第40話 魔法はどこから?
結晶化個体の死体を担いで王都まで戻ると、それを見た王都住民からはざわめきが上がる。
もちろん、騎士達からも。
まぁ、騎士達からは「うぇぉえええ!?」と盛大な驚きの声が上がったのだが。
「キルシー、君は先に騎士団へ伝令を。他に結晶化個体が出現していないか捜査させろ」
「了解しました」
キルシーさんとは騎士団本部の前で別れ、残った俺達は王立研究所へ向かいつつ、素材を持っていたユナさんはグレンの親父に任せて一足早く塔へ帰らせることに。
「どひぇええええ!?」
こちらはたまたま入口にいた研究者の驚く声。
騎士達よりも盛大に驚き、若い研究者はその場で尻持ちをついてしまった。
「どこに運び込むんですか?」
「魔獣研究を専門とする研究室だ。確か西側の奥だったかな」
研究室を知っているらしいシエル隊長の案内に従い、研究室まで死体を担いでいく。
廊下を歩いている最中は注目の的となり、俺達を見つめる研究者達からは「どうして結晶化個体が」などと囁く声が聞こえてきた。
そんな声を耳にしながらも研究室に辿り着くと、最初は若い研究者に迎え入れられた。
事情を把握した彼は興奮した様子で研究室の主を呼びに行き、一緒にやってきたのはボサボサの髪と乾いた返り血が付着する白衣を纏う中年研究者。
「すごいじゃないか! 遂に結晶化個体を研究できる日が来たかぁぁ!!」
中年研究者はよほど嬉しいのか、その場で両ひざをつきながらも両手を高く挙げる。
いよっしゃああああ!! と歓喜の声を上げたと思いきや、死体を担ぐ俺の腕をがっしりと掴んできた。
「君! 戦闘中の挙動や対峙した時の感想も聞きたい!! あと、どうやって討伐したかも詳しく聞かせてくれないか!?」
目をキラキラさせながら言ってくる彼の顔を見ていると、とてもじゃないがお偉い研究者には見えなかった。
この顔、絶対に話が長くなるぞ……。
「じゃあ、私はこれで」
それをシエル隊長も察したらしい。
彼女は「あとは任せた」と言わんばかりに踵を返し始める。
「ちょっと! 待って下さいよ! 自分もユナさんの護衛に戻らないといけないんですから!」
俺はどうにか捕まることを避け、薄情なシエル隊長と共に研究所を後にすることができた。
「さて、私は本部に戻って指揮を執るとしよう。君はアルフレッド殿下に事情を伝えてくれ。事の次第によっては、協力を求めるかもしれないからな」
研究所の敷地を出たところでシエル隊長が振り返り、彼女は真剣な顔で言った。
「承知しました」
俺も再び緊張感を持ちながら頷いたのだが……。
直後、シエル隊長がニヤッと笑う。
「最後にもう一度言っておくが、私が君を欲しているのは本気だぞ。イングラム家の一員になりたくば声をかけてくれ。いつでも待っている」
一方的に言い放った彼女は「ではな」と言って去って行った。
「……イングラム家か」
彼女と一緒になり、貴族の仲間入りを果たす。更には念願の第一部隊に所属して、彼女と共に戦う――少し前の自分なら魅力的な話だったろう。
第四部隊にいる時なら即答で食いついていたと思う。
しかし、今の俺にとっては前ほど心躍る提案ではない。
特別開発室での生活に慣れてきたというのもあるが、何より新型兵器や魔導具のテスターが想像以上に面白いからだ。
それに彼女と出会えたことも、彼女から誘われたことも、全ては特別開発室に転属したから起きた出来事だろう。
特別開発室に所属してからは人生が好転したように思えるし、この毎日をくれるユナさんを裏切りたくないという気持ちが大きい。
「……それにユナさんを放っておいたらお腹を空かせて泣きそうだし」
毎日ちゃんと食事を摂らなさそう。
まただるんだるんの服を着てだらしない生活を送りそうだし、塔では寝癖全開な髪を放置して――いや、寝癖に関しては今もか?
とにかく、規則正しくなりつつある彼女の生活を崩すのは気が引ける。
加えて、アルフレッド殿下から聞かされた件もあるしな。
「申し訳ないが応えられそうにないかな」
次に会った時は自分の気持ちを彼女へ正直に明かそう。
ガッカリされてしまうかも、という恐怖は多少なりともあるが……。
ズルズルと長引かせるよりマシなはず。
俺は見えなくなったシエル隊長の背中を思い出しつつも、城に向かって歩き始めた。
◇ ◇
俺は殿下の執務室を訪ね、今回の件を伝えた。
すると、殿下の顔には驚きの表情が浮かぶ。
「……結晶化個体が? 一体だけ出現したんだね?」
「はい。遭遇したのは一体だけでした。現在、シエル隊長が指揮を執りながら調査が進められています」
有能な彼女と彼女の副官のことだ。
既に部隊を動かし、王都近郊に他の個体が潜んでいないか調べて始めているはず。
加えて、騎士団から協力要請が来る可能性についても報告。
「そうか。こちらでも注視しておこう。協力の件は問題ないよ。特別開発室に要請が入ったら応じてあげたまえ」
殿下は「しかし、兄上不在の時に次々と……」とため息を吐きながらも言葉を続けた。
「こちらも報告がある。ユナ君が誘拐された件だが、彼女を攫った魔法使いの捕縛と尋問が終了したよ」
事件後、鴉は件の魔法使いを追っていたらしい。
見事捕らえることができ、容疑者を尋問して情報を聞き出していたようだ。
「やはり、透明化する魔法を使っていたようだ」
誘拐に使った魔法はフォルトゥナ王国内では開発されていない、新規の魔法だったとのこと。
「容疑者は他国から流れてきたのですか?」
フォルトゥナ王国内で開発されていないとなれば、別の国で開発された魔法なのだろうか?
そう思い問うてみたのだが、殿下は首を振った。
「いや、魔法使いはフォルトゥナ王国人だった。彼は魔法を『もらった』らしい」
「もらった?」
「ああ。魔法発動に使う術式を描いた紙を組織の人間から受け取ったそうだ。この魔法を使って盗め、とね」
捕縛された魔法使いはあくまでも『ただの魔法使い』であった。
フォルトゥナ王国西部にある小さな村の生まれであり、魔法使いであることが発覚してからは王立学園に入学。
エリートコースを歩み始めたと思ったが、他の同期魔法使いと比べて実力が劣っていることに気付く。
学園の魔法科でも成績は下の方で、在学中の彼は素行不良で何度も教師に注意されていたという。
所謂、問題児ってやつだったようだが、ある日彼は在学中に行方をくらましたらしい。
「恐らく、リクルートされたんじゃないかな」
素行不良だった彼は組織にリクルートされ、そこで悪に堕ちた。
悪の組織にしても魔法使いは欲しいだろうからな。
悪に手を染めた魔法使いは弱った心の隙を突かれた、と言うべきだろうか。
「容疑者の背景はさて置き、問題は魔法の方だ」
肝心の問題は『透明化の魔法』がどうやって開発されたのか、ということ。
魔法の開発には長い研究時間が掛かるようだし、魔法を熟知した高度な知識と技術を要するという。
「普通、魔法使いは自分が開発した魔法を他人に教えない。国の組織に属した魔法使いは別だがね」
フォルトゥナ王国では王立研究所に所属する魔法使いが新しい魔法を開発しているが、これはあくまでも国に囲われた魔法使いだからこそのこと。
それ以外の、組織に属すことを良しとしない魔法使い達もいる。
野良魔法使い、なんて呼ばれ方をする魔法使い達だ。
彼らは独自の研究や名誉を求めており、そういった連中は自身の研究を明かそうとしない。
開発した魔法を他人に渡すなど、死んだ方がマシと言い切るくらいの人達だ。
「となりますと、どこか別の国で開発された魔法でしょうか?」
「それもあり得るね。どこかで開発された魔法が漏洩した、という可能性も捨てきれない」
先の野良魔法使いとは意味が変わるが、国も自国で開発した魔法を外には漏らさない。
開発された魔法が外に漏れた場合、それは戦争時の弱みになるからだ。情報を与えてしまうからだ。
国防という意味で国に囲われた魔法使い達も、外へ魔法を流すことを禁じられている。
そのため、魔法研究に関する資料等は厳重に保管されているし、王立研究所にある魔法研究室も敷地の奥の奥にあって警備が厳重だ。
殿下の話によると、魔法研究者は裏切らないよう監視がついているっぽいし……。
恐ろしい仕事だよ。
「ただ、どの国も魔法の取り扱いには敏感だからね。漏洩したらすぐに対処するだろうし、それに鴉が情報を掴んでいないのも気になる」
他国の事情にも耳を傾ける鴉が『〇〇国で魔法漏洩事件発生!』という情報を掴んでいない。
この手の話は鴉の中でも特に敏感な情報の種類になるという。
「……組織が独自開発した、なんてあり得ますでしょうか?」
次に考えられるパターン。
それを口にすると殿下の眉間にある皺が更に深くなる。
「最悪のパターンだ。それだけの魔法使いを囲っている可能性もあるし、研究資金もありそうだからね」
単に知識ある魔法使いの数が多いか、あるいは天才的な魔法使いを既に囲っているか。
どちらにせよ、姿の見えない組織に対する恐怖感や危機感が増してしまう。
「ひとまず、こちらからの報告は以上だ。君もこの件に関しては頭の中に入れておいてくれ。何か気になることを耳にしたら教えてほしい」
「承知しました」




