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第41話 好きな日常


「ただいま戻りました」


「おう、おかえり」


 塔に戻ると一階のダイニングテーブルにはグレンの親父だけが座っていた。


「ユナさんは?」


「上に戻ってるぞ」


 親父曰く、ユナさんは塔に帰ってきたら一目散に研究室へ引き籠ってしまったという。


「魔導具のことは後で連絡しますって言ってな」


 そう言った親父は席を立ち、俺の肩をポンと叩いた。


「まぁ、頑張んな。若いうちは色々あるもんさ」


 年長者らしいことを口にした彼は「また連絡してくれ」と言って塔を出て行ってしまった。


「…………」


 俺は彼を見送りながら考える。


 ユナさんが研究室に引き籠ってしまった原因は、シエル隊長との一件だろうか?


 彼女は俺を連れて行くな、と言っていたし……。


 恐らく、自惚れではないと思うのだが……。


 何にせよ、研究室に行こう。魔導鎧も脱がないといけないし。


 開口一番に何と言おうか。そんなことを考えながら階段を登り、研究室のドアをノックした。


「ユナさん、入りますよ」


 ドアの向こうから小さな声で「はい」と聞こえたので入室する。


 中にいたユナさんは椅子の上で足を抱えていた。


 彼女は俺の顔を見ると、サッと顔を逸らしてしまう。


「……魔導鎧、脱ぎますね」


 どうしよう。


 俺も上手い言葉が出てこない。


「よ、鎧の整備します」


 魔導鎧を脱いで所定の位置に安置すると、ユナさんはササッと鎧に近付く。


 全く俺と目を合わせてくれない。


 彼女は顔を隠すように魔導鎧の胸部を開き、そのまま内部パーツの点検を始めてしまった。


 それを見守る俺の足も動かない。


 非常に気まずい雰囲気が充満していく中、俺は意を決して口を開く。


「あの、ユナさん。シエル隊長の件なんですけど」


 そう切り出した瞬間、ユナさんの肩がびくんと大きく跳ねた。


「断ろうと思います」


「え?」


 俺の言葉が意外だったのか、ユナさんは勢いよく振り返る。


「そ、その……。い、良いんですか? シエルさんはこの国の侯爵位を持っていますし、美人な方ですし……」


 世の男性なら断る理由がないのではないか、と。恐らく皆が皆思うであろうメリットをユナさんも口にする。


「自分も昔は貴族になる夢を抱いていました。平民らしい、大きな夢ですよ」


「な、なら、夢が叶うんじゃ……」


 そう自分で言いながらも、ユナさんの表情はどんどん苦しそうになっていく。


「いえ、その夢はもういいんです。他に楽しいことも見つかりました」


「た、楽しいことですか?」


「はい。自分は今の生活が楽しいです。ユナさんの作った魔導具を試験し、一緒に考えて……。誰かの役に立つ物や誰かを救う物を作りだす一員になれることが楽しいんです」


 生活の一部には危険なこともあるし、大きな事件に巻き込まれる可能性もある。


 夢に抱いていた貴族としての生活や、その次に抱いた田舎に引っ込んでのんびり暮らしからもかけ離れている。


 しかし、今の生活は充実しているのだ。


 人の役に立ち、国防のためにもなる魔導具を作りだすユナさんを支えること。


 彼女と一緒に魔導具を作り上げ、それが誰かを救うこと。助けること。


 俺は決して表舞台に立てるわけじゃないし、国民から大きく賞賛されることもない。


 だが、影ながらに誰かの役に立つという行為を実感できる毎日と言えるだろう。


「貴族として優雅な生活を送ったり、田舎でのんびり暮らしたりするよりも、やっぱり自分は誰かの役に立ちたいんですよ」


 これは人生の半分を騎士として生きてきたからだろうか。


 今回の誘いを受けてから改めて自分を見つめ直すと、平和で安定した生活を送るよりは危険を承知してでも『誰かの役に立ちたい』という気持ちが強く湧き出てくる。


「だからユナさん、これからも自分を助手にしてくれませんか」


 彼女の目を見つめて言うと、ユナさんは顔を赤らめながらモジモジし始める。


「わ、私も……。ニ、ニールさんに出て行って欲しくないです」


 彼女はチラチラと俺の顔を見ながら言葉を続けた。


「ニ、ニールさんはつ、強くて、頼りになって……。わ、私にご飯まで作ってくれて、魔導具を開発する時もたくさん意見をくれて……」


 ユナさんは服の裾をぎゅっと掴みながら言って、徐々に耳まで真っ赤になっていく。


「わ、私も今が楽しいんです。毎日が楽しくて、寂しくなくて、ドキドキすることもあって……。だ、だから、辞めて欲しくありませんっ」


 顔も耳も赤みがピークを迎えると、彼女もまた俺の目を見つめながら言った。


「そ、それに……。わ、私はニールさんと一緒にご飯を食べる時間が好きですっ」


 なんというか、ユナさんらしい言葉だと思った。


 そう思ったら自然と笑みが浮かんでしまう。


「自分も好きですよ、ユナさんと一緒に食べる時間が」


 他愛ない会話をしながら一緒に食事する時間も、俺にとっては大事な日常のワンシーンだ。


 むしろ、一緒に食事する時間こそが今の生活をより心地よくする要素と言ってもいいかもしれない。


「そ、そうですか。よかった――」


 そう言って彼女が微笑んだ瞬間、ユナさんのお腹から「ぐぅぅ」と音が鳴った。


「あ、あ……」


 腹の音が部屋に響き渡った瞬間、ユナさんの顔と耳が更に赤くなっていく。


 人の顔ってそんなに赤くなるんだってくらい。


「食事にしましょうか。すぐ食べられる物を作りますよ」


「は、はい……」


「そうだ。材料も揃っていますし、ニクニクサンドを作りましょうか」


「ニクニクサンド!」


 メニューを聞いた瞬間、ユナさんの目がキラキラと輝く。


「待ってて下さいね、すぐ作りますから」


「はいっ!」


 嬉しそうに笑う彼女を見て、俺は改めて今の生活がどれだけ充実しているかを実感した。


 彼女とこんなやり取りをする毎日が、これからも続けばいいと心から願う。



 ◇ ◇



 一方、その頃。


 騎士団本部にあるシエル・イングラム専用の執務室では――


「ふーむ。クリフ殿下が本部を留守にしている間、どんどんと腐敗が侵食していくな」


 シエルは騎士団の現状に対して他人事のように口にした。


「クリフ殿下は放っておけ、と仰っていますが……。それに私達がいない間、政治屋気取りの馬鹿幹部達が幅を利かせていたようですしね」


 キルシーはメガネの位置を直しながら言った。


「ああ、ルオーンとその取り巻きか。あいつらは騎士としての人生を諦めた連中だからな」


 シエルの言う『ルオーン』とは騎士団幹部の一人であるジェフ・ルオーンを指す。


 ルオーン家は嘗てフォルトゥナ王国最強であるイングラム家と肩を並べる騎士の家系であり、ひと昔前まではイングラム家と共に『フォルトゥナの双璧』と呼ばれた家の片割れだった。


 しかし、現在はその名声も地に落ちている。


 現当主であるジェフに剣の腕はなく、騎士団に入団後もそれらしい戦果は挙げていない。


 それでも騎士団の幹部になれたのは、家の力とジェフの政治屋もどきとも言える力のおかげだろう。


 時には家の力を裏で利用してライバルを蹴落とし、上司に取り入る際にも財力と権力に物を言わせて『素晴らしき一夜』を経験させて。


 純粋な騎士としての力以外で地位を獲得した男と言える。


 シエル流に評価するならば『この世で最もつまらない男』である。


「放っておけ。あんな腰抜けに時間を割くだけ無駄だ」


「でも、彼が上にいる限りお嬢様は騎士団の幹部になれません」


 シエルとジェフ、イングラム家とルオーン家。嘗ては双璧と称された家も今では敵対のような関係性だ。


 騎士として完璧なシエルが唯一負けている点は『性別』と『年齢』である。


 年上であるジェフはシエルよりも早く入団して幹部までのし上がった。


 遅れて入って来たシエルもまた幹部に登り詰めるのも時間の問題であったが、当然ながらジェフはそれを良しとしない。


「二年前までは幹部候補として名が挙がっていたのに、ルオーンの馬鹿が幹部会を牛耳ったせいで名前すら挙がらなくなりました」


 騎士団の幹部は六人の将で構成される。


 まとめて幹部会と呼ばれる存在の立ち位置としては、騎士団を統括する第二王子クリフの相談役や右腕といったところ。


 二年前までは幹部会にもまともな人間がいた。


 彼らは優秀なシエルを幹部にするべきだと主張していたが、それを「女だから」「まだ経験が浅い」と拒否したのがジェフとその取り巻きである。


 その後、まともな幹部の一人はジェフの圧力で辞職――あくまで噂のレベルだが――残り一人は現在、第二王子クリフと共に国境問題に取り組んでいるので不在。


 現状の幹部会はジェフ一派で占有されており、シエルが幹部候補に名を連ねることは無くなった。


「私は幹部になりたいと思ってはいない。まだ戦いたいからな」


「そうは言いましても、現状の騎士団に蔓延する空気は変えないといけません。他人を蹴落として出世する組織なんてろくなもんじゃありませんよ」


 はぁ、と大きくため息を吐くキルシーは言葉を続ける。


「お嬢様のお気に入りであるニールさんも被害者の一人ですよ?」


「そうなのか?」


「ええ。気になって調べましたが……。被害者であるものの、彼は意図的に転属させられたように見えます」


「意図的に? どういう意味だ?」


 首を傾げるシエルに対し、キルシーは短時間で調べたことを披露し始める。


「彼は戦果を元上司に横取りされていました。優秀な割に出世していなかったのは、今の騎士団に蔓延する蹴落とし合いの影響も大きいでしょう。普通ならば既にウチへ配属されててもおかしくはないです」


 その後、キルシーはニールが転属命令を受けて特別開発室へ移動したことを明かす。


「ですが、妙なんですよ。いくら上司に手柄を横取りされたとしても、報告数と個人戦果の評価が全然見合っていません。少なくともウチの補充要員として名前が挙がってもいいくらいです」


 しかし、キルシーは一度もニールの名を書面で見たことがない。


 名前を知ったのも、会ったのも今回の――王立研究所での一件からが初めてだった。


 これは極めて不自然である。


 何故なら明らかにニールよりも劣る騎士が『第一部隊補充要員リスト』に乗っているからだ。


「つまり、その元上司以外に出世を止めていた者がいると?」


「補充要員のリストを作るのは事務方ですが、各隊の報告書からその実力を推し量っています。彼の元上司が事務方を買収したのかと思いきや、その元上司も出世はしていません」


 ニールの戦果を横取りして報告していたはずのジャクソンは出世していないし、上位三部隊への補充要員リストにも載っていない。幹部候補にも挙がっていない。


 仮にジャクソンが出世のために報告書を偽造し、それを事務方に認めさせるため買収していたとしたら、ジャクソンはとっくに出世していないとおかしい。


 ニールの手によって殺される、という運命は少なくとも変わっていたはずだ。


「ニールさんも、その上司も別の誰かに制限されていた。そう考えないとおかしいんです」


 騎士二人の運命を意図的に操れる上、出世のために悪知恵を働かせるジャクソンを掌の上で転がす存在。


「……鴉か」


「ええ。お嬢様のお気に入りは鴉の息が掛かっているかもしれません。アルフレッド殿下からも優秀と評価される信頼の厚い騎士ですよ。王族の方から抱き込んだ可能性も高いです」


 キルシーは「姿は見えないが、何かが動いている」と評価を下した。


「……キルシーの話を聞いているとクリフ殿下の放っておけ、という言葉も気になってくるな。王族の方々が水面下で大きな計画を実行している可能性もあるのか?」


「あり得ると思います」


 キルシーの声音には「全容が判明するまであまり関わらない方が良いのでは」と言わんばかりのニュアンスが含まれる。


「しかし、それでも私は彼が欲しい」


 だが、それでもシエルはニヤリと笑う。


「彼の戦いを見てビビッと来てしまったんだ。腹の奥が熱くなってしまったんだ」


 シエルは一目惚れで初恋を感じ取った少女(?)のようなセリフを吐くが、その顔と目の奥には獰猛な狼の本能が垣間見える。


「イングラム家のためにも、この国の平和を維持するためにも、私は彼が欲しい」


 果たしてこれは恋なのだろうか。


 恋と呼ぶには些か野生的すぎるだろうか?


 何にせよ、シエルが内に抱く炎の勢いはより強くなったらしい。


「キルシーなら分かってくれるだろう?」


「もう……。本当に昔から変わらないんだから」


 キルシーは大きなため息を吐く。


「魔女様がライバルよ。魔獣より手強いわ」


 キルシーは「どうしましょう……」と天を見上げてしまった。


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