力の高い機構は必要なさそう、とユナさんは予想を口にする。


「よっし、なら早速やっちまおう!」


「はい!」


 こうして俺達は結晶化素材の可能性を探ることになった。


 やる気に満ち溢れたユナさんと親父は打ち合わせを続け、各自製造するパーツを決めていく。


 これなら次の試験も近いだろうか?


 新しい魔導具を使うのが今から楽しみだ。



 ◇ ◇



 同日、夜。


 フォルトゥナ王国西部にあるクーデット伯爵領領主街には、他の領地よりも大きくて堅牢な騎士団駐屯所が併設されている。


 これはクーデット伯爵領が持つ独特な地域性を攻略するためのものだ。


 クーデット伯爵領は農業が盛んな土地であり、フォルトゥナ王国の自給自足率を支える土地の一つと言える重要な領地だ。


 大地は平地が多く肥沃で作物も良く育つ。


 加えて、川も多いので水源にも困らない。


 まさに農業にはうってつけの土地だろう。


 しかし、それにもデメリットは存在するのだ。


 農業に適した理想的な土地ではあるが、領地内に生息する魔獣の数も多い。


 作物がよく育つということは、その作物を餌にする小型の魔獣にとっても理想的な土地なのだ。


 そして、次は小型の魔獣を餌にする肉食魔獣が餌を求めて流れ着く。


 こうして自然と魔獣の生態系が構築され、領地内の魔獣生息数は王都周辺の二倍以上にまで膨れた。


 魔獣被害の通報件数もフォルトゥナ王国内で数十年ほどトップを維持している。


 それでもフォルトゥナ王国人達がこの土地から撤退しない理由は、やはり肥沃な大地が魅力的だからだろう。


 それでもなるべく被害は出したくない。


 そのため、フォルトゥナ王国西部を管理する西部騎士団はクーデット伯爵領に多くの戦力を割いている、というのが現状だ。


「よし、準備はできたか?」


 今日も駐屯所には多数の騎士が滞在しており、領内の警邏ついでに生息する魔獣分布の調査・情報更新を行う偵察部隊が編制された。


 十人で構成された偵察部隊は馬に跨り、駐屯所から出発。


 まだ魔導鎧は行き渡っていないものの、それでも他地域の部隊よりは装備が充実している。


 彼らは今日も治安維持のために決められたルートを進み、程なくして大きな川に到達。


 そこから川に沿って移動を開始したのだが――


「ん?」


「どうした?」


 一人の騎士が馬上でキョロキョロと首を動かし、それを見た隊長が問う。


「何か変な音が聞こえませんでした?」


「変な音って?」


「なんか、金属音というか――」


 彼がそう言った瞬間、音の無い何かが部隊の中を駆け巡った。


 隊長がそれを認識した瞬間、遅れて破裂音に似た轟音が鳴り響く。


「うわあああ!?」


 同時に後方の地面が爆ぜ、異変を感じ取った軍馬が大暴れ。


 しかも、暴れるのは隊長が跨る軍馬だけじゃない。他の騎士達が跨る軍馬も、我先にと逃げるように騎士達を振り落とす。


「何事だ!?」


 よく調教された軍馬がなりふり構わず逃げるなどあり得ない。


 何かがおかしい、と言わんばかりに隊長は周囲の様子を探る。


 すると、見えた。


 大きな川の対岸に何かがいる。


 二本の角を青白く発光させ、こちらを睨みつける何かが。


「サ、サンダーディアか?」


 それにしては大きすぎるし、光る角の大きさも異常だ。


「た、隊長! あ、あれ!」


 隣で尻持ちをついていた騎士が同じく川の対岸を指差す。


 そこには隊長が見つめる魔獣と同じ個体が複数体いる。


 更に騎士は震える声で魔獣の特徴を口にした。


「け、結晶化してる!」


「なっ――」


 隊長が思わず叫び声を上げそうになった時、それを塗り潰すように別の鳴き声が木霊する。


『ギーコ、ギーコ』


『ギーコ、ギーコ』


 今度はノコギリで木材を切るような、若干ながら甲高い鳴き声。


 鳴き声が聞こえて来た方向は川の中心。


 川の中から聞こえる。


 そこを注視していると、川の中から何かがザブンと体の一部を露出させた。


「あ、ああ……」


 見えたのは丸みを帯びた体。しかも、露出面全てが結晶化している。


 川の中に潜む何かが岸まで動き出し、遂にその姿が明かされる。


「ご、ゴムフロッグの結晶化個体!?」


 鳴のうを膨らませながら鳴き、濡れた体でベタベタと歩き出す巨大なカエル型の魔獣。


 それも一体だけじゃない。


 同じく結晶化した個体が十体も姿を現したのだ。


『キルルル!』


『ギーコ、ギーコ!!』


 結晶化した魔獣はお互いを威嚇し合い、数秒の睨み合いが続く。


 先に攻撃を仕掛けたのはサンダーディアの方。鋭い閃光が角から放たれ、ゴムフロッグを強襲する。


 しかし、対するゴムフロッグは顎下にある鳴のうを膨らませて防御。


 サンダーディアの雷を無力化することはできなかったが、それでも強烈な一撃に耐えたゴムフロッグはお返しとばかりに長い舌をムチのように振るう。


 結晶化個体同士の熾烈な縄張り争いが始まり、それを目撃した騎士達は――


「あ、悪夢だ! に、逃げろッ!!」


 序列の最上位に位置する結晶化個体の出現。しかも、複数体。


 騎士達は脱兎の如く逃げるしかない。


 むしろ、両魔獣が縄張り争いに夢中となっているのは不幸中の幸いだったと言えよう。


「逃げろッ! 足が千切れても走れ!」


 隊長は部下達に激を飛ばしながら走り続ける。


「お、王都に伝えないと……! 街の人間も避難だ……!」


 隊長の決断は正しい。


 翌日、即時避難を終えた空っぽの領主街は壊滅するのだから。


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