第4話 世話係の仕事
塔の内部を見て回ったところで、記念すべき初仕事を行うことにした。
「よし!」
前任者から託されたウサちゃんエプロンの紐を固く結び、片手には箒と塵取りを持って。もう片方の手には水入りバケツと雑巾を装備。
完璧だ。
俺は完璧な世話係モードだ。
バリバリ魔獣を討伐していた騎士としてこれでいいのか? という考えは頭の片隅に追いやっておく。
「まずは一階から仕留めてしまおう」
二階の研究室は手を入れなくていいと言われてしまったからな。
掃除すると「物がどこに行ったか分からなくなる」と汚部屋量産者が口にする定番文句を言われてしまったが、研究室の主であるユナさんの意見に異を唱えるわけにもいかない。
彼女の命に従い、俺は一階の掃き掃除から雑巾がけ、キッチンの掃除までを見事にこなしてみせる。
「フフ……。魔獣を討伐するよりも容易い」
ピカピカになった部屋を見渡すのは、なかなか気持ちが良いではないか。
戦わずの仕事にもやりがいを感じられるのは、自分にとっても良いことだろう。
「さて、次は三階か」
三階はユナさんのプライベートルーム。
二階を掃除する代わりにそちらを、と熱望していたし、やらないわけにはいかない。
三階には三つの扉があって、ひとつはユナさんの寝室。他はトイレとシャワー室になっている。
まずはトイレとシャワー室を徹底的に掃除し、続けて廊下を綺麗に。
最後にユナさんの寝室を掃除するべく、その扉を開けた。
「……失礼します」
許可を得ているとはいえ、女性の寝室に足を踏み入れるのは少々緊張してしまう。
特にユナさんのような高貴な人物なら猶更だ。
「あの人はだらしないのか、研究熱心なのか」
研究室ほど散らかっていないとはいえ、床には脱いだであろう服がいくつか散乱している。
ただ、家具は妙に少なかった。
小さな本棚と広いベッド。ベッドの脇には小さなテーブルと照明が置かれているだけ。
衣類はクローゼットに収納されているようだ。
「まずは洋服を集めてしまおう」
洗濯はどうすればいいのだろう? あとでユナさんに確認しようか。
俺は床に散らばっていた服を拾い集め、用意した籠に一枚ずつ放り込んでいく。
だが、散らばっていた服の中に混じっていたのは――
「パンツだ」
今、俺はすごく良い顔をしていると思う。
高貴なエルフ様の紐パンを広げているのだから。
…………。
「あああああッ!!」
冷静になった俺は絶叫を上げつつ、純白の紐パンをベッドにバチーンと叩きつけた。
殺される!!
こんな場面を目撃されたら殺される!!
おパンツお触り罪で処刑されてしまう!!
「ど、どうしたんですか!?」
俺の絶叫を耳にしたユナさんが下の階からやって来たようだ。
いかん。
見られるわけにはいかない!
「あ、開けないで下さい! 虫がいます!!」
「えっ!? 虫!?」
咄嗟の言い訳に虫を使うと、ユナさんは虫が嫌いだったらしい。
扉の向こうで「ひえええ!」と声を上げるのが聞こえてきた。
「た、退治するので開けないで下さい! 廊下に逃げられたら面倒です!」
「は、はひぃ!」
よし、時間は稼げた。
今のうちに籠の中へ入れて、他の服で隠してしまおう。
俺は「ひっひっふー! ひっひっふー!」と独特な呼吸法を使いながら理性を保ちつつ、なるべく頭の中で魔獣との戦闘場面を思い出す。
そして、なるべくパンツの感触を自身の頭に残さないよう、紐の部分だけを摘まみながら籠の中へ。
「……任務、完了ッ!!」
多くの騎士を屠ったと言われるレッドラプトルを討伐するよりも緊張した……。
しかし、俺はやり遂げたのだ。
爽やかな気持ちで扉を開け、向こう側にいたユナさんに笑顔を見せる。
「討伐致しました」
「よ、よかったです……」
ユナさんもホッと一安心。
彼女の顔を見る度に「あんなパンツ履いているんだ」と思い出してしまう以外は問題ないだろう。
◇ ◇
掃除の次は食事の準備だ。
「ユナさん、夕食の準備を始めたいのですが食材はありますか?」
研究室を訪ねて問うと、ユナさんは「地下室に冷蔵庫があります」と教えてくれた。
教わった通りに地下室へ向かうと、広々とした地下室は研究素材を保管する場所にもなっているようだ。
「魔石や鋼材がたくさん。こっちは参考用の剣だろうか?」
樽の中には魔獣から採取できる魔石がこんもり詰められているし、壁際にある武器棚にはベーシックな剣や槍が保管されている。
他にも魔獣から採取した素材や金属のインゴットなどが。
その傍ら、ブーと音を鳴らすのが魔石で動く冷蔵庫だ。
「冷蔵庫は魔導化されていないのか」
魔石単体で動くのは錬金術の範囲。
魔導技術を使った道具というのは『エレメントエンジン』という機関に『マナジェル』と呼ばれるエネルギーを流すことで動く物を指す。
前者の錬金術を用いた生活用品はこれまで数多く製造されてきたが、やはり新技術である魔導技術に比べると劣ってしまう。
特に顕著なのはエネルギー効率と純粋な出力だ。
「空に船を浮かべてしまうんだから驚きだよ」
魔導技術の最たるものが『魔導飛行船』や『魔導列車』だろう。
錬金術では不可能だった効率性と出力が現実になり、人は遂に船で空を泳ぐようになってしまったのだ。
もちろん、陸路を高速で走る魔導列車もとんでもない発明品だが。
「まぁ、まだ軍事利用が主だしな」
魔導鎧とヒートブレードも魔導技術を使用した物であり、現在のラインナップは国防に関係するものばかり。
まずは軍用から始め、冷蔵庫のような一般使用の道具は後回し、ということだ。
余談だが、魔導鎧やヒートブレードに使われる原動力はエレメントエンジンとは違う別の物を使っているという話だ。
「おっと、食材を見ないと」
冷蔵庫を開けると牛乳や肉、野菜などがぎゅうぎゅう詰めにされている。
たぶん、前任者が辞める前にストックしておいたものだろう。
俺は必要な材料を上に運び、料理に取り掛かることにした。
「さて、始めるか」
俺は料理人レベルで料理が上手いってわけじゃないが、下手でもないと自負している類の人間だ。
隊の任務で野営する時は率先して料理番を担当するくらいには自信がある。
それはやはり、外でも飯は美味い方がいいから。
沸かした水に干し肉と塩を突っ込んだ簡単スープなど、緊急事態以外は食いたくないものだ。
「まぁ、平民料理の範疇なんだが……。ユナさんは満足してくれるんだろうか……」
マズいとか言われたらどうしよう。
大量に残されちゃったらどうしよう。
紐パンを見つけた時よりはマシだが、料理でこれほど緊張するのも初めてだ。
「さて、始めよう」
食材の下ごしらえから始め、出来るだけ丁寧に調理していく。
全ての工程が終わり、シチューをコトコト煮込んでいると……。階段から足音が聞こえてきた。
足音の正体はもちろん、ユナさんである。
しかし、何故か彼女は階段の陰からこちらを窺ってくるのだ。
「……どうしました?」
「……お、美味しそうな匂いがしたので」
どうやらお腹が減ったらしい。
「もう食べられますよ。食べますか?」
「た、食べます」
キッチンに残っていたバゲット――そのまま齧ったのか、彼女の歯形が残っていた物――も焼いて、最後にシチューを更に盛って。
平民料理をテーブルに並べると、ユナさんは俺の顔をチラリと見てからスプーンを手にした。
さて、緊張の一口目。
俺の料理は彼女の口に合うだろうか?
「……美味しい」
にひっと笑うユナさんの表情に嘘はなさそうだ。
「王城の料理人は劣ると思いますが」
「そ、そんなことありません。お母さんの作ったシチューみたいで好きです」
特にゴロッとしたジャガイモが『お母さん似』らしい。
よほど気に入ったのか、ユナさんはすごい勢いでシチューを完食してしまう。
いや、待てよ? キッチンに齧ったパンが残っていたわけだし……。
「もしかして、今日は何も食べていないんですか?」
「朝にパンを食べました」
それだけ、と。
……王城にいるアルフレッド殿下に言えばいいものを、とも思ったが、使用人に恐怖を抱くユナさんは王城の中も歩きたくないのかもしれない。
「おかわりいりますか? まだまだありますよ」
「食べますっ!」
二杯目をテーブルに置くと、やはり彼女は美味しそうに食べてくれる。
「おいひい」
そして、再びにひっと笑ってくれるのだ。
娘を持つ母親ってこういう気持ちなのかな……。
いや、父親か?
どちらにせよ、作った料理に対して「美味しい」と言ってくれるのは、想像を超えて嬉しかった。
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